人の戦い
眠りこける弟子を両腕に抱えながら、人気のない夜の町を歩く。
眠り粉は意識を完全に奪っており、吸わせた量からすれば明日の昼まで起きることはないだろう。
よだれを垂らすアホ面を眺めながら歩けば、いつの間にか目的地に着いていた。
神殿。
町の中央にそびえ立つそれは、入口に赤々と燃える松明を備えている。
起きているのだ。
魔物どもの襲撃は明日であると自ら神託を下しておきながら、万が一に備えて火を切らすことをしないクソ真面目な連中である。
だが今はその真面目さがありがたかった。
「頼もしき神の僕よ。こんな夜更けにどうかなさいましたか」
けして神の下僕になったつもりはないが、入口の僧兵たちにしてみれば『こんにちは』と対して変わらない。
いつものように流して要件だけ告げる。
「安全な町に転移を頼む。一人逃げ遅れだ」
「はい分かりました。中でお並び下さい」
並ぶ?
事務的な言葉に湧いた疑問は中に入った瞬間に氷解した。
女を抱えた男どもで溢れていたのである。
女はいずれも適当に服や布を纏っていて、揃いも揃って眠りこけていた。
無理矢理ヤった、というわけでもないだろう。飲み始める前に酒屋で見送った、しっぽり宿屋二階組の顔もちらほらと見てとれたからだ。
明らかに戦力になる歴戦の女を、その半分にも役に立たなさそうな若い男が抱えているのはもはや苦笑いしかない。
いや、それは俺も同じなのか? 勇者が何だという話が本当ならばだが。
まあ何はともあれ、カッコつけ共の群れだった。
死が近づくとしても、それが女どもの意に反するとしても、先に命を張りたいのだ。
バカだから。
ー◇ー
翌朝。
一眠りした俺たちは神殿前に集まっていた。
二日酔いしたアホどもには、バカ高い霊薬が酔い覚まし代わりに配られている。
神殿の協力もそれなりにマジということだろう。
「みなさーん、お集まりいただきありがとうございまーす。魔法使いの方は中庭に移動してくださーい。神殿の方から細かい説明があるので聞いてくださいねー」
斡旋所のゆるふわ巨乳姉さんがいつもと変わらない調子で声を上げると「誰にも手出しされなかったのか……」なんてざわめきが少し。
なんとも言えない空気が広がる中、それぞれの役割ごとに場所を誘導されて散り散りになっていく。
俺たち近接組は裏庭である。
近くにはご丁寧に治療部隊と支援魔法部隊が配置されていた。
作戦はこうだ。
あらかじめ、西平原のそれぞれ異なる場所に転移方陣が描かれていて、中庭には各転移方陣に対して転移可能な魔法陣が描かれている。
魔法使いどもはその魔法陣に向けてタイミングを合わせて魔法を放ち、神殿の転移術師たちがそのタイミングで転移方陣と魔法陣を繋げるのだ。
こうすることで、戦場へ向けてほぼ一方的に魔法をぶち込むことが可能になると言うわけである。
当然、敵は転移方陣を消しにかかるわけだが、そうなったら俺たちの出番だ。
転移方陣を消しにきた敵に対し、側面から強襲できる位置に転移した上で突撃。
各自、死にかけたら転移石(高い・使い捨て)で街に緊急避難。
戻ったら回復と支援を受けたあと、転移石を受け取りまた戦場に戻る、という流れだ。
まあ割と良い作戦ではないだろうか。
正面衝突しても、街で籠城しても、この作戦以上に敵を殺すことは不可能だろう。
まあ、俺たちがどれだけの確率で上手く戻れるかは分からないが。
「北部第7魔法陣、繋ぎます! 皆さん、ご武運を!」
転移術師の張り上げた声が聞こえる。
死はもうすぐそばだった。
ー◇ー
焼け焦げた獣の死体を踏み散らかしながら、浮いている目玉どもを斬り払う。
ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。いつつ。
剣を振うたびに敵が真っ二つになっていく。
自分が強くなったかのような錯覚は魔法と薬による身体強化による戯言であり、興奮作用をもたらす毒物のおかげである。
それでも構わない。
呪詛で腐り落ちた左腕も、抉られた脇腹も、吹き飛ばされた顔の半分も、生きて戻れば回復してもらえる。
それは五度の突撃を繰り返して得られた教訓だった。
だから。
「どけェッ!」
集っている目玉と獣をなぎ払う。
そこには男が倒れている。
体中が腐り片目が落ち、ゾンビと見間違えそうな風体でも、もはやそうなりつつあっても、人だ。仲間だ。当たり前だ。
転がっている体の胸元をまさぐり、転移石を砕く。
砕いた転移石は直ちに球状に展開される魔法陣と化し、男の体を包んだ。
……魔法陣が展開してから転移完了まで数えて5秒。守ってやらなければ死んでしまうに違いない。
自分の転移石を砕く代わりにご禁制の薬を一口で呷る。
飲むとインポになると噂のそれは、たちどころにある程度の傷を癒してくれた。
まだ死ねないし、死なない。
あのバカ弟子がこの事態をなんとか出来たというのなら、あいつを帰した俺がそれをする責任があるのだから。
ー◇ー
どれだけの時間が経ったのだろう。
神殿で治療を受けているものの、黒焦げになった体に新しい皮膚が生えてくるのが痒くてたまらなかった。
ぼやけた視界には、バタバタと走り回る回復術師や神殿の兵士たちが映っていて、何事かを叫んでいる。
少しずつ視界がクリアになる。
少しずつ耳が聞こえるようになる。
そこで殺すべき敵の名を聞いた。
目を閉じる。感覚を閉ざしきる。
今は治す。
万全でなければ、敵の親玉を討ち取れる可能性など億に一つもないはずだ。
-◇-
そして、けれど。
万全の体で完全なる支援を受けた剣の一撃は、親玉の身震い一つで体中の骨ごとあっさりと砕かれた。
翼も生えていない、ただバカでかいだけの四つ足トカゲ。
見た目はそれだけなのに、それだけですら手も足も出ない。
街の一角を占めるほどの大きさの巨体がゆっくりと近づいてくる。
山ごと焼き払った吐息を放つ口がゆっくりと目の前で開いてゆく。
なんの傷痕を残すこともなく、俺は死ぬだろう。