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第二章 Ⅵ

 水曜日の昼休み。食堂はちょっとした騒動になっていた。

「一年生の皆様ー。このたび我が一年一組の田中たなか 愛香あいかさんが、生徒会選挙に副会長候補として立つ事となりました!田中さんは責任感が強く、コミュニケーション能力も申し分ありません!」

食堂の一年生ブロック(別に規則がある訳ではないが)、中央通路の更に中央に堂々と椅子を置き、その上にソッスク姿で立つ生徒を右手で示しつつ、マスク型拡声器を装着した飛鳥が呼び掛けている姿がそこにあったのだ。紹介され、椅子の上の可愛らしい少女は小さく頭を下げた。その背後には相も変わらず三和が、赤面しつつ控えていた。横を擦り抜けてゆく生徒達にご免なさい、とばかりに頭を下げている。上級生のブロックからは、主にネガティブだろう視線が多数、ひそひそ話と共に向けられている様子だったが、それを知ってか知らずか、飛鳥のテンションはアップしてゆく。

「田中さんこそ、正しく私達一年生の希望の星です!もし当選したなら、実に二十年ぶりの快挙となるのです!これは是非とも応援しない訳にゆかないとは思いませんか!?さて、前座はここまでに致しましょう。それでは田中さん、どうぞ!」

マスクの基部から拡声器ユニットを外し、田中へと渡した。受け取り、自分のマスク基部に装着するや、田中は話し始めた。

「ただいま紹介に与りました田中です…」

確かに滑らかに、副会長候補は喋り出したのだった。

 その喧噪を、一也はぼんやりと遠目に眺めていた。いつもの顔ぶれで、食事はほぼ終えていた。

「あれは何だ?騒々しいのだが」

「さぁ?街頭演説会のつもり?今時なかなか見かけないけど?」

国会議員の様な公職の選挙では、候補者の利用するAIがターゲットを絞った有権者へ向け、映像付メッセージ等が飛び交う。選挙期間中に屋内で演説会等が行われるのは政党によってせいぜい一~二回程度、街頭となれば経済的に苦しい無所属等となる。

「街頭演説会?何だそれは?」

「え、知らないの?ま、あと二年もしたら判るんじゃない?」

少々呆れた様に、澄玲は話を切り上げた。一也が常識に欠けるところがあるのにも慣れてきていた。

「そうなのか?」

「十八歳になると、参政権が与えられるから」

食べ終えた箸を空のパッケージに置き、脇に退けると麻寿美が会話に加わる。

「さんせいけん?」

「そう。国や地方自治体の議員や首長を選出するの。いずれ公民で詳しく習うから」

「そうか」

納得して頷く。と。

「どうしたのかしらね、朱雀院さんは」

澄玲の隣に腰掛けた生徒が話し掛けてきた。

「あ、先輩。今から昼食ですか?」

振り向いた澄玲が光理に気付き、テーブルの上の購買袋に目がゆく。

「ああ、これは文具類よ。それよりどうしたのかしらね、彼女?こんなところで演説会なんて」

「さぁ。でも、さすがにあれはやり過ぎだと思うけれど」

バグスの襲撃に際して学校側の指示を無視したのみならず、飛鳥の装着していたP.E.も修理に出さねばならなかったのだ。本来ならば退学処分になっていてもおかしくはなかっただろうが、性懲りもなくまたこうして騒いでいるのだ。どういう神経をしているのか、疑わざるを得なかった。

「あるいは、来年あたり選挙に出馬する腹づもりでもあるのでは?」

テーブルの向こうから、麻寿美が会話に加わってきた。

「朱雀院さんが?副会長?」

「恐らく。『トピックス』に、彼女の所属する実戦射撃部がインターハイで関東ブロック代表になったとありました。このうえ全日本決戦ブロックでも良好な成績を収められれば、今の二年と組んで生徒会選挙に出てもあるいは」

「なるほど。その為に前もってああやって顔を売っているの?」

「はい。来週の討論会には関われないでしょうし、今しかないかと。目立つ、という事は、興味を引くと同時に、反感を買う危険性もあります。調子に乗っている、鼻につく、等と。今回は候補者に後者を引き受けて貰えるかも知れません」

上級生の方をチラ見し、そう締め括る。

「随分と冷淡な分析ね。彼女のサポートする候補に投票する気はない?」

「どうでしょうか?討論会待ちですね。先輩はもう決まっていますか?」

「まぁね。現生徒会書記がクラスメイトだから、投票させて貰うつもり」

「ああ。会長候補が桐山先輩だから、あちらは苦労しそうですね」

飛鳥達の方へ視線をやる。四月、入学式の後例年通り在校生有志によるちょっとしたデモンストレーションが行われた(入学式が行われた体育館から、新入生達は実技場へ移動した)。P.E.を装着した有志達は公式競技のさわりをやって見せ、最後に志摩と可奈多の空中での『タッチ・オワ・ドッジ』が行われたのだ。三分間、志摩が可奈多の胸のタッチパネルに触れようとして躱される、といった演技を行い、床に降り立った志摩は顔を晒すや、凛々しくよく通る声で新入生達に呼び掛けたのだ。

「新入生のみんな、入学おめでとう!私達が今見せたのは、未来の君達の姿と言って良い。この学校で過ごす日々は、きっと君達に様々な事を教えてくれるだろう。私達は、優秀な後輩を持てたと胸を張れる事を期待している!もう一度言おう、新入生のみんな」

そこで一旦間を置くと、呼吸を合わせ「入学おめでとう」が有志全員で唱和される。この時、志摩に憧れる一年生が量産されたのだ。

「まぁ、私としてはお手並拝見、というところかしら?それではね」

袋を手に光理は立ち上がり、三人に小さく手を振って見せた。澄玲と麻寿美が振り返してみせる。

「本当、一学期から色々山盛りだよね、この学校」

演説を終え椅子を降りた候補者から拡声器ユニットを受け取り装着すると、「ご静聴ありがとう御座いました」と飛鳥は演説会を締め括った。後始末を三和に任せ、候補者と二人で一年生に声を掛けてゆく。そんな飛鳥の様子を横目に見遣りつつ、澄玲が呟いた。

「昔の映像で、あんな光景を見た気がする。何、どぶ板選挙?」

「歴史は繰り返すんだねぇ」

光理相手とは打って変わり、麻寿美がのんびりと応じる。この会話の内容も、公民とやらで判るのだろうかと、一也は口を噤んでいた。


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