青年と少女は出会い 7
突如として現れた男たちは、ギラギラとした目で荷馬車を睨みつけていた。否、今にも喰らわんばかりの強い瞳だ。なりふり構わず、といった方が良いだろうか。ユラリユラリと現れては、じりじりと距離を詰めてくる。
「……なりふり構わず?」
ふとアジュールは違和感を覚え、口の中で溶かすように呟いた。その間も、鋭い瞳は敵に向けられている。頭をよぎった違和感の尻尾を捕まえんと手を伸ばしたその時。激を飛ばすかの様に威勢の良い怒鳴り声が馬車の前方から上がった。
「陣形を整えろ!A班からC班は、馬車を中心に防衛線を展開!D班とE班は防衛線を背に、寄ってくる敵を撃破しろ!」
がっしりとした体躯に立派な鎧をまとったその男は、落ち着き払った様子で指示を出し始める。個々に警戒態勢をとっていた護衛隊が、弾かれるように指示に従い始める。アジュールもまた例外ではなく、違和感を後回しに指示に思考を巡らせた。
「ジュール!こっちだ!」
「急いで!メインの攻撃役がいないと突破されるわ!」
すぐさま掛けられた声の方向に、ほぼ反射的に走り出す。護衛隊のリーダー格たる男の声に反応したのはなにもアジュールたちだけではない。まるで闘いの火ぶたが切って落とされたかのように、雄たけびを上げた男たち――盗賊集団も馬車めがけて走り出していたのだ。
「ソロ組は遊撃だ!突撃して敵数を減らせ!」
「おおっと。なかなか過激な命令だな!」
続けざまに出された指示に応じ、数少ないソロ組――パーティを組んでいない者達――が一斉に飛び出していく。防衛組が体勢を整えるまでの間、前線で時間を稼ぐのだろう。その中には、赤いポンチョの少女、グルナもいた。
呆れの中に、何処か羨ましそうな色をにじませたロランジュ。こんな時までぶれないな、と突っ込もうとして、ふっとアジュールは動きを止めた。
「――そういうことか!」
「え、なに、どういうこと?」
反射条件よろしく聞き返してくるヴェルテゥを無視し、アジュールは舌打ちした。先程頭をかすめた違和感の正体が、目の前に現れた気分だった。
そもそも、この護衛任務が始まった際に、話し合いで抜擢されたリーダー格は、あらかじめ各パーティに番号を振っていた。それが、AからEの各班である。
そして、リーダー格の男が指示した内容。A半からC班は防衛線を展開。これは、A班からC班が、重量級の戦闘職を持つ、もしくはそれらを中心とした戦闘スタイルのパーティーである。アジュールたちも例外ではなく、ロランジュという重量級の戦闘職を背後において、アジュールがメイン攻撃、ヴェルテゥが後方支援という実にバランスの取れた組み合わせをしている。このようなパーティは、主に持久戦が得意とされている。そして、残りの2班。彼らは攻撃系に重点を置いたパーティ。防御力は低いが、その分押し返す力がある。
つまり、重量級の戦闘職を中心に防衛体制を構築。攻撃系パーティを軸に押し返そうという作戦。守りを固め、長期戦を挑もうという事だ。
「っ!」
「悪いが行かせねえよ?」
ソロ組と反撃組の間すり抜けてきた敵を相手の前に、アジュールは躍り出た。既に怪我を抱えて決死の形相をしていた賊が、飛び出してきたアジュールに道を塞がれ、たたらを踏んで体勢を崩した。その隙を見逃すわけもなく、アジュールはすっと腰を落とし、勢いよく抜刀した。
「がはっ!」
「ぐっ!」
居合の要領で一人目の敵に切りつけ、返す剣で飛び出してきた敵に切りつける。血しぶきを上げて倒れる一人目を目隠しに切りつけたものの、受け止められ舌打ちをする。弾かれる勢いに乗って下がりつつ、今度はその反動を利用して低い体勢から剣を突き出す。
「させるか!」
「悪いな。本命は別だ」
盗賊としてもこの様な修羅場を潜り抜けてきたのだろう。予想していたように再び剣で防がれる。一瞬喜色を顔ににじませた賊だったが、それを見つめるアジュールの瞳は冷やかで。相手が剣に気を取られている一瞬を利用して、がら空きの胴に蹴りを叩き込む。
「ぐあっ!」
吹っ飛んでいく男を一瞥し、眉をひそめた。爪先で地面をつつき、頭を振った。
手ごたえはあった。しかし、同時に防がれた感触もした。
「戦えるヤツと戦えないヤツの差が激しすぎる」
ぼそりと一人ごちて、足元で倒れ伏す血まみれの男に視線を落とした。
――酷く痩せ細った男だ。
当たりを見回しても、いかにも戦闘になれているという感じの男はさほど多くない。むしろ、倒れている男のように痩せ細っているものが多い。
通常、逃げる商隊をじわじわと甚振り、罠に嵌め、消耗した所を襲うのが盗賊の常套手段の一つのはずだ。それが一番効率がよい。さらに言えば、この地で襲ってきたということは十中八九盗賊たちの縄張りと見ていい。いくらでも罠を仕掛けられるはずで、そこに追い込むことが出来れば盗賊に有利になる。だが、不利になるにもかかわらず、総攻撃を仕掛けてきている。なぜか。
――それが出来ない理由が、あるのだ。
襲い掛かってくる#素人__・__#をいなしつつ、更に周囲を観察する。馬に乗っている者もいるが、少ない。この辺は比較的に馬でも走りやすい地形をしているにも関わらずだ。そして、リーダー格の咄嗟の判断に基づく陣形。ここまで来れば、違和感の正体と、理由が見える。
そこまで思考を巡らせたとき。ふとある一点に視線が惹かれた。
翻る、赤い外套。その周囲を舞う、緋い飛沫。まるで舞台で舞っているかのように、優雅で美しく、どこまでも冷徹な光景。現実味の薄い光景の中、彼女は淡々と剣を振るっている――。
「ジュール!後ろだ!」
突如怒鳴り声に背を蹴飛ばされ、はっと振り返る。剣を上段に構えた男が、勝機に顔を染め上げてのしかかってきている。舌打ちをして、振り返った勢いを防御に転換しようとするが、間に合わない。来るべき痛みに体を強張らせたのだが、ふっと巨体が目の前に飛び込んできた。
「しっかりしろ!戦闘中だぞ!」
「すまん!」
大きな盾で相手の剣をはじき返し、たたらを踏んだ相手の胴に、大剣を叩きつける。血しぶきを上げて倒れ込む相手から目をそらさないまま、叱責を降らせてくる。普段の脳筋具合とは打って変わってたよりになる大きな背中。手短に謝意と感謝を伝えたアジュールは、そのまま踵を返し、背をロランジュに預ける。がっしりとした筋肉質の背中が、安心感を伝えてくる。
「さっさとケリ付けるぞジュール!」
「ああ。いつものとおり、行くぞ」
目くばせもなく、背後の気配のみで同時に地を蹴り、目の前の敵を切り伏せていく。後ろは仲間に任せて問題ない。兎に角前と横だけに集中する。
遊撃隊として前線で戦うソロ組、その中でもグランが凄まじい勢いで暴れ回っているためか、敵の数はすでに全滅に近い。
そして間もなく、商隊の勝利にて、闘いの幕は下りた。