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緋色頭巾  作者: 神凪凛薇
9/12

青年と少女は出会い 8

 「ぐぁぁぁ」


 賊の最後の一人が断末魔の叫び声をあげ、倒れ込む。その声を最後に、周囲は荒い息遣いのみに支配された。疲れ切った様に崩れ落ちるもの、剣や盾を杖に踏ん張り天を仰ぐ者。各パーティの回復薬が、負傷者の間を飛び回っている。例にもれず、心配そうな顔をしたヴェルテゥが駆け寄ってきた。


 「診せてディーレ」

 「わりぃ。頼んだ」

 「おおーいヴェルさんよぉ。俺も頼むぜぇ……」


 近くで仰向けに倒れふすロランジュが情けない声をあげるも、なんのその。完璧無視、どころか全く聞こえていない風情でヴェルテゥはアジュールの怪我に集中し始めた。肩に下げていた大きなカバンから、軟膏やら包帯やらを取りだし傷を検める。そのまま容赦なく消毒用のキツイ酒を振りかけられ、激痛に悶える事になる。


 「いっ!ちょ、お手柔らかにお願いしたいんだが?!」

 「だまってなさい。壊死してもいい訳?!」


 そこまで言われると、黙るしかないのが痛い所。走る痛みが気のせいだと思う事にして、そっと視線を泳がせる。けっして、怖ろしい形相で傷の治療にかかるヴェルテゥに恐れをなしたわけではない。と、己に言い聞かせる。


 「……」


 ついと動かした視線の先で、華奢な剣士の姿を捕らえた。流石に赤いポンチョも切り裂かれている箇所が多く、ボロボロだ。どうにか顔を隠す事は出来ているようだが、ポンチョはもはやその機能を失っているといっていいだろう。その一方で、本人は全く体をブレさせずに立っている所を見るに、大けがはしていないと見える。あの混戦模様で、それとは、腕が立つ。


 と、半ば感心してみていたアジュールは。


 「いいっ?!」

 「……あら、ごめんあそばせ。こちらが一生懸命治療して差し上げているのに、他の女を熱心に見ているのが気に食わなくて力が入った事なんて、ないから気にしないで頂戴?」

 「……うわぁ」


 腕の深手をギリギリと絞り上げられ、飛び上がった。その犯人はというと、全く笑みが笑みになっていない状態で、それは美しい笑みを浮かべていた。治療という、ある意味命に係わる部分を預けている彼女の機嫌を損ねるのは、マズい。というか、過去にそれをやって酷い目を見た#脳筋__ロランジュ__#がいた。それはトラウマとなって、男二人を震え上げさせていた。ドン引きした表情で呻くロランジュと、固まったまま動けないアジュール。この状況、どうにかならないかと必死に頭を働かせていたその時。


 「こ、の!薄汚い盗賊風情が!」


 突如として、興奮しきった声が響き渡り。三人は釣られて顔をそちらに向けた。他の者も同様に視線を向けた先で、細身の商人が、血走った目で足元を睨みつけていた。そこには、血だまりに沈む、息も絶え絶えといった風情の賊の一人が。痩せ細った体を、痛みに小さく丸め、恐怖に満ちた瞳で商人を見上げていた。


 「や、やめ」

 「この荷がどれだけ苦労して集めたものか!これがなかったら、儂は、儂の家族は……!それを賊風情がっ」


 戦争が終わった後、餓死者が大勢出た。それ程に、戦争は人々から財も何もかもを奪ったのだ。そのなかで、生きる為に必死に働き、再起するために努力した証。この商隊は、商人にとって、未来が開けるか否かの分かれ道だったのだろう。それ故に、過剰なまでの護衛を付けた。採算がとれるギリギリまで使って。それを理不尽に奪われそうにもなれば、誰だって怒り狂うだろう。しかも、襲われたという恐慌状態の末という精神状態であれば尚更。だれも、商人を責める事は出来ないだろう。


 しかし、だからと言って抵抗も出来ない人間を無駄に痛めつけてよいはずもない。蹴り上げ踏みつけ、傷をえぐるかの様に賊を痛めつけている商人。啜り泣く賊の男が、合間合間に叫び謝罪を繰り返している。まがまがしい気迫に満ちた光景に、歴戦の戦士たちも一瞬呑まれ、息をつめた。しかし、男の懇願の声が徐々に弱まっていくことに気付き、アジュールはぐっと奥歯を噛みしめた。


 そして、ペナルティを覚悟で飛び込もうとした時。


 「――そこまで」

 「?!何だお前はっ!」


 すっと細身の影が二人に割り込み、商人の老人に足払いを掛けたのだ。バランスを崩した老人は、勢いよく尻もちをつき、痛みに呻いた。しかし、ぱっと顔を上げて抗議の声を上げたものの、黙って見下ろしてくる紅い外套の少女の冷ややかな視線と、周囲の者達の非難の色を含んだ視線に、徐々に勢いを失って行く。痛みもあってか、自分のしたことが身に染みたのだろうか、ばつの悪そうな顔をしてそっと視線を逸らした。


 その様をじっと見つめていた少女の紅い外套の裾を引っ張る者がいた。弱弱しい力で彼女の気を引いたその男は、次々に涙を流し、途切れ途切れに呟く。


 「たの、助け、たの、む……たのみ、から、たすけ」

 「……」


 必死にもがき、懇願する男。その体から、夥しいまでの血が溢れ、彼女の足元をも、赤く染めていく。その凄惨な光景に、目を逸らすものも少なくなく。数少ない回復役の者達が、堪えきれなくなったかの様に、駆け寄ろうとしたその時。


 「――」


 小さく何かを呟いた彼女は。


 ――手にした細剣で、男の首を勢いよく掻き切った。


 「!」


 周囲が驚愕に包まれ、非難と恐れ、愕然とした視線が、彼女に向けられる。ひゅるり、と吹いた強い一陣の風が彼女のフードを絡め捕り、その白皙の面を露にした。


 その表情は、冷たく凍てついていた。


 ゆっくりと膝をついた少女は、そっと血だまりに手を伸ばし、その白く細い指先を緋色に染めた。じわじわと指先を犯していくその色に、そっと目を細め。


 「……あか」


 と小さく呟いた。


 どこまでもまがまがしく、そして、何処か神々しさをも感じられるその光景に、誰もが凍り付いて動けなかった。


 その時。


 「う、わぁぁぁぁ!」


 固まり切った空気を切り裂く甲高い悲鳴と共に、小さな影が飛び込んできた。その影は、多くの猛者の間をすり抜け、倒れ伏した痩身に取りすがった。


 「こ、ども?」


 誰かが呆然と呟き、ようやく時間が進み始める。それでも、頭の動きが鈍い彼らなど眼中にない様子で、子供はきっと涙にぬれた顔を上げて、怨嗟の叫び声をあげた。


 「よくも、よくも、父さんを!」

 「とうさん……?」


 殺してやる!遺体に取りすがり、血を吐くように叫び続ける少年。その言葉に、ヴェルテゥが呆然と呟いた。アジュールはそっと目を伏せる。


 その大半が痩せ細った賊。剣の扱いにもなれず、馬も持たず。そもそも狩りにも慣れていない様子の彼らは、賊であって、賊ではなかった。それが、違和感の信実。


 戦争は、多くのものを、奪っていった。命も、富も。商人のように、そこから脱する為に闘い、成功したものもいよう。しかし、それが出来るのは一握り。金を得る手段を失い、田畑も機能せず、物価は上がり続けて降りず、飢えた者達が落ちる先などたかが知れている。


 生きる為に、持つ者から奪わなければならなかったのだ。そうしなければ、彼らは生きていけなかったのだ。


 似ても似つかない男に取りすがり、父と呼んで泣き叫ぶ少年。事情を察した者は、目を伏せ、心の中で呻く事しか出来なかった。


 きっと、今回の賊は、生きる為に身を寄せ合った者達だったのだろう。そして自らは苦しんできたからこそ、同じ境遇の者を見捨てられず、そこには、戦争によって生まれた孤児もいたのだろう。職を失った者達は生きて行くことに必死だった。それゆえに、賊に身を落とす事しか出来ず、皆で支え合い、傷をなめ合って生きていたのだ。



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