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アルバイト中も腐ってます

 土曜日の夜、未央は毎週決まって御古(おふる)電鉄で五十分かけて都会へ出る。ファミリーレストランでアルバイトをするためだ。

 売れっ子漫画家でもない限り、副業は生計を立てるために欠かせない。ヒット作が生まれるまでは、漫画家のアシスタントなど、何かしらの仕事を兼ねる者は多い。

 髪を後ろで一つに結んだ未央は、制服に袖を通した。白いシャツに赤いクロスタイ、紺色のベストにタイトスカートという姿からはBL漫画家だと想像できない。

 未央がアルバイト先にファミレスを選んだのは、ここが絶好の取材先だから。

 まもなく時刻は十七時。ファミレスは今からピークに混み合う時間帯だ。

 二十時を過ぎると一気に学生の姿が増え、深夜の終電後はほぼ男子学生や二十代の若者のみで埋め尽くされる。

 窓際の客席では、近隣の国立工科大学の学生らしい四人組がにぎやかに食事を楽しんでいる。この大学は理工系なので、学生の八割が男子である。

 未央にとっては、あちらこちらで妄想のタネが芽吹く『カップリング天国』だ。

 妄想を笑顔の下に隠し、働き続けること五時間。

 まだまだ賑わう店内に、ひときわ目立つ男性グループがやってくる。

 空席のテーブルを手早く片付けた未央は、すぐに案内のためにレジ前へ向かうが、四人組の中に見知った顔を見つけて思わず驚きの声を上げた。

「小鳥遊さん!?」

「先生?」

 先日、編集の仕事だと偽って殉職させた小鳥遊だった。

 連れの三人が不思議そうな顔をする中、二人は驚いて見つめ合う。

「明日真、知り合い?」

 先頭にいた茶髪の青年が、未央のことをじっくりと観察し始める。

 視線がつらくなった未央は、笑顔を取り繕って席へ案内する。

「こちらへどうぞ、ご案内します」

 小鳥遊も長身だが、ほかの三人も揃って背が高い。百六十センチちょうどの未央と比べると、頭一つ分以上差がある彼らは存在感が違った。

 未央は心の中で、小鳥遊に会ってしまったことを嘆く。

(あぁ、イケメングループのわちゃわちゃ……! 知り合いじゃない方がよかった)

 BLのことは絶対に言わないでくれ、と小鳥遊の横顔に視線を送る。

(やっぱりかっこいい。ホント、なんでBL編集やってるんだろう。そして私はこんなイケメンにセクハラを……。はっ、そうだ、買収しておかなきゃ)

「小鳥遊さん、これどうぞ」

 制服のポケットから取り出したのは、スタッフに支給される割引券とドリンクバー無料券。どうかBL漫画家だとバラさないでください、という渾身の賄賂である。

 彼はすべてを察し、そっと受け取った。

「ありがとうございます。使わせていただきます」

 控えめな笑顔は、申し訳なさからか。取引は成立した。

 しかしここで、小鳥遊の顔を覗き込むようにして茶髪の青年が絡んでいった。

「えー? なになに?」

 親しげに肩に手を置くその姿に、未央の目は釘付けになる。

「やったぁ! 小鳥遊のおごりじゃね?」

「おごりじゃねーよ」

 未央はハンディと呼ばれる機器を握りしめ、必死で平静を装って接客した。

「ご注文はお決まりですか?」

 四人分の注文を聞き終えると、すぐさま隣の空きテーブルへ向かい、座席を片付けるふりをして彼らを観察する。

 友人といるときの小鳥遊は、当然だが仕事中とは雰囲気が違った。

(学生時代の仲間かな~。ノリが昔に戻っちゃうんだよね。わかる、わかるよ。男子校のノリですか!?)

 秘かに笑みを浮かべる未央に気づき、小鳥遊は「あ」と反応する。小鳥遊には未央が今どんなことを考えているのか、予想がつきすぎた。

 コホン、と咳払いをした小鳥遊は、隣に座る友人を腕で押し返す。

「暑いから! 寄るな」

「えー? 知り合いがいるからカッコつけたい感じ? 明日真くーん!」

 テンションが高い。未央は心の中で「存分にお戯れください」と告げ、ご機嫌でその場を去る。にやにやが止まらない。

(あぁ、この仲良しな感じ。尊い……!)

 その後も小鳥遊を冷やかそうとする隣の席の青年は、未央の方をチラチラと見ては彼に何か言っていた。そんな一挙一動が、未央の妄想を広げるとも知らずに。

 小鳥遊らのグループは、食事を含めて三時間ほど滞在した。

 終電まであとわずかという時間になり、彼らは店を後にする。

 BLのことがバレなくてよかったとホッとした未央だったが、テーブル席を片付けていると黒いカバーのついたスマートフォンが残されていた。

 忘れ物に気づいた未央は、すぐに小鳥遊を追って店を出る。間に合うだろうかという不安に反して、駐車場で立ち話をする小鳥遊と茶髪の青年の姿を発見した。

 未央は、右手に持ったスマホを高く掲げながら声をかける。

「小鳥遊さん! スマホ!!」

 振り向いた小鳥遊は、未央の手にあったものを見て「あぁ!」と表情を緩ませた。

「すみません、こいつのです」

「うわっ! 全然気づいてなかった、ありがとうございます!」

 茶髪の青年は、スマホを受け取り笑顔で礼を言う。

(小鳥遊さんもイケメンだけれど、こっちは賑やか系のイケメンね)

「夜道は気を付けてお帰りくださいね」

 そう言って未央が笑うと、小鳥遊は「はい」と短く返事をした。

「あの、先生。ごちそうさまでした」

 律儀な小鳥遊に、未央はふっと笑みを深める。

「いえ、こちらこそごちそうさまでした」

 ポロッと漏れた本音。「眼福でした」そう顔に書いてある未央に、彼は苦笑した。

 しかしここで、思わぬ展開が訪れる。

「明日真の知り合いってことは、もしかして漫画家の先生なの?」

 ビクッと肩を揺らした未央は、曖昧に笑いながら「はい、一応」とだけ答えた。

 今すぐ逃げたい。未央は全身から拒絶のオーラを放ち、すでに足は店の方に半分向いている。

「えー! そうなんですね、もしかしてBLっていうやつ? こいつ異動になったんですよね!?」

 少しずつ、でも着実にメンタルが削られていく。

(異動話からバレたか! あああ、お願いだからBLについては触れないで!)

 引き攣った顔はもう笑みと言えないが、祥吾と呼ばれた彼はさらに追及する。

「ええ~、マジか~! 男と男が絡むのが好きなんて変わってますよね~。やっぱりエロイことに詳しかったりします?」

 未央は、あははと笑いながら後ずさった。こういうときは逃げるに限る。

 逃げるが勝ち、それがBL漫画家としての処世術だった。

「祥吾やめろ! 先生の仕事のこと茶化すな」

 小鳥遊が祥吾と未央の間に体を半分入れ、真剣な顔で祥吾を諫める。

 白狐にいいようにされる姿からは想像もできないほど、毅然とした態度で友人を制止した。

「失礼だろ! いきなり人の内側に踏み込むのやめろ。どんな漫画でもニーズがあるからそれが世の中にあるんだよ! 自分の領域じゃないからってバカにすんな!」

「え、明日真こわっ」

「おまえそういうところ昔からまったく変わってないな、先生に謝れ!」

 未央は驚きのあまり、言葉を失っていた。

(嘘、別人みたい……! ちょっとカッコイイかも)

 柄にもなくときめいた未央は、逃げるのも忘れてすっかり見入っていた。

 祥吾は意気消沈し、しゅんとしている。それを見た未央は、「単なる調子のりなんだな、この子」と哀れみの目を向けた。

「すみませんでした」

 素直に謝る祥吾に、未央はそれを受け入れる。

「いえ、気にしないでください」

 被害は最小限に抑えられた今、未央が彼に話すことは何もない。

「それでは小鳥遊さん、また」

「本当にすみませんでした。先生、また……」

「ありがとうございます。それじゃ」

 くるっと振り返った未央は、小走りに店の入り口を目指す。

(小鳥遊さんすごくいい人だった! あんなにBLに理解があるなんて神か~!)

 自然に頬が緩む。

 次に小鳥遊が古民家へ来たら、きちんとお礼を言ってアイスでも出そう。そう思った未央は、ちらりと彼を振り返る。

 自転車に手をかけ帰ろうとする祥吾と小鳥遊は、再び何かを言い合っていた。

「俺が悪かったって言ってんだろ!?」

「なんで逆切れしてんだ」

 そして、まだ店に入っていなかった未央の耳に衝撃的な会話が飛び込んできた。

「うるさい! そんなにクソ真面目だから童貞なんだよ、明日真」

「それ関係ないだろ!」

 ――ガツッ!

 未央の履いていたヒールの踵が、アスファルトにひっかかる。

(はぁぁぁ!? 小鳥遊さぁぁぁん!!)

 去っていく二人の背中を、未央は茫然として見送っていた。



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