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22/31

接触は禁止です

 十一月、紅葉がちらほらと色づき始めた頃になると、世間は観光シーズン真っただ中。

 インドアな未央ですら、友人との食事会や旅行の誘いがかかる時期である。

 そんな週末、原稿をめずらしく早めに片付けた未央は、日帰りでグランピングにやってきていた。

 ホテルのような設備の整ったロッジに、バーベキューのできるテラス。豪華なキャンプが流行っていることは知っていたが、もちろん予約したのは未央ではない。

 編集部の夏目が夫婦で行くつもりだったのだが、夫の仕事の都合で行けなくなってしまい、未央たちに代わりにどうかと言ってきたのだ。

 急に連絡があったのに二人の予定が開いていたのは、本当にタイミングがよかった。

「明日真くんお休みでよかった」

「うん。夏目さん、前から行きたがってたからかわいそうだったけれど」

「そうだよね。おみやげ買って帰ろう」

 駅から送迎バスに乗り、緑豊かな山へ。

 初めて見る豪華なロッジに、寒さも忘れて未央のテンションは上がっていた。

「便利だね~、何も持って来なくていいなんて!」

「雑誌では見たことあったけれど、思ってたよりも快適だな」

 二人はロッジを見回し、スタッフが用意してくれたバーベキューをテラスで楽しんだ。

(これは推したちが集まってやってたら萌えるわ……)

 未央は次回作のシーンに盛り込もうと、つい妄想を広げていく。新作の主人公である警察と恋人のやくざがグランピングをするだろうか、という現実的な疑問はこの際気にしない。

 一人で妄想に耽る未央だったが、彼女のそんな姿にも慣れた小鳥遊は穏やかな顔で見守っていた。

『やっていることは家と大して変わらんぞ。なぜこんなところまで来ねばならん?』

『本当だね~、人ってみんなで集まるのが好きなのかな。僕は好きだけれど』

 ついてきたあやかしは、若者のグループや家族連れを見て理解できないという風に声を上げる。

「白狐さん、ぬらさん。ここでバーベキューを楽しむことに意義があるんですよ」

 白狐はいつも通り狩衣姿だが、ぬらりひょんはいつかの小姓スタイルだ。小姓姿でハンモックに揺られるぬらりひょんは、はしゃぐ子どもにしか見えない。

「ぬらさん、それ気に入ったんですね」

『あぁ~、これすっごくダラダラできる~。未央の家にもつけようよ』

「古民家の屋根が抜けますよ、残念ですが無理ですね」

 はしゃぐあやかしを横目に、未央たちは自分も楽しまねばとビールで乾杯をした。

「私、バーベキューって初めてなんだけど明日真くんは?」

「サッカーの合宿では毎年やってたなぁ。大学に入ってからは、二回くらいあったかも。でもあんまり覚えてない」

「じゃあ五年以上ぶり?」

「そうなるかな。でもこんな豪華な施設じゃないから……焼きそばとか作ったら鉄板にこびりつく感じだった」

「そういえば小学校の時にいった宿泊研修とか、そんな感じだったかも」

 未央と小鳥遊は昔の思い出に花が咲く。

 あやかしは黙々と食事をしていて、肉を平らげると今度は酒盛りを始めた。

「白狐さん、さっき言ってませんでした?『やっていることは家と大して変わらないのに、なぜこんなところまで』って。それじゃ白狐さんこそ、家と同じですよ」

『確かにそうだな。どれ、散歩にでも行くか』

『えええ~、やだ、ここにいる』

 ハンモックが気に入ったぬらりひょんは、揺られたまま目を閉じて気持ちよさそうにしている。動くつもりはなさそうだ。

 未央はクスリと笑うと、美しい山々を眺めた。

「うちも田舎だけれど、なんか全然違うな~」

 小鳥遊は、深呼吸する未央を見て笑う。

「古民家は古民家で、いい味があるけれどね」

「たまに来る分にはね~。実際に住むと、ただの家だから何も感じなくなるよ?」

 風情とは、結局は住む人の心次第なんだなと未央は悟る。

 ――バリバリバリバリ……。

 小気味いい音に二人がコテージの中を振り返ると、ぬらりひょんが置いてあったクッキーやスナック菓子を食べていた。

 コテージ内にある飲食物はすべて料金に含まれていて、食べ放題なのだ。白狐は黙って酒を飲んでいて、やはり甘い物には手を付けない。

『明日真、これどう?』

 一瞬のうちに青年の姿に変化したぬらりひょんは、その口にポッキーをくわえて小鳥遊に近づく。反対方向からかじってみろ、という風に迫った。

 ところがあやかしセクハラへの耐性がついてきた小鳥遊は、あっさりと躱す。

「食べません」

「え~」

 真っ先に不満を漏らしたのは、恋人であるはずの未央だった。

「未央、これはさすがにしないから」

「はい」

『明日真、今日くらい心を解放してごらん? グランピングってそういうものさ』

 にやりと笑うぬらりひょん。だが小鳥遊はさすがに頷かなかった。

「ぬらさん、グランピングはBLイベントではありません。俺で遊ぶのはやめませんか」

『もう、真面目なんだから』

 ぬらりひょんは小鳥遊の頬に軽くキスをして、再びハンモックに戻る。

「ぎゃあっ! ダメですよ、ぬらさん! リアル接触はダメです!!」

 小鳥遊は、テーブルにあったおしぼりでそっと頬を拭う。実体はないはずなのに、なぜ感触はリアルなんだろうかと疑問が浮かぶ。

 すでに頭を切り替えた未央は、パンフレットの地図を見て食後にどこに行くかを考え始めた。

「明日真くん、近くに散策道があるって! 食べたら一緒に行ってみない?」

 うれしそうにする未央を見て、小鳥遊は笑って頷く。

「散策道ってどんなだろうね。未央、体力は大丈夫?」

「うっ、自信ない。インドア中のインドアだからなぁ……」

 普段は家から一歩も出ない日もある未央は、アウトドアが根本的に苦手だった。グランピングのような至れり尽くせりな施設でなければ、決して来なかっただろう。

「リハビリだな、私にとっては」

「じゃあ、それに付き合うよ」

 社会人になってもフットサルをして、夜中に外を走ることもある小鳥遊にとっては身体を動かすのは日常らしい。散策道で不安を抱く未央とは違い、余裕を見せる。

「ぬらさんはどうしますか、っていない! どこにも行きたくないって言っていたのに」

 ロッジを見ると、すでにあやかしの姿はない。

 気まぐれな二人はどこかに出かけてしまっていた。

 あやかし不在のひととき。久々の二人きりだと、何となく意識してしまう。

 散策道には人工の小川が作られていて、小さな子どもたちは水がかかるのも気にせずはしゃいでいた。

「十一月なのに元気だね~」

「俺も昔はあんな感じだったなぁ」

 ロッジから離れ、二人はゆっくりとしたペースで歩いていく。もうすぐ正午という時間だけあり、日差しがぽかぽかと温かい。

「これ、日焼けするかも……」

 屋根付きのテラスでバーベキューをするだけだと思っていた未央は、冬ということもあり帽子を被ってこなかった。手を額に翳す未央を見て、小鳥遊は自分の帽子を彼女に被せる。

「意外に似合うね」

 黒いカジュアルな帽子は、アウトドア用の衣服でなくても十分マッチするデザインだった。少し大きめの帽子をかぶった未央は、ツバをちょっと手で持ち上げて小鳥遊を見上げる。

「ありがとう」

「あ、もうちょっと日焼けしてるかも。赤い」

「嘘っ!」

 白い頬や額は、少し赤くなりつつあった。

「ごめん、気づかなくて」

「明日真くんのせいじゃないよ。私がアウトドア慣れしてなさすぎた。帽子なんて発想がなかった」

 思いついたとしても、日傘はあれど帽子は持っていない。未央は頬に手の甲を当てながら、あははと笑った。

(まずは帽子を買うところからのスタートだな)

 すると小鳥遊が、何気なく未央の頬に自分の手を当てる。

 控えめに触れた指に、未央はドキリとした。

「ちょっと熱もってるね。ロッジに戻って冷やす?」

 未央が目を見開いて硬直していると、小鳥遊はそれが自分のせいだと気づき慌てて手を離す。

「ごめん、つい」

「いえ、ダイジョウブです……」

 再び歩き出した二人は、しばらくの間無言で歩いた。

 はたから見れば喧嘩でもしたのでは、というくらい俯いて無言で進む二人。いつの間にかかなり奥までやってきてしまっていた。

 周囲に自分たちしかいないことに気づいた未央は、果たしてこれ以上進んで、自分に戻る体力があるのかと心配になり始める。

「明日真くん、そろそろ戻らない?」

 まさかこれほど体力がないとは、と未央自身が一番驚いていた。

「思っていたよりきつい。まだまだ散策道はあるのに」

 せっかくの二人きり。けれど、疲労には勝てない。

 じわじわと痛みを訴えてくる足の裏、ふくらはぎはごまかせなかった。

「急に山歩きは無理だよ。戻って休もう」

 二人は体を反転させ、来た道を戻っていく。

「未央」

「ん?」

 少し前を歩いていた未央を、小鳥遊が呼び止めた。

「手、繋いでもいい?」

 伸ばされた右手に、未央は自分の左手を添える。ぐっと握りこまれると、急に心臓がバクバク鳴りはじめた。

(うわぁぁぁ落ち着け私! たかが手! たかが手だ!! 明治でも手は繋いでた!!)

 長万部はるかの恋物語が頭をよぎる。

「未央の手、冷たい」

「ごめっ」

「いや、もっと早く手を繋げばよかったって……。帽子といい、色々と間に合ってなくてごめん」

「そんなことは」

 肘が触れる距離にまで近づき、手を繋いで歩く二人。

「私、手を繋ぐって世界一むずかしいみたいに思ってた。国際的な天才グループにでも入ってないと、手って繋げない気がしてた」

 なぜか高IQ集団のことを持ち出す未央に、小鳥遊は苦笑いになる。

「そんなに?」

「だって、何となく恥ずかしくて」

 手を繋ぎながら、未央は考えていた。

 なぜこんなにも、小鳥遊とのことは悩みが多いのだろうかと。

(よく考えたら、前の彼氏はそのときの推しと名前が一緒だったし、その前の彼氏は声が好きで……あんまりその人のことは見てなかったのかも。好きすぎるから何もかもがむずかしいんだよね)

 視線を落とすと、自分の手を握る大きな手がちゃんとある。

(あぁ~、明日真くん私の彼氏なんだな……)

 言いようのない喜びがこみ上げてきて、未央は顔がにやけるのを必死で堪えた。指先から伝わってくる熱が、特別なもののように思える。

「こういうのもたまにはいいね」

 足は痛いけれど、恋人と過ごす平穏なひとときをしみじみと感じていた。

「うん。でも俺はもうちょっと希望があるというか」

「ん?」

 誰もいない静かな散策道、立ち止まった小鳥遊につられ、未央も足を止めた。

 見上げると彼の顔が近づき、唇が触れ合う。

(ええええ!?)

 キスをされたことに驚き、未央は目を瞠る。

 少し顔を離すと、小鳥遊は目を伏せて言った。

「白狐さんがいないうちに、って思って」

 古民家にはだいたい白狐がいる。ぬらりひょんも突然現れる。二人きりになれる時間は、付き合っているとはいえそれほど多くない。

(明日真くん意外に攻めがっ!)

 二人して視線を落とし、俯きがちに再び歩き始めた。

 少し強めの風が吹き、未央は繋いだ手に力を込める。

(うわぁぁぁ! もうこれは恥ずかしすぎて死ぬ! この後何を話せばいい!?)

 自由な左手を顔に当て、思わず呻き声が出た。

「ううっ……!」

 そんな未央を見て小鳥遊は苦笑する。

「そういう反応されると、こっちも照れる」

「すみません。どうにも耐性がないもので……!」

 たった三十分の散策。

 予想外の進展に動揺したのは未央だけでなく、このときどんな会話をしていたか二人は揃いも揃ってまったく覚えていなかった。


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