表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/31

反撃

 小鳥遊が駅前から古民家へ向かった頃、未央は二階の自室にいた。

(寝すぎた……ごめん、小鳥遊さん)

 ついさきほど、小鳥遊に返信したばかりだ。もぞもぞとベッドから起き上がると、目を擦りながらスマホを見つめる。

(既読、つかないな。金曜だし、私が返信しなかったから諦めてフットサルでも行ってるのかも)

 まさか小鳥遊が駅前にいると思わない未央は、スマホをベッドの上に放り投げる。

(お腹すいた)

未央は、箪笥の引き出しからパーカーを出し、それを羽織る。そのとき、ハンガーにかけてあった黒いスーツの上着が視界に入った。

「あ……」

 前回、小鳥遊は上着を忘れて帰っていた。

 これを返すという口実でまた会うことができる、でも何をしていても打ち切りのショックが頭によぎり、愚痴や自虐が口から洩れそうだと思ったら会う気になれない。

(いっそ夏目さんに預けるとか? いや、でもそれはちょっと不自然か)

 好きになる前だったなら、何でも言えたし、何の躊躇いもなく会えたのに。

 ついため息が漏れる。

「あぁ~、もう……」

 未央は顔を顰める。

(なんでこんなに好きになっちゃったんだろう)

 仕事も恋もうまくいかない。しかもそれらが見事に連動しているなんて。

 漫画の中だと、悩んでいる時間もすれ違う心もすべてがハッピーエンドに向かうスパイスだと思えるのに、いざ現実になってみるとまったくおもしろくない。

 未央は悩むこと数分。半ばやけになって、勢いよく顔を上げた。

(あぁ、もう悩むのも疲れた! 女として見られていない可能性は高いし、漫画家と編集者だから敬遠される可能性もあるし、やっぱり三次元の恋は私に向いていないかもしれない。でも応募しなきゃ賞は取れないように、小鳥遊さんにも言ってみなきゃ始まらない!)

 ここでがんばらなきゃ、と心の中で自分を無理やり鼓舞し、ふんっと気合を入れた。ベッドに放っていたスマホを拾い、外出用の小さなリュックを背負う。

「白狐さーん! コンビニ行くけど何かいりますかー?」

 しんと静まり返った部屋。

高い天井に反響した未央の声は、何にも届かずに消えた。

「今日って集まりだったかな」

 白狐は出かけているらしい。

 今日、小鳥遊がフットサルをやっているなら、アポなしではあるけれど彼に会いに行こうと未央は思った。

(まだ既読になっていないってことは、フットサル行ってるのかな。私が返信しなかったから……ほんとごめん小鳥遊さん!)

 白狐にコンビニだと言ってしまったのは、未央なりの照れ隠しである。

小鳥遊に会いに行こうと決めた未央は、急かされるようにして階段を下りた。まっくらな廊下に出ると、雨戸を閉め切っている縁側を通って玄関へ向かう。

 が、玄関脇の灯りをつけようとしたとき、外で何かが光っていることに気づいた。

「ん……?」

 玄関扉のすりガラスに強い光が当たり、上下左右に揺れている。

――ガタガタガタガタ……!

「っ!?」

 扉の向こう側には、スマホのライトを手にした男の影が三人分。しかも彼らが扉を開けようと揺すり始めた。

思わぬ出来事に、未央は恐怖で息を呑む。

(何!? 誰!?)

 乱暴に扉を開けようとしている男たちは、口々に文句を言い始めた。

「えー、開かないじゃん! やっぱ無理なんじゃない?」

「廃屋って言ったの誰だよ、おまえ? 幽霊が出るって言ってなかったっけ」

「俺じゃねーし! ってーか、誰も住んでないなら壊せば? どうせバレないっしょ」

 そこにいたのは若い男たち。

近くの大学の学生だろうか、あまりの物言いに未央は呆気に取られてしまった。

(ここお化け屋敷じゃないから! あやかし住んでるけれど! そもそも人ん家に勝手に来て扉を壊すって何!? よりによって、何で白狐さんいないときにこんな頭のおかしなのが来るの!?)

 ここで灯りをつければこの人たちは帰ってくれるのか、でも声をかけたり姿を見せたりすると、女一人とバレるかもしれない。

 壁際に座り込み、これからどうすべきか必死で思考を巡らせる。

(け、警察! そうだ警察! あ、でもとりあえず家の奥に逃げなきゃ……)

 這うようにして居間へ逃げ、リュックからスマホを取り出した。

 襖にもたれ、震える指先で画面をタップするが、焦りから暗証番号のロック解除に失敗する。

(うわぁぁぁ! 早く! 早くっ!!)

 半泣きでスマホをいじる未央。

 ガタガタという音はまだ聞こえていて、この時間がとてつもなく長く感じた。

 ところが通話ボタンを押そうとした瞬間、ひと際響いた声が未央の震えを止めた。

「何してるんですか!」

 怒鳴り声にも聞こえたそれは、間違いなく小鳥遊のもの。温厚な性格から想像できないほど、その声は鬼気迫るものがある。

「この家に何の用ですか!?」

 突然のことに男たちはしんと静まり返り、玄関前は緊張感が高まる。

(小鳥遊さん!?)

 未央は慌てて立ち上がり、居間と廊下の灯りをつけた。

 急に明るくなった室内。玄関に走ると、扉のすりガラスに男の背中が映っている。

「やべっ……! 人が住んでんじゃん!」

「逃げろ!!」

一瞬にして駆け出す男たち。小鳥遊の脇をすり抜けて、あぜ道に出る。

「おいっ!」

 三人は暗闇に消えたと思われたが、姿が見えなくなってすぐ悲鳴やくぐもった呻き声がした。

「うっ!」

「ぎゃあっ!」

「うわぁぁぁ!」

 玄関扉のつっかえ棒を投げ捨て、外に出る未央。そこには悲鳴の方を見つめる小鳥遊の背中があった。

「小鳥遊さん……?」

「未央先生! 大丈夫ですか!?」

 振り返った小鳥遊は、未央の顔を見て安堵の表情を浮かべる。

 未央は、自分の肩の力が抜けていくのがわかった。

(よかった……!)

 二人が顔を見合わせていると、暗闇から三人の男を引きずった警察官風の男が現れる。

「もー、最近の子ってどうしてこう弱々しいのが多いのかねぇ」

 姿は日本人男性のイケメン警察官だが、その声は確かに聞き覚えがあった。

「「ぬら、さん?」」

「こんばんは!」

 男たちを地面に投げ捨てると、ぬらりひょんはニコニコと笑って手を振る。

 今日は、警察官のコスプレだった。

「未央の感情が振れたから、気になって来てみたんだよ。おもしろいことになっているね~」

 呑気な声を上げるぬらりひょんは、警棒で倒れている男の頬を突いて楽しそうにする。

さすがの未央も、写真を撮る余裕はない。

「感情が振れたって何……? あ、でもありがとうございます。あのまま中に侵入されていたらどうなってたか。本当に危なかったです」

 しかしぬらりひょんは、きょとんとした顔で未央を見た。

「危ないのはこの子たちだよ? 白狐が出かけるときに何もしないわけないよね」

「「え?」」

「未央の知らない人間が侵入したら、結界に触れて感電するよ」

「「は?」」

 何も知らずにいた二人は、この事実に目を瞠る。

「しかも即死レベル」

「即死レベル!?」

 ぬらりひょんは、まるで何でもないことのようににっこり笑って言った。

「家の前に死体が転がってるとかホラーだよね~、自業自得だけれど。白狐って、昔から加減しないんだよ。『死んだらそいつが弱いせいだ』なんて言ってね」

「あはははは、えーっと、ぬらさん。それはどこまでが冗談ですか?」

 冗談であってくれ、という未央の願いはあっさりと打ち破られた。

「何が? 全部本当だけれど」

 柔らかな笑顔を振りまくぬらりひょん。

未央と小鳥遊は返す言葉が見つからず、しばらく立ち尽くしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ