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緋色頭巾  作者: 神凪凛薇
2/12

青年と少女は出会い 1

 クルール大陸。そこでは、長きにわたり戦乱の時代が続いていた。大陸の誇る大国、ブランシュ王国とドレ帝国が大陸の覇権を争っていたのだと言う。だが、今となっては本当にそれが理由であったのかも曖昧だ。それ程に長く両国は戦争をしていた。


 転機が訪れたのは十数年前。ドレ帝国に有能な軍師が現れたことがきっかけだった。その軍師は奇抜かつ効果的な策を次々に打ち出し、膠着状態に陥っていた戦況を一気にドレ帝国優勢に持って行ったのである。


 出来るだけ犠牲者を出さずに、戦争を一刻も早く終わらせたい。口癖のようにそう言っていたというその軍師は、そのままの勢いで戦争をドレ帝国の勝利と言う形で戦争を終わらせた。とはいえ、長年の戦争であったため、どちらの国も疲弊していたのは確かであり、ドレ帝国の勝利と言っても、実際のところははっきりとした勝者は居なかったというのが真実と言っても過言ではないだろう。


 魔法は無く、科学もそこまで進歩していない、そんな世界でひっそりと物語は幕を開けた。






 「むむむむむ」


 ブランシュ王国に属するとある街。その街の中心部には大きな広場がある。店が立ち並び、多くの人が行きかうその一角に大きな掲示板があった。その前に青年が一人、その精悍な顔に険しい色を乗せて唸っていた。その鋭い視線が睨みつけるその掲示板には。


「…ああもうっ!なっかなか、いいのが見つかんねぇ!!」


 腕の立つ旅の者達への依頼書が、数多く張られていた。戦争が終わり、戦時中よりも遥かに人や物の行き交いが活発になり始めて以来、商人たちは利益を求めてあちらこちらへと流れ歩くようになっていた。しかしながら、多くの利益を得る可能性がある一方、リスクはあるもので。


 「商人にとって賊ってのは天敵じゃねぇのかよ」


 長年の戦争の弊害で、兵士崩れや貧困からの脱却のためとして、数多くの賊が現れるようになったのだ。荷を運ぶ最中で賊の襲われたら元も子もない、と言うわけで旅の腕自慢達に護衛を依頼するようになったのだ。その手段の一つがこの掲示板の依頼書であるのだが。


 「ったく、護衛してもらうってのに、何でこんな残念な報酬しか出ねぇんだよ」


 ブツブツと文句を垂れ流しながら青年は頭をかき回した。


 青年は機能性を重視した旅装束に身を包み、その腰に剣を刷いていた。その精悍な顔には、無骨な眼帯が掛けられている。露出しているもう片方の瞳の色とお揃いの深い青、深海の色の眼帯である。彼もまた旅人で多少の路銀を稼ぐためにこの掲示板のもとに立ち寄ったのだろう。今は街々に同じような掲示板があり、そこで依頼を見つけて受けることで、報酬を受け取るのが旅人たちの主流だ。だが、その内容は、と言うより、その報酬は彼が満足するには程遠い金額だった。


 砂塵にまみれた装束のまま、恨めし気に掲示板を睨みつける青年に明るい声が掛けられる。


 「アジュール!何かいい依頼あった?」


 青年――アジュールは振り返る事無く苦々し気に返答する。


 「あったらこんなとこで唸ってないで、とっくに申請してるわ」


 不満不機嫌と言った雰囲気をを全身から醸し出すアジュールの傍らに歩み寄った可愛らしい少女が苦笑する。


 「アジュールはえり好みし過ぎよ。ちょっとは妥協を覚えなさい」

 「と言ってもな。この残念感しかない依頼だぞ?妥協も何もない気がするんだが?」


 苦虫を味わいながらアジュールは少女――ヴェルテゥを見下ろした。頭一つ分小さい彼女は呆れ顔で幼馴染を見上げた。


 「俺はジュールに賛成だな。弱い相手と戦っても鍛錬にはなりやしない」

 「アンタは黙ってなさいこの脳筋」


 後ろから聞こえてきた野太い声に間髪入れずに突っ込むヴェルテゥ。二人が振り返ると、そこには筋骨隆々としたとにかくデカいと言う印象の男が立っていた。


 青年と言っても差し支えない年齢なのだろうが、如何せん、その体躯の所為で青年と言うよりは男と言う呼び方がふさわしいだろう。鍛え上げているにも関わらず、服を着ると線が細いという印象を与えるアジュールと並ぶとその違いは歴然である。その見た目を裏切らず、戦いしか能のない自他共に認める脳筋である。


 「アンタたち分かってる?今結構お財布がピンチなのよ?弱い弱くないって事にこだわってる場合じゃないし、そもそも、そこで依頼を選ぶ時点で色々間違ってるでしょうが」

 「だがっ!男は鍛錬を欠かしてはならんのだ。強くなることこそが本懐であり、多少の貧しさなど」

 「お黙り!そんなよく分からないお金にもご飯にもならない不要な信条どっかに棄てて来いこの脳筋!そもそも、私は女!一緒にするな!」

 「女であっても変わりはない!鍛錬と心構えが足りんぞヴェル!」

 「黙らっしゃい!意味不明すぎるわこの筋肉馬鹿!」


 見ようによっては親子にも見えるほどの体格差を持つ二人はキャンキャンと舌戦を始めた。日に一度は見かけるその光景に、アジュールはこめかみを揉みながら背を向けた。周囲の何処か心配そうな視線は無視して掲示板を一瞥する。何度見ても微妙なそれの中で、マシなものを見繕い、ため息交じりにその依頼書に手を伸ばした。


 依頼はその人数が決まっているものが多く、大人数の場合は受領申請があるたびに残り何人と言う文字が書き込まれていく。彼が見繕った依頼書には残り三名の文字が書かれていた。彼ら一行はちょうど三人。暗黙のルールに従ってその依頼書を回収しつつ、依頼の窓口へと向かう。


 「この依頼を受ける。三名だ」


 窓口の女は、依頼書を受け取ると、一つ頷いた。


 「それでは、三日後西の大門に集合となっていますので、そこに行ってください」


 その言葉にアジュールは礼を言うと、元の場所に戻った。そこでは予想通り舌戦が続いていた。やれやれと頭をふったアジュールは二人の間に割って入る。


 「いい加減にしろお前ら。ヴェル、ロランの脳筋ぶりはいつもの事だ。目くじらをいちいち立てんな」


 窘められたヴェルテゥは、むっと頬を膨らませる。


 「ちょっと、何で私だけ怒られてロランジュには何も言わないのよ」

 「この脳筋に言葉が通じるか?」

 「そうね、ごめんなさい」

 「おい、そりゃあどういう意味だ」


 肩を竦めたアジュールの言葉にあっさりと納得するヴェルテゥ。対称的に気分を害した様子なのは男――ロランジュである。アジュールがヴェルテゥのみを窘めた時は、自分に味方していると思い、得意げな顔をしていたのだが、その後のあんまりな言葉にむっとしている。


 「その言葉の通りの意味だろ」

 「そういうこと。あ、ごめんなさい、これも理解できないわよねロラン?」

 「なんだと?!」


 結局、舌戦を再開する二人にアジュールは額を押さえた。


 あ、もう無理だ。


 その結論に至ったアジュールは、くるりと踵を返すとさっさとその場を去ることにした。この二人に付き合っていると日が暮れる。その内誰かが二人を広場から追い出すだろう。


 他人事の様にそう考えるとアジュールは街へと繰り出していった。


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