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前夜

 魔竜王の軍勢100万が明日にも迫ろうとしている、かつての冒険者の町リザーズテイル。

 その一角の酒場にて。


ー◇ー


「セーーーックス!!!」


 俺は叫んだ。


「ヤらせてくれーっ!!!」


 ヒューッ! ワアアア! パチパチバチ!

 俺の魂の叫びに、周りの飲んだくれ達も拍手喝采あめあられである。


「開口一番でいきなりそれ言う!?」


 女が『バァンっ!』と机を叩くと服からのぞく上乳が『ぷるるーん』と揺れた。


「この流れでそこ見るかなあ!?」


 ガン見していた顔をぐいっと引き回されて見えるのは囃し立てるオッサンやニイちゃんたちだ。


 なんとか上手く女を引っかけた奴らは上の宿屋で人生最後のしっぽりタイムにしけ込んでいるワケで。今更酒場なんぞにいるのは俺含めて余り物のチンカスどもだけである。


 例外は、盛り上がっている酒場にいきなり入ってきた挙句、空席を無視して俺と同じテーブルについた目の前の見知らぬ女くらいだ。

 最低限、ヤる気があるか訊ねるのはもはや礼儀と言えよう。


 ただまあ、今までチンカスどもと『明日どうやってエッチなサキュバス部隊に全滅させてもらうか』で大盛り上がりしていた状況で、ひとまわり年下らしき『駆け出し女冒険者ですっ! 処女!』みたいな顔つきの女をマトモに口説けるか、というと三十を超えてなおクソ童貞の俺にはムリに決まっているのだった。


 だからまあ。


「ボクは今晩中にイチャラブえっち♡しないといけないんだからっ! 口説くならちゃんと口説いてよっ!」


 なんて顔を真っ赤にして叫ばれたら、思考回路がショート寸前になるのは自明のことなのである。


ー◇ー


 人だかりが出来つつあった。

 わらわらと集まってきたアホどもが次々と女に声をかけているのである。


「まあ、お嬢ちゃん落ち着きな。ほらホットミルク」


「あ、ありがとう。おじさん」


「おいおい、おっさん。せっかくこの店に来てくれたんだからマスターの料理(リザー丼)食わせてやんねーと。ホラ、食ってみな」


「ど、どうも。あ、しっぽおいしいねっ! 見た目グロいのにさ!」


 そこそこに情けない光景だった。

 アホどもがワンチャン狙いで17、8くらいの娘に(たか)っているというものは。


 まあ、分からなくもない。


 相手をしっかりと見つめる黒色の瞳と太めの眉は意志の強さを窺わせたし、それ以外にやや幼なげな印象を与える顔がころころと表情を変えているのである。

 世話したがりのオッサンどもに大層ウケが良いのは自明であった。


 加えて、胸元を大胆に露出したスカート姿。かつて男漁り型女冒険者たちに流行ったその格好でアホどものスケベ心が刺激されることもまた、仕方がないことである。


 それに不満がないかと言われれば、不満しかないワケだが。


「ほら。仏頂面してるんだったら、向こう行ってな」


「あいよ」


 一方、俺といえばこのように席を奪われる始末である。


 はー、まったく。

 さっきまでアホたちと盛り上がっていた『サキュバス絶対にゃんにゃん♡同盟』とはなんだったのか。

 『我ら生まれし日、時は違えども、死に方はみな腹上死』などという桃色の誓いは、安酒のジョッキが空になるよりあっけなく破られていた。


「風当たってくるわ」


 誰にと言うわけでもなく呟いて、盛り上がっている場に背を向ける。

 当然、返事はない。


 ……薄情なやつらめ。


 しかし、いざ扉を開いて外に出て歩けば、冷えた風が酒で火照った体に気持ち良かった。

 ぶらぶらと歩きながら、心地よさに促されるままに空を見上げる。

 

 見える星の量が今までと比べてずっと多い。

 街から灯りのほとんどが消えたせいだろう。

 住民の大半が逃げ出した今、()がともっている場所といえば、神殿を除くと酒場や宿屋に、見張り(やぐら)くらいのものだ。


 いずれもそこにいるのは酔狂な連中。

 どうせ人の世が終わるなら、馴染みの町で最期まで自分の好きにやりたい、などと。

 神殿が語る救世の勇者の存在など欠片も信じてない不心得者の集まりだった。


「明日か」


 呟けば。

 明日の死を前に意識を記憶へ向ければ、ひどく昔に会ったきりのガキのことを思い出す。

 

 森でザコどもに絡まれてしょんべん漏らしていたガキ。

 助けてやると、俺のことを『師匠』と呼んで懐いたガキ。

 聖都に行くと言って俺の元から消えたガキ。


 ……せめて明日死ぬ俺よりは長生きして欲しいもんだが。


 いよいよ詰むという前夜に思い出すものはそんなクソガキくらいで、やはり女っ気はない。


 区画を一回りダラダラと歩いたあと、酒場に足を向ける。

 どうせ最後なのだから、見張り(やぐら)の連中にマスターの料理を食べさせてやりたかった。


 のだが。


「あ、いたいたっ! もー! 探したんだよ!」


 感傷じみた思考が突然、女の声で破られる。

 振り向けば先程の女が酒場脇の路地から一直線にこちらに向かってきていた。


「悪かったな」


 店の連中とよろしくやっていると思ったが、どうやらそうではなかったらしい。

 どこをどう彷徨(うろつ)いていたのか、栗色の髪には蜘蛛の巣が張り付いている。


「おい、蜘蛛の巣付いてるぞ」


 女の頭に無断で触れるわけにもいかず、右手で位置を指差してやる。


「え、うわぁ。どこどこ? ねえ、取ってってば」


 いや、無断でなくても女の頭に触るのはハードルが高いのだが。

 ずいっ、と向けられた頭を無視するわけにもいかず、さっと払う。


「ん……ありがと!」


 くすぐったそうに声を上げたあと、何がそんなに嬉しいのか、人懐っこい笑顔をこちらに向けた。


 まあ可愛い。

 これだけの愛嬌があれば、酒場のオッさんたちにもすぐにちやほやされるであろう。


 ただ、悲しいかな。

 俺ほどの童貞力があれば、すぐ女を可愛いと思ってしまうので、逆にもう慣れすぎて惚れないのである。

 

「勝った」


「何が勝ちなのさ、もう……」


 俺の呟きに女が脱力しながらツッコミを入れる。意外とノリのいいやつだった。


「あ、そうそう、探したんだって。なんでいなくなってるのさ!」


「なんでってそりゃあ」


 盛り上がりの波に乗れずに拗ねた、などと正直に言うのも中々に情けない。


「ほらっ、時間ないんだからちゃんと口説いてってば。娼婦のおねーさんに言うみたいなお決まりなやつでも良いからさあ」


 うっせーわ。んな経験ねーよ。初めては純愛派じゃい。

 などと言えるわけもなく。


「じゃあどんなのが良いんだよ?」


 ……だ、だせぇ。


 ぐぅぅ。とはいえ。

 たとえ惚れた腫れたの感情がなくとも。

 口説き文句を知らなくとも。


 死ぬ前にイッパツかましたいのは事実なのである。


 なぜか知らないが、女は俺を探していた。つまり据え膳。ならば、人生ラストチャンスにしがみつくのが男の(さが)というものではなかろうか。

 

「それボクにきくぅ?」


「希望を叶えてやるのが一番だろ(えーいニヤニヤせずにはよ正解教えんかい)」


「う、うん。そだね。じゃ、じゃあさ。外、町の外、行こうよ。そこでお願いする」


 ぎくしゃく。

 ざっくらばんな感じはどこへやら。

 

 女は話し終わる間もなく振り返り、木工細工(もっこうざいく)の人形みたいに肘と膝の関節を真っ直ぐにしたまま歩き出した。


 処女じみてイチイチあざとい奴である。

 いや、惚れてしまう訳ではないが。


ー◇ー


 西の見張り櫓を警備している連中に酒場のマスターから受け取った飯を渡し、町境を抜けた。

 少し歩けば、かつての弟子(ガキ)とつるんでいた森が広がっており、その中を女と連れだって歩いていく。


 夜の森だが、危険はさほどない。

 ランタンの灯りがある上に、かつては通い慣れた場所である。久方ぶりとはいえ、足をとられることもなかった。

 狼や化けネズミが時折り飛び出してくるものの、俺と女のいずれにも一刀であしらわれる程度である。


 ……ザコとはいえ、駆け出しには少々荷の重い相手だったはずだが。


 初心者にしか見えなかった女も多少は腕がたつようで、少し驚く。

 その視線に気付いたようで、女はにへら、と笑った。


 そうやってしばらく歩けば、開けた場所に出る。


「あ、あった。ここ」


 女がぺたん、とその場に座り込んだ。

 スカートから飛び出る、薄布に包まれた足が艶かしい。


「あー、ほら。またえっちな目で見てる。やめなよ、そーゆーの分かるからね」


「わ、悪い(なんで分かるんだ?)」


「んふ。まー、良いや。ここまで着いてきてくれたし。ね、覚えてる? ここ」


 ……薄々考えていたことなのだが。

 女は俺を知っているらしい。

 距離感の近さなど、そういう理由があるのだろう。

 しかも、なんだか甘酸っぱいメモリーもあるときた。

 

 だが俺にはそんな記憶……ない!

 生まれてこのかた根無草の俺である。

 ここなんぞ、ガキとの溜まり場にした記憶ぐらいで、女との想い出などあろうはずもなかった。


 つまり人違い。


 すなわち。

 ばいばい! えっちたいむ!


 無慈悲な結論であった。


「あー、覚えてないね。その感じ。じゃあ、ボクが何者かも分かってない?」


 ぐうう。さらば初体験。


 俺は首を縦に振った。

 さすがにヤりたいだけでマジの嘘はつけない。


「はー。もーこれだもんなー。さいあく。じゃあ絶対分かるやつするから、ちょっと見ててよ」


 女はぴょんっと体のバネを使って飛び起きる。

 そのまま流れるように左の腰に下げていた剣の柄に手をかけ、そして。

 

「『浅ましき獣どもよ。その命を我が剣に捧げるがいい!』」


 そんな、6年ほど昔にやっていた俺の名乗り(地獄のような台詞)を口にした。


「お、おま……」


 人違いなどではなかった。

 かつてのイキリ名乗りを忠実に再現している以上、こいつは俺という存在を俺として正しく認識している。

 

「懐かしいよね? ししょー」


 にっ! と歯を見せて女は笑った。

 その悪戯っぽい表情は心の柔らかいところに刻まれた記憶と確かに重なって。


「おまえ、ションベンちびりながら逃げてたあのガキか!?」


「不要な言葉が多すぎるかなあっ!」


 そう叫ぶと、かつて平たかった胸を『ぷるるーん』と揺らしたのだった。

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