第4話 銀色の友は笑う
バカヤロー
青春映画は
見たことない
第4話
ぇぇぇぇぇぇええええ‼️
一通り心の中で叫び終わった俺は部屋備え付けの何の変哲もない白い椅子に座る。備え付けなのは初期費用が安くて住むが、如何せん使いづらい。新しい椅子もしくはクッションでも買おうかな。腰痛に効くやつ。寝すぎて腰が痛いんだ。
他のことを考えようと思ってもチラチラ視線にうつる銀色の物体。醤油の一斗缶は確かに存在している。相も変わらずユニットバスのドア前に鎮座しているのだ。邪魔でしょうがない。ほんと、どうしたものかと、深宮司は考える。
この際俺の名前はどうでもいいのだが、名前の無い主人公はなんかあれだということで毎回自分で名乗りを入れている。待て、これは誰に対しての弁明なのだ?
とりあえず、毎回寝起きでトイレに行く際に小指をぶつけてはたまらない。一斗缶でえんこ詰めする気は毛頭ないため、移動させることにしよう。どこがいいだろう?
あの箱には確か、暗くて温度変化が少ない場所、と書いてあった。では押し入れはどうか?いやダメだ。あの空間は押し入れとは名ばかりのブラックホール。だと思い込んでものを詰め込みすぎた結果、辛うじて扉は閉めてあるものの、ひとたび開ければ雪崩が起きる。白に茶色は似合わないだろう。
となれば置ける場所は限られてくる。6畳半ユニットバス家具備え付け、加えてバカでかいベットがある。こいつのせいで6畳半のほとんどが埋まっている。1本の通路しかないため床に座るということがない。おかげでおける場所はほとんど無い。
やはりこのままユニットバスのドア前に鎮座して貰うか?そう思い一斗缶の方を振り向くと、彼は澱んでいた。銀色に輝く体を灰色に濁らせてこちらを見ている。側面は限りなく黒に近い灰色だ。その光彩を失った澱んだ瞳で何を訴えたいのか。お前は何を思うのか。
椅子から立ち上がり、18キロあるお前を何とか動かしてみる。昨日はテンションマックスだった為か重さが増した気がした。こちらの椅子の方に持ってきて、再び顔を見た。
彼はもう一度銀色に光るのだった。雲間からさす日光を反射してそれはもう眩しいほどに、早めの雪原を彷彿とさせるような煌めきはさっきまでの表情とは打って変わって喜ばしいものだった。
俺は驚いた。今まで気が付かなかったが、物体にも表情が存在するのだ。
表情は人だけの特権ではない。喜怒哀楽によって支配される奴隷でもない。万物に存在するものなのだ。人間のエゴによって決めつけられるものもあるのだが、俺は確かに見た。朝…昼から疲れ果てて偏見もへったくれもない頭で感じたのだ。こいつは確かに今笑っている。サンサンと、はち切れんばかりの笑顔だ。
俺の隣がいいのか?俺はそう呟いていた。いくらなんでも物体は喋らない。会話こそ人間の特権なのだから。どぽんと揺れる一斗缶を俺はそっと机の下の足元に置いた。先程まで邪魔な物体だと思っていたが、こうしてみるとなんか、悪くない。
俺の世界を変えるか?俺は彼を足の小指でつついた。ぶつけるのではなく優しく、赤子の頬に触るようにそっと。ぶるぶるん、彼はまた答えてくれた。笑っているのだ。今はそう思う。
深く深呼吸をして立ち上がる。歯を磨きにユニットバスへと向かう。今度は足をぶつけることなく。LED電球をつけた短い廊下は光っていた。当たり前か。あれ今まで暗かったのは電気つけてなかったせいで、じゃああいつのあの顔って、…いや、あまりにナンセンスだ。今は静かに、笑おう。銀色の友よ。