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小鳥遊

 ガヤガヤとうるさい立ち呑み屋。その真上には全国チェーンのネットカフェが入っている。

 フットサルから早二週間。

 未央と小鳥遊は、たわいもないことをメールでやりとりする日々だったが、例の打ち切りショックによる未央の落ち込みは未だ続いている。

 メールの文面から彼女の異変を感じ取っていた小鳥遊は、力になりたいと思いつつも、メールでは気の利いた励ましも愚痴を聞くこともできず、もどかしさだけが募っていた。

(未央先生、大丈夫かな)

 夜九時。小鳥遊は返信のないLIMEを気にしつつ、少年漫画週刊誌を読んで時間を潰す。

 先日、古民家に上着を置いてきてしまった小鳥遊は、未央の様子が気になったので『今夜上着を取りに行ってもいいですか?』と連絡した。

(別に上着がなくても困らないから、いいんだけれど……)

 上着のことは単なる口実。顔が見られればそれでいいと思ったのだが、返信はないまま時間だけが過ぎ、もう二時間ほど駅前のネットカフェで過ごしている。

 パラパラと雑誌をめくっていると、小鳥遊が入社した年にデビューした漫画家の作品がアニメ化される告知記事が目に止まった。

(すごいなぁ。着実に前に進んでる。でもこの人もデビュー作はわりと早く打ち切りだったよな。賞を獲ったのに、連載になるとだんだん話がしぼんでいって)

 自分は漫画家の支えになれているんだろうか、ふとそんなことを思う。

 毎週行われる会議の結果次第では、いつかは自分の口から未央に連載終了を告げる日が来るかもしれない。

(俺は未央先生に、描きたいものを描いて、それが読者にも受けて、漫画をずっと続けてもらいたい)

 それは、あくまで理想。現実はとても厳しい。

ヒット作に恵まれず、業界を去る漫画家は毎年数えきれないほどいるのだから、打ち切りなんて言葉はそれこそ小鳥遊の周りには溢れていた。

(公私混同もいいところだよな。やっぱり今日は帰ろう)

 小鳥遊は雑誌を棚に戻すと、支払いをしてネットカフェを出た。結局、未央からの返信はなく、既読にもなっていない。

 ここから未央の家までは歩いて二十分ほど。近くて遠い、これまでにないもどかしさを感じていた。

 金曜の夜は人通りが多く、踏切の前には帰宅を急ぐ人の群れができている。

(なんか……中途半端だな、俺。編集としても男としても)

 恋愛経験はゼロではない。けれどいつだって、絡新婦のせいで付き合い始めた彼女はすぐに彼から去っていった。

 好きな人ができた、やっぱり間違いだった。挙げ句の果てには、付き合ってから毎日気持ち悪い夢を見る……など理由はバラバラ。

やけになって好きでもない相手と付き合ったこともあったが、告白されたときの熱量は一カ月ともたなかった。

 すべては絡新婦の仕業。それがわかった今でも、長年培われてきた恋愛への苦手意識は根深い。

 駅に向かう人に紛れ、小鳥遊は改札へと近づいていく。

(これでいいんだろうか)

 十二分に一本の普通電車。帰宅ラッシュのホームで、小鳥遊はベンチに座ってスマホをぼんやりと眺めた。

 未央からの返信はないままで、彼はポケットにスマホを押し込む。

 目の前には、本線の駅への折り返し電車が停車していた。これに乗れば、あとは家に帰るだけ。

 足が向かないのは今日を終えたくないからで、未央のことがどうしても気にかかる。

(このまま仕事だけの関係は嫌だ。会いたいときに会えるようになりたい)

 自分より祥吾との方がうまくいくかもしれない、そんなことさえ考えたが、気持ちを伝えなければ何も始まらないと小鳥遊は決意した。

 発車ベルが鳴る中、ホームの端の階段を足早に下りると再び改札に向かう。

(ちゃんと伝えないと……!)

 ポケットの中のスマホが光っていることに気づかないまま、小鳥遊は古民家を目指した。

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