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The Story of Christmas

クリスマスの奇跡

作者: 藍田 恵

今年は恋愛ものではありません。

 世の中ままならないことばかりで、泣きたくなる。

 コンビニに入った美羽(みう)は、心の中で盛大なため息をついた。

 入り口入ってすぐの場所に、盛大なクリスマスツリーが飾ってある。なかなか大きくて、飾りも豪勢だ。たしかハロウィンが終わった数日後には飾りつけを始めていたから、12月に突入した今ではすっかり立派なツリーに仕上がっている。

 今やお洒落な街や郊外のショッピングセンターまで行かなくても、近所のコンビニでこんなに素敵なツリーが見られるようになってしまった。遠出が難しくなってしまったご時世なので、せめてもの救いと思う一方で、やっぱり昔のように出かけられるようになるにはまだまだ時間が必要なのだな、と思ってしまう。

 クリスマスケーキの予約のチラシや、クリスマスを意識したコンビニスイーツを眺めながら、美羽は郵便局から引きずってきた陰鬱な気持ちを何とか切り替えようとしていた。

 日曜日の今日、ついさっき郵便局の時間外窓口でエアメールを出してきた。

 飛行機の便数が激減しているのは去年と同じだから、今年は12月に入ったらすぐにクリスマスカードを出そうと決めていた。クリスマス商品が店頭に並ぶようになるとすぐにクリスマスカードを選んで、11月のうちからメッセージをあれこれ考えて、サンクスギビングが終わる頃には郵送の準備が出来ていた。

 いっそのこと船便でもいいのでは、と考えないわけでもなかったけれど、クリスマス気分を味わうという意味でも消印は12月にしておきたかった。

 休日の日曜日なのに郵便局の時間外窓口の列に並ぶ人の数はそれほど多くなく、10分も待たないうちに受付の人に声をかけられた。

「エアメールでお願いします」

「エアメールですね」

 そう言って窓口の奥で何やら調べ始めた受付の人を遠目に眺めていると、何だか手間取っているように見える。

 郵便物を乗せて、条件をピピっと設定するとすぐに料金が表示されて証紙も出てくるあの秤、個人的に欲しいと思ったことは一度や二度ではない。

 あの機械の操作が分からないようでは仕事にならないから、きっとどこか別のところで引っかかることがあるのだろう。国際郵便のルールで何か変わったのだろうか?

 待っている間にも他の順番待ちの人達が次々呼ばれて、書留っぽい封筒や小包を受け取って帰っていく。美羽の後ろで身分証明書や印鑑を片手に所在なく待っていた人達が先に帰ってしまった後、

「航空扱いの方」

 と、窓口から少し離れた場所で待っていた美羽が呼ばれた。

 はい、と返事をして窓口へ行くと、受け付けてくれた男性が証紙を貼られた美羽の封筒を手にしたまま、申し訳なさそうに説明する。

「飛行機の便数が減っていますので、今までよりも多くの日数がかかることが予想されます」

 美羽はほっとした。もちろんそれは、想定内。だから10日以上の余裕を持って出しているのだ。

 なんだ、そんなことか。

「大丈夫です」

 愛想良く答える美羽に、しかし男性の眉間は曇ったままで、更に申し訳なさそうになる。

「場合によっては受け入れ国でしばらく保管されて宛先に届かないまま、差出人の元へ返却されることもあります」

「分かりました。よろしくお願いします」

 即答でそう答えると男性はやっと明るい表情になり、封筒に貼られた金額を美羽に伝えた。

 美羽は言われた通りの金額を支払って郵便局を後にし、コンビニまでの道のりをぐるぐる考えながら歩く。

 えっどういうこと。私の出した手紙、相手に届かないかもしれないの? 私に返却される場合はまだいいとして、途中で紛失しちゃったら相手にも私にも分かりようがないよね。今年はクリスマスカードくれなかったんだ、って相手に思われたら嫌だなぁ。

 クリスマスカードの相手は美羽の高校時代の同級生の女の子だ。活発な子で、一年間の交換留学プログラムでアメリカに留学していた。

 自分の生まれた町から出たことのない美羽にとって彼女の存在は憧れで、少しでも彼女のそばにいることで自分の引っ込み事案な性格を何とかできるのではないかという、ちょっぴり(よこしま)な思いを抱きつつ仲良くしてもらっていた。

 そんな彼女はアメリカでの生活が忘れられなかったらしく、卒業後は当然のように日本を出てしまった。そこから始まったクリスマスカードのやり取りは、彼女からの返事はあったりなかったり、でも美羽は律儀に送り続けていることで今に至る。

 これは私の、自己満足。

 SNSが主流になった時代だ。わざわざお店に行ってカードを買って、郵便料金を調べて、切手を買って投函したりするような手間をかけなくても、メールやメッセージだったらものの数秒で相手に届く。

 実際に美羽もSNSで彼女と繋がっているが、頻繁にメッセージをやり取りするどころか、交流は皆無だった。

 もともと筆不精な子だということはよく知っている。用事がある時しか連絡してこないという男の子みたいな性格だということも。

 でも彼女にだって、毎年欠かさずクリスマスカードを贈っている大事な人達がいるのもちゃんと知っている。

 自分がその「大事な人」に入っていないことが、美羽自身をひどく落ち込ませていた。

 もし私のクリスマスカードが届かなかったら、切られた、って思われちゃうかな。

 それとも、何とも思われないのかな。

 どっちも辛い。

 落ち込みがピークになったところで美羽はコンビニに到着した。

 雑多に商品が並ぶ雑貨屋を巡る感覚でコンビニをハシゴするのが美羽の目下の気晴らしだ。二週間ごとに新商品の入れ替えがあるから訪れるたびに何かの変化があって退屈しないし、在庫処分品が好きなお菓子だったりしたら気分も爆上がりで、大抵のことなら水に流せる気持ちになってくる。

 しかし今回の()は手強そうだ。

 クリスマスシーズンだけあって、同時にお正月用品も並んでおり、そこに年賀状を見つけた美羽は更に気が重くなった。

 人付き合いが苦手なくせに、人と交流してはいけない生活を送り続けることが思いのほか美羽の心を削っていた。

 最初は気楽でいい、と単純に喜んでいた。

 リモート飲み会とか馬鹿馬鹿しいって思っていたし、そこまでして人と交わり続けなければ安心できない人達のことも、内心哀れに思っていた。

 でもここまで独りきりの生活が続くと、自分は誰にも全く必要とされていないんじゃないかという不安に襲われる。

 実際、私の生活はずっと変わらないままだ。

 一方的に送り続けているクリスマスカードも、義理堅い性格の人たちとの間だけで続いている年賀状も、本質的にはあまり変わらないもののような気がする。

 この先、減ることはあっても増えることはないだろうというところとか。

 私の名前をリストに入れてくれている人達は、この先、どんなタイミングで私の名前を消してしまうんだろう。

「あれ…美羽、ちゃん?」

 女性の声で自分の名を呼ばれて、美羽はハッとした。

 顔の半分以上を覆うマスクに、目深に被った帽子姿の自分に声をかけてくる人がいるとは夢にも思わなかった。

 ただでさえ、話しかけることすら憚られる状態が続いているのに…ううん、こんなことになるずっと前から、知人程度の知り合いを見つけても、話しかけたことすらない。

 誰だろう?

 マスク越しのせいなのか、聞き覚えがある声じゃない。

 よりにもよって、大したおしゃれもしていない、しかもメイクすらしていない日に声をかけられるなんて。

「あっ、今は声とかかけちゃダメなんだっけ。日本では」

「ニホン…」

 まるで外国かぶれの人のような物言いに、美羽は首を傾げた。国内旅行も難しいこのご時世に、海外から来た人みたいな言い方って…。

「え…嘘」

 目の前にいたのは、さっき送ったばかりのエアメールの宛名の主だった。

「帰国していたの?」

「うん。去年は帰れなかったから、今年は感謝祭の休暇の前倒しで早目に一時帰国したんだ。日本はまだまだガードが固くて、びっくりしたよ。ちゃんと隔離期間を終えたとはいえ、みんなに気軽に連絡できる雰囲気じゃないから、今回は誰にも会えずじまいかなー、なんて思ってたんだよね。まさかこんなところでクラスメイトに会えるなんて。元気そうで良かった」

 思い切り嬉しそうに目が笑っている。

「それはこっちの台詞だよ! 卒業以来だね、懐かしい。いつまで日本にいられるの?」

「あ…実は、明日の飛行機で帰っちゃうから、あと少しで地元(ここ)を離れるんだ」

「そう…なんだ」

 途端に嬉しさに膨らんでいた気持ちがしゅうっ、と萎む。

「会えて良かった。ずっとお礼が言いたかったんだ」

「お礼?」

「いつもクリスマスカードありがとう。きちんと返事ができてなくてごめんね。美羽ちゃんは、メッセージとか嫌い?」

「そんなことない…けど、時差とかで迷惑じゃないかと思って」

「そっかー。それでカードばっかりなのかぁ。でも、そんなことないない。すぐに返事できなくても、確実に返すから。あ、今年のカードが届いたら連絡するよ。だから今年も送ってね」

「送ったよ!」

 え、え? もしかしてメッセージの方を待っててくれたの? と頭の中でぐるぐる考えている途中に飛び込んできた、やっとまともに返せる答えに美羽は思わず大声で叫んでいた。

「え…もう?」

 軽く引いている相手の様子に、美羽は気まずさを隠せない。

「と、届くのに時間がかかるかも、とか思って…。それに、もしかしたら差し戻されちゃうかも、って郵便局の人に言われたの」

「そうなんだー…。いつもカードと一緒に送ってくれるオマケ、楽しみにしてたのに」

 カードと一緒に贈っているシールや小物、楽しみにしてくれてたんだ。

「や、安物ばかりだよ」

「それでも日本の小物ってクオリティ高いし、あっちじゃなかなか手に入らないから。じゃ、絶対届くように念を送っとくね!」

 嬉しそうな笑顔が何だか気恥ずかしい。

「念、って…」

 思わず笑った美羽に、相手もふふっと笑い返してくれた。

 ああ、なんだ。

 手を伸ばせば、ちゃんと応えてくれるんだ。

 長い間忘れていた感覚が急に戻ってきて、美羽は目の前がすっかり開けた気持ちになる。

 勇気を出して自分から手を伸ばすことを、ずっと忘れていた。

 一人で思い込んで。一人で拗ねて。自分からは一歩も動かずにいたくせに、周りが変わってくれないなんて一方的に恨んで。

 そんな私に降ってきた、どんなに望んだって簡単に手に入るはずのない偶然。クリスマスという魔法がなければ手に入ることのなかった奇跡。

「あの、念だけじゃなくてね…」

 美羽は思い切って一歩踏み出すことにした。

長引く自粛生活のせいでカップルを観察する機会が少なすぎて、今年は恋愛ものが書けませんでした。(言い訳)

世の中が例外的にクリスマス=恋愛大イベント、という図式を崩しているので、こういうお話もたまには良いかと。

なので、シングルの女の子の不安の吐露みたいなものも交えつつ、それでも綺麗なイルミネーションに希望を重ねたお話を贈ります。

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