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第二章 Ⅰ

 水曜日。午前中に体育の授業があった一年二組では、まずは実技場内をぐるりと十周から始めていた。今日の主眼は基礎体力の強化で


あり、腕立て伏せやスクワットといった一也にとっては部活動と大差ないメニューだった。他には三年生がP.E.で実習を行っており


、それを横目で見ながら一也達は走っていた。

「へー、やっぱり三年生ともなると、大したものなのね」

トップグループを走りながら、澄玲が隣の一也に話し掛けた。

「ふむ、確かに」

一也も小さく頷く。P.E.を装着した生徒達の輪の中から、プラズマスラスタをふかした二人の生徒が向かい合って上昇している。天


井までの中程で停止し、ゆっくり降下してくる。少し間を置き再び上昇した二機のP.E.は、先程の高度で今度はお互い逆方向に捻り


回転を始めた。一回転し再び向き合うと、ゆっくり降下してくる。やはり少し間を置き再び上昇した二機は、今度は協力して一つの円を


描く様に移動を開始した。ほぼ同じ位置に戻り、降下を開始した。

「あれは何しているのかしら?」

澄玲の、独り言に近い呟きに。

「空中機動における基礎動作の確認だろう」

そう答えた一也に、澄玲は怪訝な表情をした。

「あら、やった事あるの?」

実際には朝霞基地内で、運用試験のルーティンとして飽きるほど繰り返してきたが(円を描くのは一人でだが)、もちろんそうとは答え


られない。

「…いや、勉強はしている」

「なるほど、教科書に出てるのね」

他のクラスメイト達の息がかなり上がってきている状況で、二人はそんな会話を続けていた。そんな彼の姿を、上昇しつつカメラに捉え


ている一機のP.E.があった。

 ランニングが終わり、小休憩に入った。体育座りになった生徒達は、教師のこれからのメニューを聞いていた。息も整わないのに五分


後には腕立て伏せが待っているのを知った生徒達の表情は暗い、約二名を除いては。

「まぁ、今日から部活も休みだし、良いかな」

朗らかに澄玲は言った。救難活動部での体力作りが免除されるのは有り難かった。と、そこへ、プラズマスラスタの駆動音が接近してく


る。後方に陣取った一也の背後へ、そのP.E.は降り立った。

「何ですか、授業中ですよ?」

不測の事態に狼狽しつつ、伊典がP.E.に向け注意する。バイザーと仮想スクリーンが開き、イクイッパの顔が現れた。

「すいません。グッドタイミングでちょっと、生徒会の用事で城田君と話がしたいんですが、良いですかね?今は休憩中ですよね?」

爽やかな笑顔で志摩が言った。俄に嬌声が沸き起こった。

「え、えっ!?」

理由が判らず視線を彷徨わせる澄玲に、厳しい表情の伊典。

「生徒会であろうと何であろうと、今は授業中です!」

そう注意すると、二組生徒からブーイングが沸き起こった。

「ちょっとくらい良いじゃないですか」

「今は休憩中でしょ!」

様々な声が上がり、逆に伊典がたじろいでしまう。そこへ。

「先生。すぐ済むと思いますので、宜しいですか?」

手を挙げつつ、一也が提案した。これでブーイングしていた生徒達の意識がそちらに向く。静まりはしたものの、伊典としては許可を出


さざるを得ない状況に変わりはない。

「…判ったわ、五分だけよ」

「判りました」

返答し立ち上がった一也は、志摩に導かれるまま片隅に向かった。

 数メートルも離れたところで立ち止まった志摩は、振り返ると頭を掻く様な仕草をした。

「いやー、騒ぎになっちゃって済まなかったねぇ。なかなか君の教室まで行くきっかけが掴めなくて」

特に面識も伝手もない彼の教室へ赴けば、様々な意味で騒ぎになりかねない(実際そうなった)。といって生徒会の名で呼び出せば、彼


にとって不利になる様な邪推も生まれかねなかった。そこで、強引だが今回の様な手段に出たのだ。

「生徒会の用事とは、何でしょうか?」

そんな志摩の配慮を、たとえ知る事があろうとも恐らく一切変わる事のない平静な態度で、一也が問う。

「単刀直入だねぇ。ま、嫌いじゃないけどさ、そういうの。さて、と。生徒会の中で、未だに君が編入早々やらかした覗きについてぶつ


くさ言ってるのがいてね。君も会った筈だけど、風紀維持会会頭は?」

その言葉に、一也の脳裏にきつそうな顔立ちをした上級生の顔が浮かぶ。

「はい。まだ何か?」

とうの昔に済んだ話の筈だ、と言いたげな口調の一也に、志摩が抑える様に右手を突き出す。

「いや、正直その事はもう良いんだよ。生徒会室に来て謝罪しろ、なんて、そんな要求する権限うちらにないしね。ただ、彼女を宥めな


くちゃならなくてね。本当は、二ヶ月も前の事でぐちゃぐちゃ言ってるのなんか放置しときたいんだけどさ。最長であと一年、生徒会と


して付き合わなくちゃならないから、さ」

何とも言い訳がましい口調になる。累をダシにするのは幾分気が引けた。

「風紀維持会会頭を宥める方法をお訊ねですか?」

もちろんそんな事を彼が知る筈もない。

「いや、そうじゃないのさ。生徒会として、君に決闘を申し込む。そんな形を整えて、君とP.E.関連の競技で決着を付けよう、って


事で納得はして貰った。そこで、君に合意して貰おうと思ってね」

かなりのこじつけだが、志摩と一也の一騎打ちに累は反対しなかった。恐らくは一也をボコボコにして貰えると、志摩を信頼しての事だ


ったろうが。

「決闘、ですか?」

一也の表情が険しくなったのを、志摩は見て取った。

「ああ、言い方が物騒だったかね?とにかく、学期末の競技会で私と何かして欲しいのさ。まぁ、会頭としては何でも私が君をやりこめ


てくれれば良いのだろうけど、出来そうかね?」

苦笑混じりに志摩は問うた。阿る様な返答が聞きたかった訳ではない。未だ底の見えていないこの一年生に対する、純粋な興味から出た


率直な問いだった。

「どうでしょうか?競技次第かも知れません」

「ふぅん。ねぇ、さっき私の動き、見てただろう?どうだった?」

「そうですね。プラズマスラスタの出力制御、姿勢制御共に申し分ないと思います。少々緩慢な印象を受けましたが、P.E.の性能を


考えれば止むを得ないかと」

滔々と答える一也に、志摩は目を丸くした。上から目線な物言いには特に引っ掛かりを感じない様だった。

「へぇ。特待生とはいえ、一年生でよく判ってるねぇ!」

「…勉強はしています」

無表情でそう答える。

「ははは、勉強熱心は結構!競技会については、後でサーバに上げるからね。競技は経験のあるものに限るかい?」

「いえ。未知のものでも、挑戦の甲斐があります」

「そうかい。そのチャレンジ精神も良し。それじゃあ、楽しみにしててな」

と、伊典の五分経った旨を告げる声が聞こえてきた。

「おっと、戻らないと。迷惑掛けて済まなかったねぇ」

「対戦を、楽しみにしています」

一也は一礼し、踵を返す。志摩は小声でバイザーを閉じるコマンドを呟くと、彼が自分の戻るべき場所へと去って行く様を見送り、振り


返るとプラズマスラスタを起動、一飛びに自分の戻るべき場所へと飛び去ったのだった。

 戻って来た一也に、当然の事ながら伊典が訊ねた。

「城田君、いったい何の用事だったのかしら?何か問題でも?」

少し不安げな体育教師に。

「学期末の競技会で、生徒会と私とで何か競技を行いたいそうです」

「あら、城田君を特別扱いするつもりなの、生徒会は?」

「メンバの中に、それを熱望している方がいる様ですが」

「そう…まったく、そんな用件の為に、授業の時間を割かせるなんて!」

ぶつぶつ呟く。当校は高校卒業資格も取れるイクイッパ養成機関なのだ。時として、体育を含む高校の授業が軽んじられている、と感じ


られる事もあった(例えば、特別講師を招いてのP.E.実習で通常の授業が潰れる、といった事が年に数度ある。それでも四年制なの


で時間的に余裕はあるが)。

「…もう、良いわ。皆立って。間隔を空けて、腕立て伏せの姿勢!城田君も戻って良いわ」

立っていた一也以外が一斉に立ち上がる。一也が元の場所に戻るのを待ち前後左右に目配りしつつ広がると、腕立て伏せの姿勢を取った。

「出来たわね?では一セット目二十回、いーちー」

体育教師の号令に合わせ、部活動で行っていた様な腕立て伏せが一斉に始まった。


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