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第一章 Ⅱ

 「まぁ、簡単に言っちゃえば、ボールを持ったままゴールサークルに入れば得点っていうこと」

食べ終えたチキンカレーのパックを横に退け、言いつつ一也の持ち込んだテーブル上のノートパッドを覗き込む澄玲だった。画面には『トライ・ボール』のフィールド図と、そのルールが簡潔に記されている。

「得点をすると、どうなるのだ?」

「もちろん、ゲームセット時に得点の多い方が勝ちよ、サッカーやバスケと同じで」

「ふぅむ」

考え込む一也。彼にはこんな事で勝敗を決するシステムの存在が呑み込めない。これまでにもバスケットボール等に参加したが、こんな事で勝敗を決する事が出来るなら、戦争など不要ではないのかと思える。彼にはスポーツといった概念が、まだまだ身についていないのだ。

「ま、あまり考え過ぎる事ないわよ。授業なんだから、頭から教わるつもりで参加すれば」

考え込む一也を励ます様に澄玲が軽く言う。

「今日は、一組と二組、合同よね?」

一也の右隣に座った朝野あさの 麻寿美ますみが、ノートパッドを覗き見する様に会話に加わってくる。

校庭と体育館が使えないため、体育の時間割も内容も一時的に変更となっていた。

「そうだねー。ともちゃんのチームと当たっても手加減は出来ないから、そこんとこ覚悟しといてね」

「えぇー。お手柔らかにお願いしますよー」

じゃれ合う様に談笑している親友達をよそに、一也はノートパッドを黙読し始めたのだった。


 朝霞基地の基地司令室では、昼食を終え机に着いた陣内じんない 晴美はるよしが、C.T.で通話中だった。

「…うむ、先日の一件で、非公式ながら彼の優秀性は充分確認された事になる。軍としてこれ程の逸材を放置しておくのは、むしろ罪悪ですらあるだろう……もちろんだ、彼の学生としての身分を軽視するつもりは毛頭ない。先日の様なイレギュラーはそうそう無いとは思うが。しかしだ、もし、万が一、同様な状況があれば……もちろんだ、もし彼の身に何かあれば、軍が責任を持って対処する。君達の責任とはならないよう、万全の…いや、判っている。彼の事が心配なだけなのだろう?先日は急を要するため少々強引な手段を取ってしまったが、その点は謝罪しよう。ともかく。今は戦争中で、戦争では何か起こるか判らない。今後の動向如何で、国際調停会議を通じ国に臨時動員要請を出す事にすらなるかも知れない。その様な事になれば、彼の行く末は決したも同然だろう。私としても、その様な事で彼を戦争に取られるのは遺憾だが……むろん、PMC等に一時的に逃す手も……ふむ、ともかく、先日の一件は済まなかった。不本意だが、もし万が一、同様な事態が発生した場合、話を聞いて貰えるかな?…うむ、うむ……もちろんそうだ、軍に命令の権限はないのだからな。彼の意志は最優先だ。ともかく済まなかった。また連絡する」

通話を終えたC.T.の画面には、晴美の渋面が映り込んでいた。一也に学校の救援を依頼した件について、自分の頭越しになされた事を、国立東京高等職業訓練学校校長である加納かのう 諒平りょうへいから、言葉を選びつつも抗議されたのだ。一刻を争う状況であった為に最短ルートを取らざるを得なかった点については同意をしながらも、校長として在校生の身を危険に晒す様な行為に憂慮と不満を示した。晴美にしても充分理解は出来たが。とある懸念点が彼の表情を曇らせる。この数ヶ月余り、火星側からの攻撃が明らかに頻繁化、激化しているのだ。以前ならば月に一度あるか否か、というところが、ほんの二ヶ月と少々で、関東地方だけで既に三回、日本全国では六回を数えていた。しかも一回毎の物量も、ばらつきこそあれ増加傾向にあったのだ。一方で、世界規模で見ればさほどの変化はない。これは一体、何を意味するのか?ミクロネシア周辺の海底に潜んでいると言われる工場基地ファクベースの生産能力が、この時期急速に強化されたとでもいうのか?あるいは戦略の変化か?晴美には判断材料がない。現在稼働中の六基の工場基地を撤去すべく、これまでに何十という作戦が計画、実行されてきた。しかし成果として挙げられるのはダミーやサブのバグス関連の製造、発進施設等に過ぎなかった。本体は移動し、身を隠し、兵器を製造しつつ、新たにそういった施設を今も拵えているのだろう。一体、このモグラ叩きはいつまで続くのか?各工場基地が軍事面では特に連携らしき動きを見せていないのは知られていた。通信のリスクを考えればむべなるかなではあるが、各自が好き勝手にやっている訳ではないのも確かではあった。一説には、火星防衛軍の軍人同士が、直接情報を交換しているともいわれる。また、火星からの使い捨て衛星が時折地球に向け発射されているのも確認している。地球を一周し圧縮データ送信を繰り返すと大気圏で燃え尽きてしまうのだ。ともかく、地球側の情報源は飛来より間もなく、奇跡的に捕捉、撤去に成功した一基のみで、情報は取り尽くし、後は諜報機関の奮闘に期待するしかない。

「…それでも、期待せざるを得ない、か」

吐き出す様に呟く。現状、城田一也という少年の正体を、晴美はじめ誰も知らない。なぜなら、彼の様な力を示した者を他に知らないのだから。あるいは、本当に魔王というものなのかも知れない。しかし、それは重要とは言えなかった。互いにお願いをしあえる程度の関係を構築しえている、という事実こそが重要なのだ。再びお願いをせねばならない状況に備え、手順を確立せねばならないと晴美は決心した。


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