エピローグ Ⅱ
小型VTOL輸送機の貨物室内は思う以上の静寂の中にあった。そこにいるのは一也のほか、二名の警備兵と数名の整備兵、そしてナンシーだった。彼らは二組に分かれ、長椅子に着席している。向かい合った警備兵達は、アサルトライフルを横に携え同乗者達を横目で観察していた。整備兵は判る。一台のみ、とはいえ『試着室』を搭載しているのだ。ナンシーも、理解は出来る。その立場も承知していた。しかし、この少年は?残された役割は、イクイッパ以外ない筈だが?
『降下開始三分前』
機長のアナウンスが、彼らの思考を断ち切った。俄かに貨物室内は活気に溢れだした。整備兵達が『試着室』に取り付き、作業を開始したのだ。シャッターが開放され、ブラックオーガが姿を現す。
「どうぞ」
整備兵の班長が、笑顔と共に一也へと声を掛けてくる。ナンシーと一也は立ち上がった。整備兵達の間を、『試着室』へと歩み寄る。装着するため振り向いた彼の両肩に、ナンシーは手を置いた。
「最初に言っておこう。君を遠出させて申し訳ない。この前は緊急かつ攻撃目標が君の通う学校だったから、君にも出撃する理由はあっただろう。しかし今回は違う。降下してもらうのは何百キロと離れた地だ。そこで君は、見知らぬ軍人の下で戦わなければならない」
表情を曇らせるナンシーに。
「問題ない。これも運用試験の一環なのだろう?」
ニコリともせず一也が答える。
「そうか…そういう事だな。とにかく気を付けて欲しい。機体はともかく、君に何かあれば大損失だ」
苦笑しつつナンシー。この状況は、もはや試験のレベルではない。もっとも、外観ばともかくプラズマスラスタを含め中身は別物と言ってよい程の改修を繰り返してきたのだ。その度に試験項目は多少なりと修正、追加を余儀なくされてきた。それらを含め本来は一から試験を地道にやり直す必要があるのだが、その作業は結構なボリュームとなる。もちろん基本的な項目に関してはナンシー達のみで実施出来ているが、一也が原則土日以外試験に参加出来ない現状では装着しての試験項目消化には限度がある。午後の機動歩兵との模擬戦等で、今まで特に問題がないのでよし、としているところはあった。そういった意味では、ずっと試験が継続中、と言えなくもない、が。別の問題もある。非戦闘員が軍人の指揮下に入って戦闘に参加するのである。国家にも軍にも、その国や地域の市民を徴兵する権限はないのだ。その為に年金、奨励金等、様々な特典を用意し募集してはいるのだが。
「心配は無用だ。すぐ戻ってくる。回収を頼む」
『降下開始一分前』
「さ、行ってすぐに戻って来るんだ、ここで待っているぞ!」
一つ右足で床を踏みつけると、軽く一也の両肩を叩き、手を離した。『試着室』の中へと消えていった一也は、三十秒と経たずにブラックオーガを装着して再び姿を現した。
『降下開始三十秒前』
貨物室のランプが下り始める。風が吹き込んできた。バイザーを上げたまま一也はそちらの方へと歩き、手前で立ち止まった。そこへ、背後から声が掛けられ、振り返る。彼の眼前で、整備兵達が全員、敬礼をしていた。
「ご武運を!」
先頭に立つ班長がそう言い、笑顔を見せる。一也は何の反応も見せなかった。その言葉は最近知ったが、運というものが全く理解出来ない。物事には必然しかないと思うのだ。そう、例えば自分が魔王だった時、英雄に倒されたのがそうだった様に。
『降下開始まで十、九、八、』
カウントダウンが始まり、バイザーを下ろすと一也はランプへ向き直った。プラズマスラスタを起動する。
『一』
軽く跳ね上がると、一也は横になった。全開となったプラズマスラスタが、ブラックオーガをランプの外へと滑り出させる。その様を貨物室の者達は身じろぎもせず見送ったのだった。




