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緋色頭巾  作者: 神凪凛薇
6/12

青年と少女は出会い 5

 今回アジュールたちが護衛する商隊はその規模の大きさと用心深さから、護衛を多く雇っていた。見た所、二十人近くいるのではないだろうか。


 「ねぇ、聞いてんの?」


 耳元でキャンキャンと騒がれ、視線をそちらに向ける。ヴェルテゥが頬を膨らませながら上目遣いに睨んできていた。肩を竦めてアジュールはあっさりと言い放つ。


 「悪い、聞いてなかった」

 「やっぱり!ずっとこんな態度なんて酷いと思わない、ロラン⁈」


 拗ねたようにそっぽを向く幼馴染を訝し気に見やったアジュールは、視線をロランジュに投げた。ロランジュは真剣な瞳をアジュールに向けたかと思うと、おもむろに口を開いた。


 「昨日お前が会ったという娘の話だ」

 

 ああ、とアジュールは呟く。昨日会った話を二人にしてからと言うものの、二人して変だなとは思っていた。ヴェルテゥは機嫌が一気に悪くなった後に回復するどころか悪化の一途をたどっている。ロランジュは難しい顔をしたままそれ以外の表情を見せない。

 

 「それがどうした?」


 いい加減その態度の意味を教えろとロランジュを一瞥すると、一瞬口元に力を入れた男はゆっくりとその口を開き。


 「それ程までに強かったのか?」

 「そうそう、どれだけ強かったかってのが気になって……って、違ーう!!!」


 至って真面目に言うロランジュにヴェルテゥが思わず突っ込む。まさか、と低い声で呟いたヴェルテゥは伸びあがってロランジュの襟首を掴み、揺さぶる。


 「ちょっと、まさかアンタずっとそれを考えていたの⁈そっちなの⁈」


 されるがままになっていたロランジュは寧ろ訝し気である。


 「それ以外に何がある?」

 「いや、だから、その、アジュールが女と!」

 「強ければ女も男もない!」

 「ああもういい黙れこの脳筋―!!」


 何処か八つ当たり気味に喚くヴェルテゥ。その目元がほんのりと赤くなっていることに気付いたアジュールだったが、理由が分からず首を傾げた。尋ねようにも何時もの光景が繰り広げ始めたので、諦めることにした。この二人の舌戦は同じところを飽きもせずに繰り返すので、止めるのは不可能なのである。昔はそれでも仲介しようとしていたアジュールだったが、今はもう放置することにしている。


 喧しいBGMを聞き流しながら何気なく周りを見回したアジュールはふと一点に目を止め、息をのんだ。すぐに楽し気な笑みを口元に刻むと、ゆっくりと歩き出した。その行き先は。


 「よお」


 荷馬車の影にひっそりと立っていた赤い人影の元だった。




 人影は微かに身じろぎしたのみで、それ以上の反応を示さなかった。しかし、アジュールは気にすることなく、気安げに声を掛ける。


 「この前言ったけど、もう一度言っとく。俺はアジュールだ」


 すると、人影は微かに首を傾げた。流石に忘れ去られているのかと心配になってきたアジュールだったが、そうではないらしい。ポツリと返答が帰ってくる。


 「……前に、聞いた」

 「良かった。忘れ去られたかと思ったぜ」


 苦笑して肩を竦めたアジュールはニヤリと笑った。


 「それで?」


 再び首を傾げた人影にアジュールはむっとする。


 「俺は、名乗った。だったら、今度はおまえの番だろ?」


 すると人影は黙り込んだ。戦闘時は驚くほど素早い身のこなしを見せるこの人は、通常時は随分とローペースの様だ。元々そこまで気長では無い方だと自負しているアジュールだったが、今回は根気強く待つことにした。すると、再び人影はポツリと零した。曰く。


 「前にも言ったけど、最初に名を名乗らないような人に名乗る名はない」

 「名乗っただろ?」

 「最初に、と言ったはず」


 そう言う事かよ、とアジュールは天を仰ぐ。人影の言う最初に、とは初めて出会った時という事らしい。つまり。


 「一生聞けねぇじゃねぇか…」


 恨みがまし気に見やるが、人影は意に介してい無い様だ。後ろめたそうでもないので、この様に言って名乗りを逃れたことは何度かありそうだ。アジュールはため息をついた。


 「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ。ここに居るって事はお前も護衛依頼受けたんだろ?ってことはある意味仲間なんだから、呼び方が分からないってのは困る。だから、名前」


 これでどうだ、と人影を自覚なしに得意げになるが、人影はポツリと漏らす。


 「呼び方は何でもいい。名前である必要は、ない」


 アジュールは思わずこけた。そう来たか。ならば、と言い返してみる。


 「けど、お互いを認識するために名前ってあるだろ?」

 「必ずしも名前である必要はない。現に、愛称と言うものが存在し、その愛称は名前をもじったモノもあれば、もじっていないモノもある」


 確かに。思わずアジュールは納得し、次いで、額を押さえた。お手上げだ。色々反論してみたつもりだが、名前である必要はないと思わされた。悔しいが、何処かその舌戦を楽しいと思ってしまった。ついつい口元に笑みが浮かぶ。


 「出発します!護衛の皆さんは所定の位置についてください!」

 「ジュール!どこ行ったのよ!?」


 聴こえてきた商隊の主の呼びかけと、ヴェルテゥの呼び声に踵を返したアジュールだったが、ふと顔だけで振り向いて赤い人影に声を掛ける。


 「何で名前を名乗りたがらないのかは知らんけどな。名前ってのは、お互いを認識するって事以外にも、それそのものの存在を証明し、確定づけるものなんだとさ。だから、皆、己の名前を大事にすんだと。だから、もし己の名を忌み嫌っているのなら改めた方がいいと思うぜ赤い頭巾の剣士さん?」


 いや?とアジュールは一瞬考え、ニヤリと笑った。


 「赤頭巾ちゃん?」


 ピクリと肩を揺らしたその姿をみて、ククっと忍び笑いを零したアジュールは今度こそ背を向けて歩み去っていった。その背を"赤ずきん"はじっと見つめていた。


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