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緋色頭巾  作者: 神凪凛薇
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青年と少女は出会い 4

 事情聴取と言う名の尋問が終わって解放された時には、青い空は茜色に染まっていた。うーんと伸びをしたアジュールは、ほっと息をついて今度は首を回す。バキバキという音を立てる首に手を当てたアジュールはちらりと後ろを見る。そこでは赤のポンチョの人影がまだ尋問に耐えているようだ。


 「この分だとまだかかる、か」


 首を竦めて呟く。ご褒美にはまだありつけそうにない。だったら。


 アジュールは手に持った物を見下ろして苦笑する。そして目的地へと足先を向けた。






 尋問から解放された場所からさほど遠くない、と言うよりはばっちりその場が見える程近い目的地に到達したアジュールは、多少の気まずさを含んだ声で声を掛けた。


 「おーい、いるかい、おやっさん?」

 「おぅよ……ってなんだ戻って来たのかあんちゃん」


 その声に気付いて振り返った店主は豪快に笑う。そう。此処はゴロツキの群れに突っ込む前にアジュールが冷やかしていた武器屋の露店であり。


 「わりぃ、おやっさん。これついつい持ってっちまってた」


 アジュールが先程から握りしめていた剣を売っていた店だった。苦笑気味に剣を差し出してきたアジュールに店主はニヤリと笑った。


 「おう。持って帰ってくるたぁ見上げた心根だ。そのまま持ってっちまったかと思ったぜ」

 「んな後味悪いことしねーよ。普通のモンでも後味悪すぎるってのに、こんな一級品だったら尚更だぜ」


 茶化してくる店主に肩を竦めるアジュール。潔癖な所がある彼は後味の悪いことはしない。それよりも、と呆れ顔をするアジュール。


 「切れ味良すぎだろ、コレ。何なんだよホント」

 「だぁから言ったろ?なんでも切れるってな」

 「ったく、商売のための調子のいい言葉だと思ってたぜ」


 悪戯が成功した少年の様な笑みを向けてくるいい年した店主にアジュールは苦笑しかなかった。すると、店主は一回引き取ったその剣を、ずいっとアジュールに差し出した。


 「ほれ」

 「は?」


 反射的に受け取ったアジュールは流石に間抜けな声を上げた。その声にがはは、と笑った店主は威勢よく言い放つ。


 「持ってきなあんちゃん!どうせ切れ味良すぎて下手な奴に持ってかせる訳にゃあいかんし、あんちゃんの事、気に入ったしな!」


 何処までも豪快な店主に、アジュールもついつい笑みが浮かぶ。


 「んじゃ、遠慮なく」


 あっさりと言い放ったアジュールに、店主が意外そうな顔をした。


 「へぇ。受け取れないって言うかと思ったぜ」

 「ははっ、冗談!貰えるもんは貰っとく、常識だぜ?」


 後味の悪いことはしないが、くれると言うなら話は別だ。貰えるものは貰っとくとモットーにするアジュールである。不敵に笑うアジュールに、店主が楽し気に笑い声を立てる。


 「良い根性してやがる!持ってきな!ただし、粗末に扱うんじゃねぇぞ?」

 「おうよ。ありがとな、おやっさん!」


 元より、剣を新調しようと考えていたアジュールだ。上物をただで手に入れて気分が酷く良かった。


 「さて、と」


 剣を腰に下げたアジュールは踵を返した。そろそろあの人も解放されるだろう。アジュールは無意識に凄絶な笑みを浮かべていた。






 "彼女"はようやく解放され、すっと空を仰いだ。


 「……あか」


 ポツリと呟く"彼女"。白のキャンパスと黒の影で出来た世界の唯一の色は、その世界を妖美に染めていく。視界の隅に映る目深に被ったフードの緋が揺れ、"彼女"は目を細めた。


 「……あか」


 再び呟いた"彼女"は視線を落とし、白のキャンパスの上の黒で縁取られた道を歩き始めた。


 すると、忽然と目の前に足が現れた。視線を上げると長身で細身の男が微笑をたたえて立ち塞がっていた。


「よお」


 気安げに声を掛けてきた青年に、"彼女"は首を傾げた。


 はて、これは何だっただろう。そうボンヤリ思って、"彼女"は僅かに首を振った。


 いいや、違う。これは"誰だった"だろう、と考えるのが正しい。そうボンヤリと思って、"彼女"はああ、と思った。


 「……さっきの」


 ポツリと呟かれた声に青年はニヤリと笑った。


 「正解」


 ボンヤリとその顔を見上げた"彼女"はふと見つけた。


 「……黒?」


 脈絡のない呟きにあっけに取られた様子の青年だったが、ああ、と気付いた様子でその顔にかかる眼帯に触れる。


 「黒ってか、紺色って感じだけどな」

 「こん、いろ」


 はて、"こんいろ"とはどんな色だったか。ぼんやりと考えていた"彼女"に青年から声がかかる。


 「お前、名前は?」


 ボンヤリとしていたため、聞き逃した"彼女"は小首をかしげる。眉根を寄せた青年は少し声を張り上げて繰り返す。


 「名前は?」


 ああ、名前を聞いているのか、とようやく理解した"彼女"。面倒なことに巻き込まれていた"彼女"は、既に気だるかった。ため息を飲み込み、淡々と返す。


 「……誰かに名を聞くときは自分から名乗るのが礼儀、では?」


 きょとんとした青年。そう返されるとは思ってもみなかったと言わんばかりだ。再びため息がこみあげてくる。すると。


 「ふっ、あはははは」


 急に笑い声が降って来て、"彼女"は緩慢に顔を上げる。遠慮なく爆笑していた青年は、笑いの発作をどうにか抑え込み、目尻に浮かんだ涙を拭う。


 「あー笑った笑った。そう来るか。いや、やっぱいいわお前」


 くっくと笑った青年は不敵な笑みを浮かべる。


 「アジュールだ。ジュールでいいぜ」


 自分は名乗った、今度はそっちの番だ、と言う訳か。"彼女"は青年の名乗りの意味をきちんと理解して嫌そうに顔を歪める。そのまま黙って身を翻す。


 「あ、おい!」


 慌てて引き留めてくる青年を見返す。青年は息をのんだ。


 「……言い換えましょうか?先に名乗ることも出来ない無礼な人に名乗る名は、ありません」


 吐き捨てると、"彼女"は今度こそその場を去った。






 アジュールはその背を呆然と眺めていたが、再び込み上げてきた笑いの発作に素直に身を委ねた。


 「いいね、ますます面白い。今回は名前を聞くことはできなかったけど…」


 アジュールはニヤリと笑う。


 「ま、いっか。その内どっかで会う事もありそうな予感もするし?」


 赤いポンチョの裾から見えた細剣を思い返すと、彼も踵を返して仲間の元へと戻っていった。


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