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第三章 Ⅱ

 放課後になった。修復なったばかりの体育館にはずらりと椅子が並べられ、風紀維持委員や部活動連絡会を通じ集められたボランティアが、会場係として声を張り上げ生徒達を誘導している。舞台上には手前に演壇と、中間に演壇を挟み二脚ずつの椅子が距離を置いて設置され、下手側に志摩と茉菜、上手側にすずなと愛香が並んで着席している。更にその奥には、生徒会から可奈多と雛が目立つのを避けるかの様に着席していた。

「ほう、あの先輩がいるな」

出席番号順に着席するよう指示する声に従い自分の席を見つけた一也が舞台を見やり、志摩を見つけたのだった。

「ああ。まぁ、生徒会会長候補だもんね。それじゃ」

同じく志摩に気付いた澄玲は、更に前の方へと進んで行った。間もなく生徒達は着席を完了し、それを確認した会場係達も各々速やかに着席したのだった。陣頭指揮を取っていた累は、最後に舞台へと上がってゆくと奥の座席に着席した可奈多の傍らに立ち、何事か話し掛ける。恐らくは業務報告だろう。生徒の着席が完了しました、と。可奈多が一つ頷き立ち上がると、演壇へと向かって行った。空いた席には、累が幸福そうな笑顔を浮かべ着席した。演壇に前のめり気味に立ち、可奈多は口を開いた。

「これより、2087年度生徒会選挙候補者による討論会を開始します。一時間、候補者の方達には自由に発言して頂きます。とはいえもちろん、自由と言っても学生としての節度は弁えて下さいね」

言って背後に視線を走らせる。ドッ、と笑いが起こった。満足げに前に向き直り。

「司会進行は私、現生徒会会長の高良可奈多が務めさせて頂きます。全候補者はピンマイクを装着しており、私はそのスイッチャーを持っています」

演壇上の、小さなスイッチの並んだ装置を右手に持ち、掲げてみせる。

「候補者の間にもし万が一にも、この場にふさわしくない言動が見受けられたと判断した場合、司会進行役の権限によって即刻打ち切らせて頂きますので、くれぐれもご留意下さい」

再び背後を見回しながら言った。今度は笑いは起きなかった。表情を引き締め前を向き直る。

「討論を聴取する皆さんは、エキサイトして騒ぎ出すなど、決してないようお願い致します。その場合も、継続不可能と判断した時点で司会進行役の権限により討論会は打ち切らせて頂きます」

いったん言葉を切り、館内を見回す。生徒達は、一様に神妙な表情をしていた。

「長々と注意事項を並べて御免なさい。これも務めなの。さて、それでは間もなく討論会を開始します」

言い終え足元のペダルを踏むと、演壇は奈落へと降りて行った。踵を返し、可奈多は演壇の陰に隠れていた、候補者達の中間に置かれた椅子に歩み寄り着席した。自分のピンマイクをオンにする。

「それでは、討論会の始めとして、各候補者の方の選挙に対する意気込み等をお聞かせ下さい。まずは桐山志麻さん」

言って志摩のピンマイクをオンにする。

「私かい?そうだね…私は、二年の時に現生徒会長に誘われて副会長になったんだ。一年間やってきて、生徒会活動の面白みってものが判ってきた。今度は会長として面白みを見つけてみたいね」

会場内に和やかな笑い声が起こった。

「宜しいですか?それでは、千倉茉菜さん」

スイッチを切り替え、視線を送る。

「え、えと。書記の千倉です。副会長候補として、一年間生徒会にいた事を活かせたらいいな、と思います」

おどおどした様な態度でそれきり押し黙った。

「もう宜しいですか?それでは山下すずなさん」

スイッチを切り替えたのを見て取るや、すずなは話し出した。

「ただ今紹介に与りました山下です。何か先程から聞いていると、現生徒会の方々は緊張感を欠いている様ですね。もし私が会長に就任しましたら、改善すべき点を速やかに改善してゆきたいと思います」

「宜しいですか?それでは、田中 愛香さん」

スイッチが切り替わっても、愛香はぼんやりしていた。可奈多に「どうぞ」と声を掛けられ、慌てて喋り出す。小さな笑い声が漏れた。すずなが横目で睨む。

「はい。皆さん、一年生の田中です。一年生で副会長になれたら、この若さ、この立場でしか出来ない活動を行ってゆきたいと思います」

若さ、といっても、最大で四歳しか違わないが、その差が大きいのが学生時代というものだろう。

「宜しいですか?それでは、いよいよ本題に入りたいと思います。まずは、これからの生徒会をどうすべきか、から。意見のある方、挙手を」

こうしていよいよ、討論会の火蓋は切って落とされたのだった。

 すずな達、謂わばチャレンジャー達はかなりアグレッシブだった。志摩達が基本、生徒会活動は現状維持で良いのではないか、というスタンスなのに対し、いやいや生徒会は学校に対しもっと積極的に働きかけ、経済的支援等をより勝ち取るべきだ、といったものだった。それが壁際に立ち舞台を眺めている教師、教官達を意識してのものだったかは判らないが。彼女たちの主張は、授業やP.E.訓練、年中行事、部活動と、多岐に渉った。

「現在、部活動は五十余りありますが、P.E.関連は実戦射撃部をはじめ十一です。ところが、予算の割り振りを調べたところ、その半分以上がこの十一の、P.E.関連に注がれているのだそうですね。この比率はどう考えてもおかしいのではありませんか?」

すずなが言い終わるや、志摩が手を挙げた。即座に可奈多がスイッチを切り替える。

「P.E.関連の部活動はどうしてもお金が掛かるのさ。確かに、P.E.自体の整備や修理にかかる費用は別の予算建てさ。でもね、部によっては独自の装備が必要な場合もあるし、大会ともなれば教官や生徒、職員等の移動や宿泊、更にはそれ以外に『試着室』を運ぶ手段も手配しなきゃならない。貴女もここの生徒なら判るだろう、『試着室』を移動させる事の大変さが?連合軍みたいに小型VTOL輸送機を使えるとかならともかくさ」

すずなが挙手。

「もちろん承知しています。他に整備士を雇う費用も必要とか。これほど優遇されている部費でも全てを賄えず、OGの方々に泣きついているそうですね?そもそも、それがおかしいのでは?ここは国立なのですよ、なぜその程度の予算が下りないのでしょうか?」

「悪いけど、それは私達の知るところじゃないね」

素っ気なく志摩が答える。

「そうでしょうか?それはただ単に、貴女達が怠惰にも学校側の言いなりになってきたからだけではないのでしょうか?私にはそう思えてならないのですが」

「ふぅん、貴女にはそう見えてたんだね」

前のめり気味のすずなに対し、背凭れに上体を預け、しらけた様な表情を浮かべる志摩だった。

「学校の性格上、P.E.関連の部活動が優先されるのはやむなし、との考えもあるかも知れません。しかし、同じ部活動として認められている以上、十一以外の四十余りも、正当な待遇を受けて然るべきではないのでしょうか?」

「それは、そうだろうね」

すずなの目が鋭くなった。

「さて、正当な待遇とはいっても、その活動内容が判らなければ何が正当か判定出来ませんね?その為に、ブラックリストなる調査書が生徒会には存在するとか?」

生徒の一部がざわめく。必要とあれば様々な生徒達に聞き取りを行うが、その名はあまり知られていなかった。対象となった生徒は他の部員がどの様な事を話したか勘繰るのを嫌うため、殆ど触れないのだ。可奈多の「静粛に」の声が飛んだ。そんななかで、それまでの、志摩の呆れた様な表情が一変する。不快感が露わとなった。

「その呼び方、やめてくれないかな?確かに、私達は部活動の実態を調査して纏めてる。だけどね、それで私達が直接、予算配分や廃止、活動停止等を決めてる訳じゃない。単なる資料として学校側に提供してるだけさ。学校側だって顧問とかから事情を聴いてたりするだろうしね」

「ですが、ブラックリスト、失礼、その調査資料が部活動の命運に影響を与える事は確かですよね?例えば、貴女が快く思わない人物の所属する部について、何か、好ましからざる記述があったとしたら?」

再び体育館内がざわめく。静聴を求める可奈多の声がより大きくなった。明白な怒りを面に志摩が挙手した。

「ちょっと待って欲しい。私がそうやって気に入らない生徒を陥れてるとでも言いたいのかい?」

余裕の笑みを浮かべ、すずなが応じる。

「そういう可能性はないと?」

「いやいやいや、これは何も私の趣味とかでやってる事じゃない。生徒会の役目として代々行われてきたんだ。もし貴女達が当選したら、田中さんが、そっちの一年生がやる事になるんだよ?こんなところでそんな邪推を口にして、一年て事で唯でさえやりにくいだろうに、余計やりにくくしてどうするんだい?」

愛香が心なしか青ざめた。身を竦ませる。志摩は尚も言葉を継いだ。

「そもそも、この調査資料はいじめとか、部活動に関する闇をも炙り出す事があるんだ。二十年以上も前には、顧問が部員に性的いじめをしてた、なんて問題を明るみにした事もあったらしい。そういうものの信頼を貶めるつもりかい?」

「私達はあくまで公正に行いますのでご心配なく」

すずなも少々焦っている様子だった。

「それは私達だって同じさ。確かに文句を言われる事はあるけど、そういうのはほぼ、まともに活動している部員がごく一部だとか、活動実態がほぼないとか、実際の活動内容が学習の一環とは言い難いものだったりする。そういうのはね、少なくとも学内では勘弁してくれ、というだけの事さ」

「それでも!やはりP.E.関連とそれ以外では扱いが違うのでは?例えば救難活動部などは、先月まで活動していた部員がほぼ一人だったとか。なぜ活動し続けられたのでしょうか?」

「調査資料にはそう記述したさ。それを元にどう判断するかは学校側だしね。まぁ、歴史も長い部だし、その辺も考慮してじゃないかな?そもそも、同部は既に、一年生が四人も入部して部活動に励んでるそうだ。何も問題はないと思うけれどね」

「今はそうかもしれませんが。ああ、そういえば。その一年生の中に、当校唯一の男子生徒、城田君がいるのでした。競技会で貴女が惨敗したんでしたね?」

それは、すずなにしてみれば志摩をヒートアップさせるつもりの発言だったが。どういう訳か志摩は嬉しそうな表情になり、そして呵々大笑した。これには舞台上の生徒(可奈多を除く)をはじめ、討論会を静聴している生徒達、教師、教官達も呆気にとられた。笑い声が落ち着くまで十秒余り。志摩は挙手した。

「はぁはぁ、失礼した。別に山下さん達を笑った訳じゃないんだ。本当、痛いところを突かれたと思ってね。確かに、十ポイント以上も差をつけられるなんて、私もまだまだ、としか言いようがないね。正直、悔しさがない訳じゃないんだ。でもね、何より、何て言うかな、ホッ、としたのさ。この世で一番、B.E.適合値ほど性別で格差のあるものはないだろうね。その昔、収入だとか公職者の人数だとか、性別で色々と格差があったらしいけれど、これはそんなものじゃない。絶対に越えられない壁の様なものだと、みんな思ってきただろう?この学校の歴史がそうさ。創立以来三十年以上、精神的にはともかく、肉体的に女性以外の生徒は存在しなかった、去年まではね。でも、今年は、たった一人でも正真正銘の男子生徒を迎える事が出来たんだ。私はこの、P.E.関連の世界を歪だと思ってる。これほど男女で明確な不平等の存在する世界がね。だから、彼の登場に胸を撫で下ろしたのさ。一人いるなら、いずれ二人目が現れるかもしれない。あるいは三人目、四人目もだ。そうなった時にはじめて、この学校が共学である事の真価が問われるんじゃないか?」

志摩の長広舌に押されていたすずなが、やり返そうと挙手する。

「それは、何ですか。相手を持ち上げる事で自分も持ち上げようという戦術ですか?」

「いやいや、私がそんなこすい事をするかい。まぁいいや、言いたい事は殆ど出尽くしたしね」

志摩が口を閉じると、今度は茉菜が手を挙げた。ピンマイクのスイッチが切り替えられる。

「その、生徒会は全生徒に対し責任を持ち、また全生徒に対し開かれています。もしも、来年男子が立候補する様な事があったとしても、どうか皆さんは公正な目で判断して、投票して下さい」

三たびの生徒達のざわめき。これは来年、茉菜が一也を副会長に指名して会長に立候補する、という予告なのか、と。彼女にしてみれば、単に男子生徒の生徒会入りを色眼鏡で見ないで欲しい、という意味に過ぎなかったのだが。腕時計インテリジェントターミナルだがをチラ見した可奈多が、口を開いた。

「時間が来ましたので、討論会を終わらせて頂きます。皆さんは速やかに退場をお願いします」

とたん、累を筆頭として、先程まで入場を仕切っていた生徒達が動き出す。彼女達の指示に従い四年生から起立、クラス毎に整列し、ざわめきを一部に残しつつ体育館を退場してゆく。一年生が退場を完了するまで、十分とは掛からなかった。


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