これからも腐ってます
年が明けてすぐ、小鳥遊は実家の神社の手伝いがあるため会えない日々が続いたが、未央のところには思わぬ朗報が舞い込んだ。
とある公募に出していた作品が、奨励賞をもらったのだ。
「嘘ぉぉぉ!!」
メールで連絡を受け、未央の絶叫が古民家に響く。
未央にとっては五年ぶりの受賞で、畳に寝転がって喜びを噛みしめる。
「うわ~! えー! 嘘ぉ!!」
未央は歓喜に打ち震えていた。
『よかったな、未央』
白狐は盃を片手に、満足げに笑う。
「ううっ! ありがとうございます!」
受賞した作品は、満を持して描き上げたBL作品。イケメンあやかしが修業中の美坊主を助け、絆を深めていくという内容だ。
仕事終わりに古民家を訪れた小鳥遊は、受賞を自分のことのように喜んでくれた。
ただしその原稿を読み進めると、その表情は苦いものへと変わる。
「未央、これ見覚えがあるシーンというか体感したような記憶がある」
板の間に押し倒されたり、後ろから抱きつかれて首筋を甘噛みされたり、額にキスをされて加護をもらったり。
未央はそんな小鳥遊に向かって、毅然とした表情で反論する。
「いえ、気のせいです。この作品は実在の人物や団体とは一切かかわりが」
「あるよね」
途中で言葉を引き継いだ小鳥遊は、困った顔で笑っている。
「あ、でもこれに関しては、著作権はむしろ明日真くんにあると言っても過言ではないような」
「過言だからね?」
和やかな空気が古民家を包む。
テーブルには未央が作ったオムそばや餃子、ナッツ類といった酒のアテが並んでいて、今夜は受賞祝いをする予定だ。
「明日真くん、ビールでいい?」
「うん、ありがとう」
未央は、台所から缶ビールとグラスを二つ持ってくる。
白狐とぬらりひょんは、昼間からずっと日本酒を呑んでいた。改めて乾杯をして、ゴクリと喉を潤すと大きく息を吐きだす。
「はぁ~、おいしい~!」
こんなにも晴れやかな気分なのは、久しぶりだった。
未央らしい笑顔を見て、小鳥遊は目を細める。
夜が更けた頃、小姓姿で寝入ってしまったぬらりひょんが板の間に転がっているそばで、白狐が急にしんみりとした雰囲気で口を開いた。
『小鳥遊』
真剣な声音で名を呼ばれ、小鳥遊はドキリとする。
『未央のことを頼んだぞ。いつでも我がそばにおるわけではないからな』
「急にどうしたんですか?」
訝しむ小鳥遊から視線を外し、白狐は盃をぼんやりと見つめた。
『未央は漫画を描いているときは、どうにも生活がおろそかになる。味噌汁ですべての栄養を取れると勘違いしている女だからな……。それに気も小さい。雪女は豪胆でまっすぐな女だったが、未央は人の目を気にしすぎる。おまえがそばにいて支えてやってくれ』
「そんな、別れの挨拶みたいな」
まさかどこかへ行くのか、と小鳥遊は息を呑む。重苦しい沈黙が続き、居間に緊張感が走った。
「白狐さん」
ビールのグラスを置き、小鳥遊はまっすぐに白狐の方を向き直って宣言する。
「未央は俺が支えます。幸せにします」
「明日真くん!?」
プロポーズまがいのことを言い出す小鳥遊に、焦ったのは未央だった。
慌てて台所から飛んできて、つまみの皿をテーブルに置く。
「白狐さん。明日真くんは真面目なんですからそんな言い方したら勘違いしますよ。さては十日えびすですね? 関西まで行く気ですね?」
『あぁ、そこで会合がある。しばらく留守にする』
「え?」
十日えびすとは、商売繁盛を祈願する年始の行事である。
「そしてその後は札幌雪まつりですね!?」
未央が指摘すると、白狐はクックッと喉を鳴らして笑った。
『そうだ。しばらく留守がちになるから、未央のことを小鳥遊に頼んでおかねばと思ってな』
「え、それってただの祭りですよね? 未央をよろしくって、え?」
一人混乱する小鳥遊。だが、弄ばれたことは何となくわかった。
『まぁ、先のことは誰にもわからんからな。気づいたときには何百年も経っている、ということもありえる』
「ええ!? 最近はベタも塗ってくれるじゃないですか~! 校正もしてくれるし、白狐さんいなくなったら困るんですよ」
『冗談だ。未央も札幌には一緒に行けばいい。仕事は休め』
「うわぁ、調整しなきゃ~」
未央は頭の中で、スケジュールを確認し始める。
「よし、行きましょう! いざとなれば札幌で原稿を描けばいいんだし、行くしかない!」
『それもいいかもしれんな。して、小鳥遊はどうする?』
白狐はニヤリと笑い、小鳥遊の顎に指をかける。
唇が触れ合う寸前の距離に、彼は顔を引き攣らせた。
――カシャシャシャシャシャシャ!
「もうちょっと! もうちょっと強引な感じでお願いします!」
「未央!? 連写しなくていいから! あ~、もう行きますよ! 未央が行くなら俺も札幌行きますから、でもこれはやめてください」
その手を掴んで逃れようとする小鳥遊だったが、するっと腰に手を回されてあっという間に押し倒された。
『楽しみだな。雪国でもいろんな戯れができそうだ』
「洞爺湖の温泉とかで……うわぁぁぁ! 修学旅行で禁断の、それか社員旅行で……!」
妄想に浸る未央を見て、小鳥遊は諦めたようにぐったりとした。
『BLを世に広めるのはまだまだ時間がかかる。さらなる賞を狙うためにも、がんばれ小鳥遊』
「俺ががんばるんですか」
――キュイ!
小玉鼠にまで励まされ、小鳥遊は遠い目をする。
殉職にまだ慣れていない恋人を見ながら、未央は思った。
(白狐さんって私に憑いているんじゃなくて、明日真くんに憑いてるんじゃ……)
BL漫画家と腐男子のあやかしに捕まった編集者に、逃げるすべはない。
幸か不幸か、その後のパプリカ・マルゲリータ作品では数々のリアルなシチュエーションが評判を高めることとなる。




