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僕と醤油の一斗缶   作者: たまごはん
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第6話 やらまいか!醤油色のさくら

第6話


一斗缶を買って早くも1ヶ月がたった。あれからというもの、いつもの平凡な生活に醤油の一斗缶があると言うだけで刺激的な日々が訪れた。



かのように思えたのは最初の1週間だけだった。だんだんと見なれてきてもはや家具の1部と同化してしまった。なんの面白みもなくなってしまった。せっかく買った5000円近い金が無駄になってしまうのか?



それよりも大きな問題がひとつある。そもそも(醤油を使いきれるのか)ということだ。最初に考えろよ馬鹿野郎!となるところだと思うが同感だ。あの時の俺は午前2時新宿で馬鹿騒ぎして交番にいる酔っぱらいより馬鹿野郎だったのだ。



もちろん飲むことは出来ない。以前醤油の中身をコーラと入れ替えて交番前で飲むという誰得なドッキリを見た事があるが、実際飲んだら死ぬこと間違いなしである。いくら退屈な日々だとはいえ、将来への漠然とした不安があるとはいえ、まだ死のうと考えてはいない。



友達に2リットルあげたがそれでも残りは16リットル。というかリットルの記号ℓからLに小学生の時変わったな…そんなことはどうでもいい。現実逃避癖があるのか。



捨てるなんてのは言語道断である。SDGsの観点とかそれもあるが、目の前にあるまだ食べれる食材を捨てるという行為自体が許せない。



やはり醤油の本領、料理で減らすしかないのか。だが俺は料理が得意ではない。小学生の時、何故か1人だけゆで卵が出来ずに泣いてしまったことがある。同じ時間茹でたはずなのに、あれは今度になぞである。



醤油を使った料理を調べてみた。個人的には料理サイトよりもYouTubeの動画の方がわかりやすい。料理サイトは料理をしている人向けに書かれていることが多く、なにぶん素人にはわかりにくいことがある。その点、動画ならとてもわかりやすい。基本的には視聴者に見てもらおうとするのでできる限りわかりやすく編集されてあるものが多い。



色々探してみた結果、今回作る料理はこれに決めた。【さくらごはん】静岡県の郷土料理らしい。桜っぽく色つけしてあるのかと思いきや、まさに地味そのもの、桜の花びらがちって葉っぱも何も生えてない木のような茶色一辺倒な見た目に逆に興味を持った。



慣れない手つきで調理を開始する。米と水、醤油、酒の4つでできることに先ず驚いた。炊き込みご飯なのに具がないのか!ほんとに見た目地味な感じの郷土料理、しかし一人暮らしなので具材が多くても困る。料理初心者にはちょうどいい。



分量を計って炊飯器の中に入れて炊くだけ。包丁もなんも使わないところはいいなと思った。後片付けが楽と言うだけでぐっとハードルが下がる。さてあとは寝て待つとしますか。



この間友達数人と集まったことを思い出した。正直いってすごく楽しみという訳ではなかった。なぜなら全員初対面なのだ。同じ大学の同じ授業を取っている人をTwitterで見つけてグルーを作り、オンライン上で協力しあっていた仲ではあるのだが、いざ会うとなると緊張する。



オフ会のような感じなのだが共通の趣味とかはまだ分からない。顔も名前も一致しない。それに加えて自分の性格上、初対面ではそれなりに話せるが、時間が経つにつれあまり話さなくなるという変わり者である為、友達を作ってもな…という気持ちもあった。



いざ対面。それなりに楽しく会話は盛り上がり、居酒屋に入った。全員20歳を超えてはいるが、サークルなどの集まりがないため行く危害がないのか、皆おっかなびっくりと言った感じでとても初々しかった。



思った以上に楽しく過ごせて、ほろ酔い状態で帰路に着いた。しかし今はもう彼らの顔を覚えてはいない。1ヶ月後、又は半年後かいつの日か、また会う時には完全に顔を忘れているだろう。あまり話せない。顔があまり覚えられない。社会不適合者とは俺のようなことを言うのだろう。



では社会とは何か、適合者はどう言った人間か、考え出して鬱になりかけたその時、妄想終了のホイッスルがごとく炊飯器が鳴り響く。いつもの白米の時とは違った、とてもいい匂いだ。



蓋を開けてしゃもじを手に取ろうと思ったがやめてそのまま箸で食べることにした。一人暮らしの特権だ、ジャーのまま橋でご飯を食べたっていいだろう。そう考えながら一口食べてみると…



醤油の香ばしさが口から広がり全身に広がる。風そよぐ秋の草原にいるかのような穏やかさの後にはグッと旨みが響いてくる。具材がないのではない。必要ないのだ。醤油の味だけでこれだけ上手くなるのか!



慌てて仕送りの箱からインスタントの味噌汁を引っ張り出して作る。ナスと油揚げの味噌汁を啜りつつ、再びさくらご飯に箸を伸ばす。美味すぎる!味噌汁の塩味と醤油の甘みがあわさって絶妙なハーモニーだ。堪らずかきこんだ。



ここでひとつ思いつく!天からの司令、鰹節だ。仕送りの箱から鰹節を取り出してふりかける。鰹節が湯気と共に踊っているところを眺めたいのだが、もう俺の食欲は止まらない。三度かき込む。



最高すぎる!鰹の風味と醤油、鰹節の塩っけとご飯、まさに口の中で踊る!ここはもうワンルームマンション6畳半の一人暮らし物件ではない。今宵は鹿鳴館の舞踏会である!



夜の8時半、私は2合炊いたさくらご飯を食べきってしまった。朝昼と食を抜いていたこともあるが、それにしてもここまで夢中に食べたのは久しぶりだ。残りは明日の朝ごはんに、なんて考えは全くの無駄となった。



コロナ禍で一人暮らし、やりたいことも出来ず自分を責めてしまう時もある。というかほぼそれしかないのだが、やはり人類は、うまい飯の前では皆考えるのを止めるのだ。幸せだという感情が100%を閉めているうちに風呂に入ることにしよう。そして久しぶりの幸福感に浸りながら布団に潜り込む。自然と笑いがこぼれるなんて、今日は何も考えずに寝れそうだ…。







いや、醤油全然減ってなくね?

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