青春に見本なんてない
頭ぶつけ
レシート見たら
思い出す
なぜ一斗缶を
買ったのかを
第3話
それはつい昨日の出来事であった。深宮司は退屈していた。なんて書くとなんともラノベみたいだがその通り、俺は退屈していた。
大学2年生となったが学校には結局1度も行けていない。世界中に未知のウイルスがばらまかれ高校の卒業式も脈ナシの彼に送るLINEのごとく簡素なものになった。加えて大学入学式も中止となり、その流れで大学はオンラインへと移行、憧れのキャンパスライフは砂の城のように崩れ去った。
サークルに所属していた時もあった。しかし全てがオンラインとなり実際に会えず、一向に距離の縮まらないオンライン飲み会を経て、先輩の過去語りを聞くのにもうんざりしたところで、幽霊部員になった。
二日酔いか、なんて言っていたのもおかしなものだ。居酒屋はこのご時世、どこも閉店しており、20歳になった今も、あまり酒を飲もうとは思わない。
何も無い。なんもない。何も出来ない退屈な日々、理由もなく目から涙があふれることも、今では珍しくない。実家に帰る訳にも行かず、かと言ってすることも無く、ナマケモノの方が生産的だと考えながら、自堕落な生活をしていた。
何か一つ、たったひとつでいい。変えたかった。この退屈な世界を、虚無な学生生活を!飛び出したい!骸のようにやるせないこの今を!変えるんだ!自分の道は自分で切り開け!何も考えずに飛び出し走った俺の体は、10月の金木犀の香りがするシンと張りつめた空気をナイフのように駆け抜けた。
それから10分後のことである。何も考えずに飛び出しはしたものの、本当に何も考えてなかったのだな。昔の自分は取り憑かれていたのだろうか?家から1キロ先にある業務用大型スーパーにて、俺は今回の原因である醤油の一斗缶を買っていた。無論このまま走れるはずもない。しかも18キロあるからなかなか重い。
ダンベルは非常に持ちやすいようにできていることを身をもって確認しながら、シンとした空気を体温で緩めてゆく。汗まみれになり息も絶え絶え、がぽんと揺れる一斗缶を右手に帰路に着く。現在23時30分である。完全なる馬鹿野郎であるのだ。何がおかしくて夜更けに醤油の一斗缶を買わなければならぬのか。夜中に駆け出すなら海なり広い橋なり行き、「バカヤロー!!」とでも叫ぶのが一般的だろう。1度もそんなの見た事がないが。
右手が変色し薄い紫色になってきたところでマンションのエレベーターに乗る。未だにエレベーターとエスカレーターが分からなくなるのは俺だけだろうか。中に乗り込むとカップルが駆け込んできた。
最っ悪である。カップルが俺の方をチラチラとみている。笑ってくれればまだ言いもののまるで新宿駅前、謎の音楽集団を見るような目でコチラを見てヒソヒソ話している。被害妄想がすぎることもあるが、これは確実にあっ!今一斗缶って言った!口が動いた!コノヤロウ。
俺はカップルを押しのけて先に降り、家のドアの前に立ち鍵を開ける。毎回どちらに回せば空くのかわからず適当に回すとロックがかかってしまい、もう一度反対方向に回すという手間をかけている。そうこうしながらやっとこさ、一斗缶を玄関に運び入れることが出来た。
何が変わるのかなんて考えつかず、最も今の頭では何を考えたところで無駄だろうが、今はこいつにかけて見よう。日常で見かけはするものの、一人暮らし大学生の家に100%存在しないもの。それがもし存在するなら?どんな化学反応を起こすのか。弾けて混ざり、灰色の生活を彩ってくれるのか!そんな期待を込めながらも、玄関において置くのはなんだと思い、ユニットバスのドアの前に移動した。不思議な達成感に包まれた俺は、そのまま布団に包まれた。明るい未来を信じて…。
昨日の俺に言ってやる!弾けて混ざったら醤油で汚れていい迷惑だし、混ざるも何も茶色1色じゃないか!お前に待つのは明るい未来じゃない!使いきれるか分からない醤油の一斗缶に支配された茶色の未来だ!勝手に包まるな!風呂に入れ!!
何やってんだよ!昨日の俺ぇぇぇぇ!!!!!!
頃中で新しい彼女できたってやつはお願いだからこめかみに回し蹴りしたい