第二章 Ⅳ
土曜日がやって来た。もはや習慣の様に一也は朝霞基地へ来ていた。いつもの試験室で、ブラックオーガを前にナンシーから改修点の注意を受ける(翔太と咲は傍らの机でモニタを見ながら何か話し合っていた)。
「あー、今回の改修点だが。実は主要なアクチュエータを新型に交換してある。本社からのお達しでね、データ収集しろと。言う方はお気楽かもしれないが、こちらは全体的なバランス調整やソフトの一部修正、ヒートアウト対策の強化を含め散々だったよ」
そう言う彼女は、見れば確かに幾分やつれた様でもある。
「大変だったのだな?」
「有難う。まぁこれで、四百五十キロ重ぐらいは耐負荷荷重が増えるだろう。乗用車くらいなら余裕でひっくり返せるさ」
「そうか。では、乗用車をひっくり返して確認するのか?」
真面目顔でそう問う一也に、ナンシーは思わず吹き出した。
「あははは!それでは後が面倒そうだな!だから、装甲車を使用する。装甲車を持ち上げて、想定内の出力が出せるか確認するのだ。後は、そうだな、押して貰おうか」
どこまで本気なのか判らない調子で、ナンシーは言った。
「それで良いのか?」
いつもの確認事項に比べ、大雑把な気がした。
「それで充分なデータ収集さ。後は午後から」
「午後はない筈だが?」
不思議そうに指摘され、ナンシーはある約束を思い出した。
「ん?ああ、そうそう、今日明日と学期末考査の勉強会だったね。まぁ、あくまで学業優先の契約だからね」
長嘆息する。会社側からは、もはや機体の運用試験レベルではない改修案、次世代に向けた基礎研究用の案件等が殺到していた(今回のアクチュエータ変更もその一環なのだ)。それは何より、停滞気味だったブラックオーガの試験進捗が、ここ二か月半余りで一気に加速された事実が影響している。雇用契約の甲側であるNEDはそれがイクイッパの能力である事を承知しており、どれだけ金を積んででも専属契約の同意を取り付けろ、とうるさい。会社員の義務として、その話を一也に切り出した事もあったが、「教育を受ける義務があるそうだ」と一蹴されていた。
「実は、一つ相談があるのだが」
珍しく、一也の方から要望を切り出してくる。
「ほう、何だね?」
ナンシーは興味に瞳を輝かせつつ訊ねた。
「実は、未知の競技を行う事になった」
そう前置きし、彼が生徒会から競技会で副会長とP.E.の公式競技を行う事を持ちかけられた経緯、その公式競技について説明した。
「ふうむ。それにしても、その副会長は自由なのだねぇ」
話を聞いていたナンシーが、素直な感想を口にする。
「そうなのか?」
「それはそうだろう?それにしても、『ダイス・ショット』か。正確な姿勢制御や機動制御が得点を左右する競技だね」
「知っているのか?」
「ああ。開発者として、試作機やら改修機やらの公式競技による性能評価に立ち会ったりするからね。ところで、競技方式は『タイムアップ』か『ポイントアップ』か?」
「『タイムアップ』という事だが」
要するに、一定時間内の得点数を競う、という事だった。
「そうか。それで、相談というのは?」
「ふむ。言った通り、我は未経験だ。だから練習がしたい。明日にでも施設を借りられるよう要請して貰えないだろうか?」
「ここの施設をか?ふむ、公式競技が用意されているか知らないが…良いだろう、引き受けよう」
「助かる」
頭を下げてみせる一也に。
「なに、いつも助かっているのはこちらだ。ただ、ここでブラックオーガを使用し練習しても有効なのかな?生徒用P.E.との性能差は著しいと思うが?」
「その点は調整してみせる。概要と感覚さえ掴めれば良いだけだ、三十分と掛からないだろう」
「なるほど。まぁ、君に勝てる在校生がいるとも思えないがね。ところで、私用という事でその三十分分は賃金から引かせて貰うが良いかね?」
ナンシーにしてみれば、ほんの軽い冗談のつもりだったが。
「それは構わないが」
真顔で返され、彼女は少し慌てた。
「あ、冗談だよ。その練習中もデータは取らせて貰うのだから、立派に仕事の一部なのだ」
「そうなのか?」
文句の一つも言ってくれれば少しは可愛げもあろうに、と内心残念がるナンシーだった。
「さて、そろそろ本業に戻るとしようか、時間もない事だしね。早速装着して欲しい」
「了解」
ナンシーが前を譲ると、一也は『試着室』に歩み寄り背中からその中に踏み込んでいった。




