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緋色頭巾  作者: 神凪凛薇
11/12

歪んだ信実が嵐を呼ぶ 1

 いかに後味が悪くとも、仕事は仕事である。グルナを取り囲む白い目をよそに、一行は目的地に到着した。


 「ういよ。報酬だ、ご苦労さん」

 「……確かに」


 商人は手早く報酬を支払うと、そそくさと去っていった。アジュールたちもきっちり報酬が額面通りに支払われている事を確認し、一息つく。他の冒険者グループたちも、一仕事終えた達成感と解放感に、緩んだ雰囲気でわちゃわちゃと話をしている。アジュールもまた、ぐーっと腕を突き上げて伸びをすると緊張に強張った体が音を立てた。


 「あー、終わった終わった」

 「だはは、いやぁ腕の立つ奴ばかりで楽しかったぜ!」

 「ねぇ、仕事の趣旨と全く関係ないのだけど自覚しているの?」

 「ああ?」


 つやつやと満足そうなロランジュに、呆れ顔のヴェルテゥが颯爽と突っ込む。全く自覚が内容で首を傾げたままの脳筋を放置し、アジュールの持っている報酬の袋を覗き込む。


 「うーん、まぁぼちぼちね」

 「まぁな。正直もちっと欲しいがちまちま稼ぐしかねぇな」


 一緒に袋を覗き込み、2人で呻き声を上げる。彼らのパーティーは流れの冒険者でもあるので、そのうち別の場所を目指して旅立つことになる。そうなった場合の路銀が必要だ。それを貯めるために一時的に街に滞在する事は勿論あるが、その場合も宿泊に関わる金がいる。つまりは生きているだけで金がかかり、今のご時世金稼ぎも容易ではないのだ。2人で今後のスケジュールと勘定を数えていたのだが、アジュールの方にのしっと重い腕が乗った事で一時中断される。


 「しゃーねぇよ。戦争が終わったとは言え、火だねはくすぶっている。経済まわり始めだし、もうちょっと待つっきゃねぇな」

 「その前に戦争が再燃しなければな!」


 ガハハと非常に不謹慎な掛け合いをするのは、今回の護衛隊のリーダーを務めていた男だ。その男に率いられた重量級のパーティーメンバーが後ろに立ち並び豪快に笑っている。アジュールは苦笑して不謹慎だぞ、と声を掛けつつ腕を外すと手を差し出す。


 「改めて、今回は世話になったな」

 「こっちこそ。てめぇらがいたからやりやすかったぜ。まぁ、もちっと馬鹿の躾をした方がいい気はするがな」

 「ごめんなさいね。矯正しようと努力はしたけど、お手上げなのよ。不可能なんてないって言うけれど、人間、やっぱり出来ないことってあると思うのよ」


 固く握手を交わしつつちらっと某脳筋に視線を投げられ、ロランジュが肩を竦めた。ほう?と顎を撫でる男に、ロランジュがそそくさとすり寄り、ごにょごにょと何事かを耳打ちする。刹那、男の顔から表情が抜け、非情に同情的な視線を向けられる。おそらく何年来の付き合いなのかを教えられたのだろう。俺には無理だ、と視線で告げられ、非常に遺憾である。


 「まぁ、ものは使いようだ」

 「確かに。こと、戦闘なら問題ねぇな」


 アジュールは苦笑して頭を振ると、男は豪快に笑った。冒険者らしく、細かい所は流してくれるようだ。結局は結果が全ての世界である。なお、当の脳筋はというと、きょとんとした顔で突っ立っている。自分がやり玉にあげられていることにも気付いていないようだ。男のパーティーメンバーからは苦笑気味に肩を叩かれている。まぁ、その彼らに対して懲りずに手合わせを申し込んでいるのだから察して余りある。


 男はその誘いを華麗にスルーすると、アジュールに向かってニヤリと笑った。


 「で、どうだ。これも何かの縁だし、飲みに行かねぇか?俺らのおごりだ」

 「あら!気前がいいわね!最高よお兄さん!お礼にお酌くらいはしてあげても良くってよ?」

 「そりゃあいい!」

 「気ぃ付けろよとっつぁん!ソイツ、ザルだからな!しこたま飲まれるぞ!」

 「それ聞いちゃぁ飲み比べやらねぇとな!じゃんじゃん飲ませてやる!」


 酒に目がないヴェルテゥが目を輝かせて飛びついた。普段は路銀の事も考えてなかなか思い切り飲めないということもあるのだろう。おごりという言葉に飛びついた挙句、豊満な体を色っぽくくねらせて妖艶に笑う。男たちもそのノリに合わせて楽しそうに盛り上がっている。その誘いにさしものロランジュもノリノリで、ようやく手合わせ以外のコミュニケーションが取れそうである。早速飲み比べでなにかけるかを相談している始末だ。


 アジュールも苦笑しつつ、これに乗らない手はないと足を向けようとして、ふと振り返った。


 ようやく解散ムードが広がって来て、かなり人もまばらになってきている。そんな中で視線を巡らし、目的の人物がいないかを探す。しかし、特徴的なその赤色を見つけることが出来ず、一匹狼っぽいしさっさと退散されたかと頭を掻く。せっかくならもう少し話がしてみたかったんだが、と未練がましくキョロキョロしていると、ふと視線の隅で赤色がさしこんだ。


 そちらを向くと、小さな屋台の前に探していた姿が。どうやらリンゴの屋台のようだ。小さく白い手に拾い上げられたリンゴが、毒々しいまでに赤色を放ち、にもかかわらずなぜかその対比が美しい。ふらりと一歩足を出した瞬間。ふっと隣に気配が沸いた。


 「おい、どうした?行こうぜ?」


 リーダーの男が怪訝そうな顔で隣に立っており、アジュールは夢から醒めた気分で、男の顔を見返した。そしてはっともう一度屋台に視線を向けると、グルナはすでにリンゴを入手して去っていく所であった。アジュールの視線を追った男は、顔を顰めた。


 「ああ、あいつか。気になるか?」

 「……まぁな」

 「俺もだ。あの剣は妙に人を惹きつける。ヤツの纏う雰囲気もだが。ありゃあ一朝一夕で身に付けられるもんじゃない」


 羨望とも嫌悪ともとれる声色に、逞しい壮年の男を見上げると、厳しい顔で男は華奢な後ろ姿を見送っていた。俺の経験上だがな、と前置した男は髭の浮いた顎を撫でた。


 「ああいう奴は大体地獄という地獄を潜って来てる奴だ。それを女の身で、それもあの年でなんてハッキリ言って異常だ。ぶっちゃけた話、ああいう奴には関わらない方がいい」


 どうやら親切心で言っているようだ。アジュールは視線を元に戻す。既にグルナの姿はそこにはない。言われた言葉を自分でも呟きつつ吟味して、首を竦めた。確かにそんな感じがする。だが、とちらっと視線を向けると男は苦笑した。


 「ああ、理性じゃ分かってても、惹きつけられんだよなぁ。ホント、魔性の女、罪な奴だ。まぁ、もうちょい色っぽい方が好みだが」


 ニヤッと笑って冗談で重い雰囲気を吹き飛ばそうとした男は、しかし、とは言え、と言って踵を返し、昏い色を瞳に宿して呟いた。


 「賊が襲ってきた時の対応。あれだけはいただけねぇな。それこそ理性じゃ最善策って分かってても割り切れるもんじゃねぇ。いったい、どんな修羅場を抜けて来ればあれを即座に判断して実行できんだか。ああは、なりたくねぇな」


 あれは、人を辞めたヤツの行動だ。言外にそう聞こえた気がして、アジュールはすでに見えない細い背中を探して視線を彷徨わせた。

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