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社会人の恋はいそがしい

 十二月になると、さらに小鳥遊は仕事が忙しくなり、未央と連絡を取ることもままならない状況になっていた。仕事に恋愛は持ち込まないという暗黙のルールによって、業務のメールはいたって普通のやりとりのみ。

 未央も新作を上げるために、休日返上で漫画を描いていた。

『未央、ここの表情がいまいちそそらぬ』

 白狐が原稿を読み、衆道の交わりにおける男の色気について語りだし、作業がもれなく中断して数分。完成度を上げるのか、それとも描き上げる本数を増やすのか、ここで白狐と未央の意見が割れる。

「クオリティにこだわるのはわかりますよ!? 私だってできるならそうしたいですよ! でもこの作品は、配信ペースが速くて手数を出すことによって読者を増やすタイプなんで、そこまで時間をかけて制作していたら……」

『一筆入魂、というものではないのか? これだってパプリカ・マルゲリータの作品だろう?』

「それはそうなんですが、描くものすべてに百パーセントの力を出し切っていたんじゃ生活できないんですよぉぉぉ」

 出版社や編集者が休みの連休中に原稿を仕上げ、週明けに確認してもらうためには、三連休の間にがっつり原稿を進めておく必要がある。

 未央はカフェイン入りドリンクをゴクゴクと飲み、ニットの袖を少しまくって作業を続けた。

 夕方、まだ昼食すら摂っていない未央を白狐は憐れむ。

『悲しいものだな。食うために働いているのに、なぜ食うのをやめて働く? 人とは不合理で不可思議な生き物だな』

「言われてみればそうですね」

『生き物は皆、生きるために暮らしている。なぜ人は目的を見失うのか……これもBLに反映するか?』

「そんな重苦しいテーマのBLは嫌ですよ。少なくとも私の作品では不要です。だいたい、BLは隠れ忍んで愛を育むっていうただでさえ重い一面があるんです。それなのにこれ以上増やしたら超大作になっちゃいますよ。エロがなくなっちゃいます」

『そうか』

「はい。そういう重いテーマは、まじめで感動系の作家さんがやってくれますから。私は! 男と男の秘めた恋とエロを中心に描くんです!!」

 箸を握りしめ、熱く語り始める未央。白狐はそれを見てニヤリと笑う。

『ほぉ。それにしては、この原稿だけが中途半端な気がするのだが……』

「ごふっ……!」

 白狐が手にしているのは、印刷された原稿。小鳥遊が担当しているものだ。

『小鳥遊がコレを見ると思うと、筆が鈍るのではないか?』

「うっ……!」

 まだ恥を捨てきれていないぞ、と指摘されると未央はガクンと頭を垂れた。

『今さら躊躇することがあるか? もうすでに未央がおかしいことはバレているのだぞ』

 容赦なく現実を突き付けてくる白狐に、未央は目元を引き攣らせる。

「ですよね。バレてるんですよね。あああ、でも考えるとどうしても……! こんなっ、こんなエロシーンを明日真くんに見せるのかと思うとどうしても遠慮してしまって」

 未央は気づいていない。彼女にとっては抑えた表現でも、一般人にとってはすでに上限を超えていることに……。

「そういえば最近、明日真くんちょっと変なんですよね。記憶があやふやというか」

 几帳面な性格だと思っていた小鳥遊が、未央と会っていないのに会ったようなことを言う。繁忙期の疲労のせいかとも思ったが、話の辻褄が合わないことが続いていた。

 未央の言葉に、白狐の耳がぴくりと反応する。

「私が読みたいって言っていた同人誌の『ハードな光源氏さま特別編』を入手してくれたそうなんですが、それを私に渡したと思って誰かにあげちゃったらしいんですよね」

『それはとんでもない損失ではないか!』

 同業者ならまだしも、一般人に間違って渡していた日には目も当てられない。

 二人は愕然として顔を見合わせるが、最も愕然としているのは幻術にかけられた小鳥遊からそれをプレゼントだと贈られてしまった某女性であることをまだ知らない。

「疲れているだけならいいんですけれど。……いや、よくないですね!? 明日真くんの社会的イメージがピンチです」

 狼狽える未央のそばで、白狐はしばし考え込む。

(あやかしに憑かれているかもしれんな)

「あぁ、でもこうして会っていない間に、明日真くんが正気を取り戻したらどうしましょう」

『よいではないか』

「違いますよ、そっちじゃなくて。やっぱりこんな腐った女と付き合うのはおかしいんじゃないかって、好きだと思ったのは間違いだったって気づいてしまったらと思うと気が気じゃないんです」

 打ち切りショックで悲観的になっている未央は、どんどんマイナス思考の沼に落ちていった。

「やっぱり、普通の女の子と付き合いたいですよね」

 不必要に落ち込む未央の頭を、白狐が週刊誌でぽこんと叩く。

『これだからガキは困る。異常な女にのめり込むのもまた一興だぞ』

「人を異常者扱い!」

 未央は白狐を半眼で睨む。

『小鳥遊に浮気などする甲斐性はない。あやつはバカが付くほどの真面目な男だ』

「ですよね……! ううっ、それなのにこんなBL女に捕まって!」

『我からすれば、おまえたちはどっちもどっちだ』

 一通り落ち込んだ未央は、パッと顔を上げて拳を握る。 

「こんなこと言っても今さらですよね!? あああ、もういいです。例え恋が終わったとしても、読者は残ればそれでいい! 仕事がなければ生きていけません、でも恋しなくても生きていけるんです! 悔いのない表現を、表現に自由を!」

 突然にアツく語り出す未央。白狐はそんな彼女を見て、鼻で笑った。

『おまえは極端だな』

「あああ、でもやっぱり明日真くんにも嫌われたくない……」

『訂正する。中途半端だ』

「わかってますよ。中途半端はいけないんですよね。やるなら徹底的に追求しなきゃ、読者は一瞬で離れるんです。年末年始は休みに入ってサイトのPVは増えますけれどね、そのときしか読まない人もいるんでファンを増やすのはむずかしいんですよ~! 恋愛もむずかしいけれど、お金を落としてくれる人を捕まえるのもむずかしいんです~!」

 畳の上でゴロゴロと転げまわる未央を横目に、白狐は我関せずで漫画を読み始める。

『しっかりしろ、未央。いつまでも我がいるとは限らんのだぞ』

 仰向けに寝転んだ未央は、ピタリと動きを止める。そして恨めしそうな目を向けて言った。

「白狐さん」

『なんだ』

「札幌雪まつり、行く気ですね?」

『そうだ。あれは一度行こうと思っていたんだ。だからいつでもそばにいるとは限らんぞ』

「私も行きたい~! ずるーい!!」

『二月まではまだ時間がある。原稿をまとめて片付けて、小鳥遊とでも行けばいいだろう』

 それができれば苦労はない。

 未央はのろのろと体を起こし、虚ろな目でパソコンの前に座った。


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