2,逆鱗
竜は、『皇帝のための竜』という言葉に、わけもなくひかれました。そして、自分も五本爪の竜になってみたいと思いました。
それで、物知りな人や動物を見つけると、
「五本爪の龍になる方法をご存じありませんか」
とたずねました。しかし、そんな方法を知っているものは、なかなかいませんでした。
その頃、えらい仙人が、都から南京近くのとある山に移ってきました。竜はさっそくその人を訪ねました。
仙人は山の中に三階建ての楼閣を建て、弟子たちとそこに住んでいました。朱塗りの柱に白い壁、窓のまわりには緑や金色で飾りのある、はなやかな建物でした。
二階の窓からのぞきますと、少ない白髪を無理やり小さなまげにまとめたお年寄りが本を読んでいます。
「こんにちは」
竜が話しかけると、仙人は驚いてのけぞりました。かたわらのひょうたんがひっくり返って中の酒がこぼれました。でも、話はまじめに聞いてくれました。
「ははあ。五本爪の竜になりたいと」
「できるものならなりたいのです。お願いします」
「わしも都にいたときは、日夜皇帝に仕えておった。しかし五本爪はおろか、本物の竜を見たのも初めてじゃ。心意気に免じて何とかしてやりたいが、さてどうしたらよいかのう」
仙人は、建物全体にぎっちりつまった本の中から何冊かを取り出し、読みはじめました。
「ふむふむ。竜には逆鱗というものがあるそうなが、本当かな?」
「はい、僕にもあります」
竜は答えました。
「逆鱗をさわられると、竜は激怒するそうなが、本当か?」
「はい、そうです」
と竜は言いました。
「どれどれ、これがそうかな?」
言いながら、竜のあごの下に一枚だけ逆さまに生えている鱗を、桑の木の杖でつつこうとするので、竜は思わず右手で逆鱗をかばいました。
「ほほう、それが逆鱗か」
仙人はニヤニヤしました。
「安心せえ、さわったりはせんから」
竜はおそるおそる手を離しました。
「どうじゃろう、その逆鱗を取ってみては?」
竜は驚きました。
「逆鱗を、とる? 痛くはないでしょうか???」
「痛いじゃろう。さわられただけでも痛いのじゃから。でもな、逆鱗がなければ、さわられて怒ることもない。鱗一つはずしたところで、死ぬこともなかろう。思い切って、やってみてはどうかな」
「ええっ、それは……」
竜は二階の窓から、とぐろを巻きかけの尾ごと後ずさりしました。
「ははは、これはわしの思いつきじゃから、嫌ならしなくともよい。またやったところで、必ず五本爪の竜になれるとも限らん。それでもよければ、やってみたらどうかという話じゃ」
「そうですか……」
★☆☆
竜はしばらく考えて、やっぱり逆鱗を取ってみることにしました。 他に方法もないし、仙人の言ったとおり、鱗ひとつ取って、死ぬこともあるまいと思えたからです。
仙人は、痛み止めになる薬草をたくさん知っていて、すべて竜に教えてくれました。他にも、ちょっとでも薬になりそうな草は全部集めました。
竜は、逆鱗をつかんで、はしからゆっくりとはがしていきました。 さわるだけでも飛び上がるほど痛いのに、それを全部はがすのはのたうちまわるほどの痛みでした。しかし竜は、尻尾の先もピクリとも動かさぬよう、自分をおさえました。そして先に集めておいた、よもぎ、ゲンノショウコ、チドメグサ、オオバコ、どくだみ、クコ、熊笹、その他ありとあらゆる薬草を傷口にむちゃくちゃにあてがい、涙をこらえながら眠りにつきました。
次に竜が目覚めたとき、薬草のどれが効いたのでしょうか。
鱗をはがした跡は、かすかな一本の白い線が残るのみで、痛みもありません。しかも、手の脇から、いつのまにか四本目の小さい爪が生えていたのです。




