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第一章 Ⅳ

 実技場には、レーザーポインタで描かれた『トライ・ボール』のフィールドが出現していた。体育教師の操作するノートパッドによって、それは瞬時に出現する。五限目の休み時間が終了し、上サイドライン脇にタイムカウンタを挟んで立つ体育教師達のうち、先輩の優が「整列」の号令を掛けた。直ちに生徒達は下サイドライン側に整列する。

「それでは第三チームの試合を開始するわ。第一ターンは右が二組、左が一組。スローライツは二組から。他のチームは静かに見学すること、良いわね?」

ボールを取り上げ、生徒達を見回す。二人とも、ゴーグル状のモニタを装着している。そのブリッジ部分にはカメラが仕込まれていた。天井にはレーザーポインタの他に、通常時はP.E.実習の為のカメラが四台、フィールドを見下ろしていた。それらの映像によって、AIが審判を行うのだ。補助としてゴーグルモニタのカメラ映像も併用され、ルール違反を検知すればモニタにその旨が表示され、体育教師が対応をする事になる。いま、それらは各組のチームがセンターラインを挟み自陣地に入ってゆく様を天井から静かに見詰めている。ホイッスルの音とともに、優がノートパッドを操作すれはそれらは本格的に動き出す。

「それじゃあ城田さん、ホイッスルが鳴ったら、スローをお願いね」

「はい」

言いつつボールを投げてよこした彼女に、短く答えつつ一也は両手でボールを受け取った。サイズはハンドボールほどある。その間に、伊典は下サイドライン側のタイムカウンタ横に立った。上側がターンの、下側が『チャレンジャー』の、それぞれ時間を表示するのだ。これらもAIが管理している。

「それでは第三ゲーム第一ターン、開始!」

短く力強いホイッスルの音とともに、タイムカウンタは時間を刻み始めたのだった。

 一也は上側のフリースローポストに入った。一組の選手が三名、ボールを取りに来ており二組の選手と前の取り合いをしている。ボールを掲げたまま、誰に渡すかとさまよっていた彼の視界に、ふいに飛び込んだクラスメイトがいた。澄玲だった。後ろの方で様子を見ていた彼女は、今が先途と飛び出してきたのだ。迷わずスローすると、ボールを手にした彼女はドリブルで一気に相手陣地へ切り込んでいった。壁を難なく躱し続け、『チャレンジャー』となって(相手のオフサイドゾーンに入って)からも、コマの様にくるくる回りキーパーを欺くやその横を擦り抜け、開始一分と経たずにゴールサークルに立った。ちなみにゾーンやサークルに入る(出る)というのは、両足ともに入る(出る)事を言う。つまり、片足だけならば入った(出た)事にならないのだ。

 得点された一組のキーパーは、オフサイドゾーンを出てゆく澄玲からボールを受け取るとそのまま二組側へ高めのボールを放った。それをジャンプしつつ見事にキャッチしたのは三和だった。守備に回っていた飛鳥は自陣地から移動している途中で、華麗なパス回し、を見せつける事は出来そうになかったが、二組側の壁が二枚しかなかった為にそのままゴールを狙いにゆく。切り裂く様なドリブルで、一気に『チャレンジャー』となる。ゴールサークルに張り付きつつ守っていた一也へ、右へフェイントを掛けつつ左を擦り抜けようとするが。

「きゃっ!」

思わず小さな悲鳴が漏れた。最短で彼女を妨害しに来た一也と、思いのほか顔同士が近付いたのだ。ほんの一瞬、彼女の動きが止まる。しかし、それだけで彼には充分だった。彼女は、遠くで二回、短いホイッスルを聴いた気がした。

「チャレンジ失敗よ。井波さんはオフサイドゾーンから出て!」

伊典の声を聞いて、我に返った三和は自分がボールを持っていない事に気付いた。

「早くオフサイドゾーンから出るんだ」

ボールを手にした一也から、そう促される。そうだ、私はボールをられたのだと、ようやく思考が追い付く。のろのろと、オフサイドゾーンを出た。彼女はドロップラインより下サイドライン側でボールを失ったため、下側フリースローポストからのフリースローで試合は再開された。

 結局、第一ターンの十分間は1対0で終了した。陣地を交代し、一組のフリースローで第二ターンが開始される。この時点で、一組チームは嫌な予感に覆われつつあった。一也がキーパーである以上、自分達は得点出来そうにない。両チームの間に、それほど力量差があるとは思えない。決定的な差は、彼の存在のみだろう。

「チャレンジタイムアウト。ボールをキーパーに渡してオフサイドゾーンから出て!」

二度の短いホイッスルのあと、優が告げる。下唇を噛みつつ飛鳥は一也へとボールを投げてよこすと、大股にオフサイドゾーンを出て行った。なかなか抜けない一也に苛立ち、ムキになって下サイドライン側のタイムカウンタを確認していなかったのだ。三和と共に彼を翻弄してみせると豪語していたが、第二ターン開始一分時点でその気配はなかった。むしろ、この時のフリースローから二組の躍動が始ま


る。華名を中心とするパス回しから、隙を窺う澄玲にボールが渡るや一気にゴールサークルを陥れる、というスタイルが確立され始めたのだ。それで一組がボールを得ても、二組のゴールサークルの前には一也が立ちはだかるのだ。攻めあぐんで、オフサイドゾーン際でのパスワーク戦術をとろうにも、澄玲や華名にカットされる事が多かった。第二ターンが終わってみれば、二組の完勝だった。

「第三ゲームは4対0で二組の勝ち。両者とも、礼!」

言って優がホイッスルを吹くや、センターラインを挟みまだ息も荒く一列に並んだ両チームは互いに頭を下げた。各々のクラスのところへ戻ってゆく。憮然と体育座りになりながら、飛鳥は呟いた。

「何なの、何なのよあいつ!あれだけプッシュしてるのに崩れも外れもしないの!?」

プッシュとは背中で相手を押す事で、それにより体勢を崩させたり自身の動きをミスディレクションしたり、その結果壁から自由になる為の基本的な戦術だった。一也がキーパーでなかった場合、キーパーの胸を背中で押す事が可能となり、その点を考慮した結果彼はキーパー専門となったのだ。

「はぁ、完全に、してやられましたね」

右隣の三和も、溜息をつくよりない。多少異性と顔が近付いた程度であれほど狼狽するとは、異性との付き合いが薄いとはいえ(その殆どは同じ学校の生徒という範疇から出るものではない)、まだまだ修行が足りないと反省しきりだった。そんな二人をよそに、第四ゲームの準備は進んでいた。

「一組は、そのメンバーで良いのね?二組はどうするの?」

どちらのクラスも、四チーム分のメンバーを満足するには生徒が不足していた。最後という事で、その不足分をどちらのチームも他チームから補充する事は判っていたのだ。三チームのゲームを見つつ、足りない一名に誰を指名しどこに配置するかを話し合っていたが、第三ゲームで意見は一致していた。

「キーパーに城田君を!」

見事にハモって八名は一也を指名したのだった。


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