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思い出話

『きっとぉ、成り立て冒険者の女の子って不安でいっぱいなんじゃないかなぁって思うんですぅ。そんなとき、とぉっても強い先輩にカッコよく助けられたらぁ、もう絶対(ぜぇったい)好きになっちゃいますよぅ!』


 6年前の、斡旋所のねーちゃん(ゆるふわ巨乳)の言葉である。

 もちろんこれは方便であり、クソザコ報酬で町の周りを警護させようとする依頼の営業トークでしかない。

 事実、戦闘に小慣れた奴等がその仕事を受けることは殆どなく、ねーちゃんもマトモに期待はしていないようだった。


 ただ一人、俺という例外を除いては。


ー◇ー


 6年前、リザーズテイル西の森にて。


「うわぁーーっ!」


 森の中に悲鳴がこだました。

 高音だ。男の野太い声ではない。


 目を閉じ、音の出元を探る。

 ……残響と気配はいずれも正面右斜めから。


 小さく息を吐き、森を駆ける。

 顔に当たりそうな小枝のみ籠手(ガントレット)で払い、最短距離で突き進むことしばし。

 視界が、小柄な人影とそれを追う犬っころ6匹を捉えた。

 

 投擲。


 今にも飛びかかろうとする犬っころの前に短剣を投げつける。

 短剣は鼻先を掠め、奥の木にガツ、と音を立てて突き刺さった。


 視線が集まる。

 犬どもが唸り声を上げて一斉にこちらを威嚇する。

 そして、その様子に気が付き、人影がこちらを向く、その瞬間。


「浅ましき獣どもよ。その命を我が剣に捧げるがいい!」


 何度も練習した決め台詞が完璧なタイミングで決まったのだった。


ー◇ー


「大丈夫ですか。お嬢さん(フロイライン)


 犬っころを速攻で蹴散らし、俺は助けた相手に声を掛けた。


「うぐっ、ひっく、ありがとう、ございます」


 ……小柄だ。

 しゃくりあげて泣く様子からは顔が見えないが、ずいぶんと背丈が小さい。

 ……というか、胸がたゆたゆしてない。平らだ。


 嫌な予感がした。


「お嬢さん、年はいくつですか。森は危ないですよ」


「ご、ごめんなさい。ひっく、ボクは、11才、です」


 ギルティー!!!

 ガキ! しかも、ボク! 男じゃねぇか!


 厚手の服とズボン、そして腰に木剣を備えた格好など、完全にわんぱくイキりガキのそれである。


 ちんちん萎え萎えですよ、マジで。


「あのさあ、お前……」


 調子乗るからそんな目に合うんだよ。

 そう言いかけたところで、自分自身にブーメランが飛んできて言葉を詰まらせる。

 冒険者なんて根無草なこと、調子に乗らなければやってられないからだ。


 説教なんぞ出来る立場でもない。

 ガシガシと頭をかいたあと、その手でガキの頭を引き寄せる。

 革の胸当てでガキの泣き顔を隠し、ついでのサービスで頭もごしごしと撫でてやった。


「ほら、泣け泣け。んで、明日からは町で遊んでろよ」


「うっく、ごめん、なさい……」


 言葉になったのはそれっきり。

 ひっく、ひっく、と泣き声だけが聞こえる。


 ガキはいつのまにか抱きついていて、ときおり顔を左右に振りながら、俺の右足に両足を絡めていた。


 右膝にじわりとする感触。

 失禁したズボンの濡れが伝わってくる感触に、なんとも言えないような感情を覚えながら、引き離すのもどうにも可哀想で、俺はただ、じっとなすがまま。


 おっぱいのでかいねーちゃんを助けたときに胸当ては邪魔になるから次から脱いどこう、なんてことを考えて現実逃避をしていたのだった。


ー◇ー


 で。


「師匠! ボクに戦いを教えてください! ボクは強くならなくてはいけないんです!」

「お金なら用意しました!」(金貨ドバー)


 ガキの熱意に負けて、最低限の身のこなしを教えてやることになったのだ。(即堕ち)


 懐かしい話である。


 それからはまあ、特筆すべきこともない。

 互いに名前も知らない関係のまま、ダラダラと一年。

 修行だか遊びだか分からないような時間を共に過ごした。

 まあ、あまりにも飲み込みが良いもので、えらくきついシゴキも最後の方には課していた気はするが。


「ほら、この木。初めて切り倒したやつ! ししょーもびっくりして頭撫でてくれたよね? あれは嬉しかったなぁ」


暴れ犬(ハウンド)もよく焼いて食べたよね。ほら、ここ掘り返すと骨出てくるし」


「結局ししょーには勝てなかったからなー。今でもまあ、勝てる気はしないけどさ」


 焚き火がはじける音を背景音に、胸の育った弟子が語る思い出話を長々と聞く。

 ころころと変わる表情は、それらの記憶が楽しかったのだろうと伺い知ることができた。


 懐かしい話だ。

 夜更けまでだらだら聴いているのも、最期の時間としては上等な方ではあるだろう。


 ただ。


「で、なんで今更になって帰ってきたんだ。何か困ってることでもあんのか」


 酒場で必死な様子で話しかけてきた以上、昔話(それ)が本題ではないはずだった。


「なんで……って。そりゃ故郷が滅びそうってなったら、なんとかしなきゃって帰ってくるよ」


 むすっ……と頬を膨らませる姿は、口の中に木の実を詰め込んだリスじみていて、いちいち小動物感がある。


 そんなやつが『明日死ぬために帰ってきた』などと言う。

 タチの悪い冗談だった。


「帰れ帰れ。半人前がいまさら増えたところで結果は変わんねぇよ」


 しっしっ、と手を振ってやる。


 拗ねてごねるだろう。

 そう思っていたが、意外にも目の前の弟子は黙ったまま俯いてしまった。


 焚き木の弾ける音に夜行性の鳥の鳴き声。そして風による葉擦れの音が辺りに響く。

 目の前で動くものは赤く踊る火とゆらめく白い煙ぐらいだ。


 そんな重苦しい空気を引き裂いたものは。


「ししょー。ボクとえっちしてよ」


「は?」


 炎で頬を赤く照らされた弟子の一言だった。


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