表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

第二章 ⅩⅡ

 汗が、額からゴーグルを迂回して頬を伝うのを感じる。すっかり日が落ちてからも続く蒸し暑さのせいもあるが、何より心身共に蓄積してゆく疲労によるものが大きい。京はいま、四十階を超える高層マンションの建設現場にいた。売り出し価格は軽く億を超えるだろう、少なくとも当面彼女には無縁な建物だった。そのダークグレイを基調として落ち着いた外観はほぼ出来上がり、あと二ヶ月程で竣工となるだろう。広々とした駐車スペースに面した足場には何台もの露天エレベータが設置され、各階へスムーズに資材等を運搬出来る様になっている。そしてそこには、一台の大型トラックが停車していた。そのテールゲートへと、P.E.を装着した京は歩いていたのだった。P.E.、といってもその大部分はフレームが剥き出しで、軽量の金属鈑で保護されているのはジェナイト基板と制御回路を納める背中をはじめとする上半身、及びフード状の頭部程度だった。温度調節用のファンが内側の空気を循環させようとしているが、学校のP.E.ほどの体感温度低下はない。また動作の自由度、出力等も比較するべくもない。もちろんその分遙かに安価なのだが、それでも新車の高級セダン程はするのだった。インナースーツは使用せず、彼女は普通のつなぎの作業着姿だった。一也が初めてブラックオーガを装着した時の様に、装着者の動作に合わせアクチュエータがパワーアシストを行うのだ。

 トラックの荷台の上には同様の格好をした、年上の女性がいた。奥から、ラップでパレットにぐるぐる巻きに固定された内装用資材を運んで来た。

「あと三十分で作業終了よ。さっさと運んじゃって」

「はい」

差し出された塊の、パレットの横の穴に両手を突っ込む。作業は午後九時までだった。

「大丈夫、離すわよ?」

「大丈夫です」

荷台の女性が両手を離しても、特に重みは感じない。重心に気をつけていたため、百キロ以上ある塊が来ても動揺はしない。ラップに貼り付けられたコードを、ゴーグルのカメラが読み取る。ゴーグルに『A8』と表示された。つまりAエレベータで八階に運べ、という事なのだ。バックしながら向きを変え(とても『タッチ・オワ・ドッジ』など出来そうにない緩慢さで)、Aエレベータへと向かう。かごに荷物を載せ、自らも乗り込むと階数ボタンを押す。エレベータは間もなく八階に到着した。エレベータを降りるとパレットを持ち、資材置き場となっている部屋へ運ぶ。室内は、緑色の仄かな灯りのみで暗いが、ゴーグルの暗視機能のため問題はない。軽く見回し、端から並べられたパレットの横に新たなパレットを置き、急ぎとって返す。エレベータで降下、トラック到着まで五分とは掛からなかった。他のエレベータ担当と擦れ違う。

「Aはあと二個よ。片付けたらEを手伝って」

「はい」

それから京は二回往復をして五階と七階に荷物を下ろした。それが済むと、今度はEエレベータの荷物を渡される。同エレベータは三十三階以上の直通で、往復に時間が掛かる。いま上がっている担当者に荷物を渡す役を買って出たのだ。こうして資材の搬送作業は順調に進み、九時三分前には本日最後のトラックは駐車スペースを離れていた。

「さぁ、今日の作業はお終い。少し早いけれど上がって良いわよ。お疲れ様」

作業の最後になったEエレベータの前で、集合したシフトの、五人の作業員達はリーダーの言葉を聞いた。作業員達は「お疲れ様です」と返し、駐車スペースの片隅へと向かった。そこには長屋の様なプレハブが建てられていた。P.E.の保管室と更衣室が一体化したものだ。ドアを開け入ると、二十機近いP.E.の保管場所がある。壁から突き出した二本の金属棒に脇の下から吊される様にして、十機以上が置かれていた。作業員達は同様にして、割り当てられた場所にP.E.を置いた。P.E.が固定されると、体を固着していた金具が外れる。壁一枚隔てた更衣室に移動すると、それぞれが割り当てられたロッカーに向かった。京と他の作業員達とは離れていた。作業員達は京を除き(みな彼女より年上だった)、着替えつつお喋りを始めた。ドアを開くとゴーグルを外し、つなぎを脱ぐ。半裸になった京はタオルで額から順に、下へと体を拭いていった。すっかり私服に着替え、タオルをバッグに戻しても黄色い声は止まらなかった。

「先に失礼します」

黄色い声へと一礼すると、返答もろくに聞かずバッグを肩に更衣室を出て行った。P.E.保管場所に入って直ぐ、壁際に小さめのタッチパネルを備えた装置があった。現在の日時が二十四時間で表示されている。バッグからC.T.を取り出すと、京はアプリを起動しタッチパネルに近付けた。軽い電子音と共にタッチパネルは一時赤く点滅し、C.T.の画面に『OUT』の文字と共にその日時が表示される。九時を何分か過ぎていた。暫く見詰めていると、着替えを終えた作業員達がやってくる気配がし、アプリを終了させC.T.をバッグに滑り込ませると、足早にそこを後にした。駐車スペースを横切るながら考える。次にここでの作業があるのは二日後だ。明日はファミレスでキッチン仕事だ。正直、自分の苦手な領域だ。たとえ機械が調理した料理を盛り付けるだけの仕事だとしても。そもそも、一日で稼げる金額としてはP.E.関連の方が三倍近くになる。今日は四時間で、明日は六時間というのにだ。この建設現場で導入されている様な、中学時代に習った事がある程度の作業員にも扱いやすいP.E.なら、問題はない。たとえ退学になっても、充分生計は立ててゆけるかも知れない。しかし、そうでなければ。あの、人形をした棺の様なP.E.では…たちまち双眸から生気が失われてゆく。どんよりとしたそれを隠す様に、京は面を伏せがちにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ