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神託

「聖都で『神託』が降りたんだ」


『神託』


 毒にも薬にもならない坊主どもの説法と異なり、違えられることのない『神の言葉』。


 儀式の果てに偉いハゲたちの口から顕れるそれは過去何度も魔物どもの襲来を当てていて、今や俺のようなチンカスですら信じざるを得ない実績を有している。


 それが。


「『イチャラブえっち♡をすることでそなたは無限の力を得るだろう』……だって。コレ、言われたのそのままだからね」


 そんなんだったらしい。


「マジかよ」


「マジマジ。大マジだよ。何人もの司祭さまに同じこと言われちゃったからね。最後は泣いて謝る司祭さまたちをボクが慰めたんだよ。泣きたいのはこっちなのにさあ」


 あはは。と笑う弟子に気まずさが勝ちすぎてかける言葉が見当たらない。

 俺のカビの生えた童貞ならともかく、コイツは女なのだ。初めてがそんな生贄じみた奪われ方をされて良いはずがなかった。


 そのはずだというのに。


「とまあ、そんなわけでボクはイチャラブえっちしないといけなくて……だからここに来たんだ」


 弟子が立ち上がり、焚き火のそばを歩いて目の前に立つ。

 それをカカシのように間抜けなまま眺めた。


 町を守るためなどという薄ら寒い大義名分と、目の前に迫る肢体(からだ)に対する欲情が絡み合う。

 それらは体にまとわりつくツタのようで、下半身に集まる血流だけがやけに現実感を伴っていた。

 

「ねぇっ」


 いいにおいがした。

 それは、かつて弟子だった女が座りながら背中を俺の体に預けてきたせいで。

 鼻先を柔らかい髪がかすめたからだ。


「抱きしめてよ。最初に助けてくれたみたいに」


 やわらかい。

 分厚い下穿き越しでもなおまたぐらに伝わる尻の感触が、ただでさえ足りない俺の知能を溶かしていく。


「ね、ししょー」


 俺の知らない、甘ったるいささやき。


 宙ぶらりんになっている両手でそのまま乳を揉みしだいても受け入れられるような、そんな雰囲気。

 視線は肩越しに自然とその膨らみに導かれて。


 その前に映るしなやかに鍛えられた首筋を捉えた。


 肩口に触れる。

 ぴくり、と強張ったそこは、すっと膨れあがり確かな弾力を手に返した。


 鍛え続けていたのだろう。

 昔から持っていた、なにか使命感のようなものに突き動かされるまま。


 急速に萎えていく。

 自己処理中に宿屋のオヤジが入ってきたときと同じかそれ以上の勢いで、下半身に集まっていた血液が急速に頭に戻っていく。


 気付いてしまったからだ。

 『コイツとヤること』は神託に従い、『お前が鍛えてきたことに意味はないと断ずること』なのだと。

 コイツが修行と呼んだ日々を否定することなのだと気付いてしまった。


『抱きしめてよ。最初に助けてくれたみたいに』


 チカチカと明滅するような意識の中で、再生される言葉ひとつ。


 コイツは『最初に助けてくれたみたいに』と確かに言った。

 甘ったるい台詞回しの中に紛れ込んだ助けを求める言葉は、それだけが真実であると確信するには十分だろう。


 深く息を吐いた。

 目を瞑ると、脳裏に焼きついた『ぷるるーん』がいくらでも蘇る。

 それはもう手が届くところにあって、何なら揉みしだいても怒られるどころか喜ばれるというのに。


 勃起よりも射精よりも頭を焦がすものがある。あってしまう。


 肩を掴んで立ち上がらせて、告げる言葉はただ一つ。


「助けてやるよ。魔物どもからも、クソくだらねー神託からも」


 明日には消える俺の命をそのために使うと。

 そう、決めた。


ー◇ー


「え?」


 予想外だったのだろう。振り向きざまに、俺のたった一人の弟子は細かく(まばた)きを繰り返した。


それを無視して言葉を続ける。


「敵の親玉は俺が殺す。残ったゴミどもも町の連中がすり潰す。それで終わりだ」


「そんなことできるわけ……!」


 ない、とまでは言わせない。


「やってやるさ」


 言いながら荒っぽく頭を撫でてやる。指の間をさらさらと流れる髪が心地良かった。


「ん……」


 小さく声が漏れた。

 なぜるたび、強張(こわば)っていた肩から力が抜けていくのが見てとれる。


「むちゃだよ……」


 まあ、そうだろう。

 だがそれを口にすることはない。


「そうでもない」


 そう、難しいことではない。

 やろうとしていること、それだけは。


「だから安心しろ。お前はヤりたくねえ俺とヤる必要なんぞない」


 言い切った言葉に、目の前の女はびくり、と髪の毛を軽く逆立たせて固まった。

 図星をついてやったときの反応だ。ガキの頃から変わっていない。


「ち、違う。ししょーのこと、ちゃんと、す、好きだって」


 慌てる様子にやはり安堵する。


 それで良い。

 俺たちの関係はやはり男だの女だのの湿っぽいものではなく、カラッとした関係であるべきだ。

 

「お前が欠片でも俺に惚れてたならすぐに気づくに決まってるだろうが。挨拶されるだけで好意があると期待する童貞舐めんな」


「え、えぇー」


 がく、と弟子が肩を落とす。

 その姿はやけに見覚えのあるものだ。


「もぅっ! ししょーの好みっぽい服とか着てきたのにさぁ。ムダになったじゃん!」


 どうやら気は楽になったらしい。

 弟子は言葉とは裏腹に、『にひひ』といたずらっぽい笑みを浮かべている。


「うっせ。ガキ。俺を誘惑しようなんざ数年早いわ」


「はーっ? ずーっと胸見てたししょーが言えた台詞かなー?」


「それじゃあ、迷惑料ってことで乳の一揉みでもしてやろうか」


「やだよっ! もうなし! なしでいいよね?」


 笑う顔に混ざる不安はごく僅か。


 久方ぶりに会う、名前も知らない男の何の保証もない言葉に対して、疑う気持ちはごく僅か。


 その信頼を裏切ってでもすべきこと。


「ああ、切り札がある。見せてやるよ」


「うん、なになに?」


「ちょっと待ってな……」


 腰に付けた道具袋を弄り、コルク蓋で封がされた小瓶を取り出す。

 中には白い粉末が半分ほど入っている。


「これが切り札?」


 弟子が首を傾げる。

 爆発用の魔法石か何かを想像していたのだろう。あまりにも素朴な見た目に対し、頭に疑問符が浮かんでいる。


「人面蛾の鱗粉と躍り草の根を合わせたものだ。効果は」


 開ける。

 無防備に顔を近づけていた弟子にかかるよう、封を外して中身を撒く。


「あっ」


 白い粉はぶわっと広がり、逃れる間もなくやつの顔を覆った。

 評判通りに一瞬で意識は刈り取られ、力の抜けた体が緩やかに倒れ込む。


 粉を払い、それを受け止めた。

 意識を失った体はやけに重く、飲み屋で潰れたオッサンどもと大して変わらない。


 ……柔らかさは毒ではあったけれども。


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