誰のため?
クリスマスから早三日。
未央は、風邪の悪化によりほとんどベッドの上にいた。
普段は使っていないMacのノートパソコンをベッドに持ち込み、最低限のメールのやりとりや原稿の微調整は寝ながら行っている。
成人向けの漫画だと、風邪のときに看病と称して交わる描写がたまにあるが……。
(ダメ。現実では風邪のときは絶対にやっちゃダメ。熱が上がって悪化するだけだから。あぁ、死にそう。眠い。喉が痛い)
あの日の夜、二人の関係が進展したのと同時に、風邪の症状は一歩も二歩も進んでしまった。インフルエンザではなかったが、体温計のモニターには三十九度となかなかの数値が示されている。
小鳥遊の家についた二人は、佐山のことで誤解があったと知った。
フットサル場で二人が密着していたのは、佐山の仕掛けたことだった。
『ブーツのアクセサリーが取れて、それをつけるために肩を貸してって言われたから……それだって了承しないうちに肩に手を置かれて、振り払うのもさすがにできなくて。でも、絶対に佐山とは何もないから』
心配するようなことは何一つない、と小鳥遊は明言した。
『それに佐山は祥吾の元カノだよ。大学時代、二か月くらいだけれど付き合ってたんだ。祥吾は面倒くさがりで付き合っても連絡しないタイプだから、佐山から別れを切り出したらしい。でもその後、祥吾のこと陰で悪く言ってたのを聞いたからあまりいい印象がないんだ』
次々と語られる予想外の事実に、未央は唖然とした。
『俺には未央だけだよ』
少女漫画のセリフのようなことを平然と言って笑う小鳥遊は、未央には眩しすぎた。
おまけに、照れたように目を伏せて「嫉妬されるのがちょっとうれしい」と言われてしまえば、卒倒しそうなほどに恥ずかしかった。
『ごめん、不安にさせて……。これからは何でも言って欲しい。絶対、未央を裏切るようなことはしないから』
火の閻魔が佐山に憑りついたことで小鳥遊は幻覚を見せられはしたが、そのときの記憶が消失しているわけではなかった。未央だと思っていたのにと肩を落とす小鳥遊は「何もなかったから」と必死に訴えかける。
未央はそれを信じ、薄い本の行方についてはもう何も聞かないでおこうと決めた。
(佐山さん、どうかあの本をこれからできる彼氏に見つけられませんように)
キラキラ女子がまさかの腐バレ(しかも誤解)となれば、さすがに同情すると未央は思った。
こうしてわだかまりがなくなった二人は、ようやく身も心も結ばれたのだが……。
未央の風邪が悪化するという事態になっていた。
「熱はまだあるな。未央、スポーツドリンクなら飲める?」
今日から仕事が休みになった小鳥遊は、甲斐甲斐しく未央の世話を焼く。額の冷却ジェルシートを貼り替え、ストローを差したペットボトルを差し出す姿はすっかり彼氏のそれだ。
しかし彼がここにいるということは、殉職もセットでついてくるわけで。
『未央、こういうときは寝ながら好きなものを鑑賞しているといい』
「ちょっ……!? 脱がさないでくれますか!」
ソファーに押し倒される小鳥遊。
未央はそれを半目で眺め、にやっとしてそのまま後ろに倒れた。
(ごめん、明日真くん。助ける気力も体力もない……あぁ、でも鑑賞はするわ)
ベッドサイドでは、医者のコスプレをした白衣のぬらりひょんが座っている。
『解熱剤を飲ませてあげようか、未央』
「尊死!! 熱が上がるからそういうことは遠慮します……!!」
毛布に包まって芋虫のようになった未央は、冷たいスポーツドリンクを飲んで一息つく。ふと視界に入った左手首には、細いシルバーチェーンのブレスレットが輝いていた。
クリスマスの夜、小鳥遊が未央のために用意していたプレゼントだ。これを見ると、クリスマスのあれこれを思い出してしまい頬が緩む。
一方、ソファーでは引き攣った顔の小鳥遊が全力で抗っていた。
『未央のためだぞ。すべては未央のためだと思って受け入れろ』
「受け入れられませんっ!!」
この日、未央は白狐に迫られる恋人を見ながら眠りについた。




