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第二章 Ⅲ

 翌日の放課後。中間考査に続いて昨日から一也、澄玲、麻寿美、更に今回から参加の亜矢を加えた四人は、もはや定番となった寮の学習室、その片隅のテーブルに四人揃って着いていた。数学の出題範囲について確認し、麻寿美が簡単な説明を加えていると。

「ここにいたのね、貴女達!」

ドアが開くやいなや、やかましい声が呼ばわった。ビクリ、となった麻寿美は、言葉を飲み込んだ。

「あら、どうしたの朱雀院さん?」

相も変わらず済まなげな表情の三和を従え、ズンズンとやって来る飛鳥へと澄玲が問うと。

「ええ、別に感謝して頂かなくても良いのよ。実はとても良い話を持って来たの」

話をする前から感謝しなくて良い、とは何とも奇妙な物言いだった。二人はテーブルの傍らに立ち、四人を見下ろす。

「何の話なの、寮まで来るなんて?」

ノートパッドに落ちる影を鬱陶しく思いながら、澄玲が顔を上げる。

「聞きたい?」

「んー、あー、遠慮したいかな?」

ドヤ顔の飛鳥に面倒臭くなった澄玲が答えるが。

「先週の、井波さんと貴女達の模擬戦が、バグスの襲来で未決着のままよね?それを憂慮した生徒会の方々が何と!競技会で再戦の舞台を設えて下さるそうよ!良かったわね、全校生徒の前で勇姿を披露出来る機会を頂けるなんて!」

皮肉の利いた口調でまくし立てる。勇姿を披露?ただ私達を晒し者にしたいだけでしょ!?と、澄玲は腹が立ってきた。麻寿美はといえば溜息をつき、亜矢は冷ややかに飛鳥を見詰めている。

「ねぇ、あれはもう良くない?元はといえば、貴女と高宮さんが城田君にボロ負けした腹癒せに難癖つけてきたんじゃない。仕方なくあそこまで付き合ってあげたけど、もうやる気ないし」

「誰がボロ負けしたですって!?」

頬を紅潮させ飛鳥が叫ぶ。

「貴女と高宮さんが。一ポイントも取れなかったよね?」

冷静に突っ込む澄玲。暫し飛鳥の面があちこちストレッチでもしているかの様にひくつくが、やがて辛うじてドヤ顔を取り戻す。

「ふ、ふん。たとえ模擬戦だろうと、一度開始してしまえばなかった事には出来ないのよ!P.E.関連なら学校のサーバにライブラリがあって、記録映像として登録されるのだから」

「ええー!?面倒臭いなぁー。競技会ってさ、テストが終わった金曜の午後でしょ?部活ないのに、また出来るかなぁ?」

「せいぜい頑張る事ね。期待しているわ」

それは澄玲達にしてみれば碌でもない期待だろう。

「うるさいなー。そもそもさ、さっきから朱雀院さんばかり喋ってるけど、井波さんはどうなの?あの続きやりたいの?当事者なんだから、はっきり言った方が良いよ?」

急に話を振られた三和は、目を瞬かせた。

「私、ですか?私は、そう決まったのでしたら…」

「何なの貴女。全部他人ひと任せ、自分の意思がないの?」

澄玲の口調がきつくなってゆく。

「…すいません」

俯いてしまう。いや、謝られても仕方がないんだけど、と内心澄玲は呆れた。そこへ、三和を庇う様にテーブルに両手をつき飛鳥が身を乗り出してきた。

「井波さんを責めるのは筋違いでしょう!?とにかく、この学校の生徒である以上、決定事項には従うのよ!」

そう強弁する飛鳥を、澄玲は意地悪げな目で見上げた。

「へぇー?学校側からの指示を無視して、教官からこってり絞られた人がそういう事言うんだ?」

飛鳥達が密かにシェルターを抜け出し、無断でP.E.を装着、戦闘中の教官達の補助役を買って出た事とその顛末は、一年生の間では広まっていた。それを揶揄され、飛鳥の面が般若の如くになる。

「…貴女達の様な臆病者には出来ない事よ!」

全く反論となっていない捨て台詞を放つと、俯いたままの三和を従え飛鳥は学習室を出て行ったのだった。

「はぁー、一体何なのよー」

澄玲はテーブルに突っ伏してしまった。

 この一時間ほど前、三和を従えた飛鳥は颯爽と生徒会室のドアを開けた。ドアの向こうに二人の姿を認めた可奈多は、困惑した様な表情を浮かべた。頭の中にあるサーバの生徒名簿を検索する。

「いらっしゃい、井波さん、と貴女は…朱雀院さんね?入って来てちょうだい」

三和の席は用意してあった。立ち上がり、自分の右側へ隅から持ってきた折り畳み椅子をもう一つ用意する。こちらへどうぞ、と手で示すと二人が着席するのを待ち、自分も着席する。

「朱雀院さんはどんなご用かしら?井波さんはこちらからお招きしたのだけれど」

「その用件で参ったのですわ。井波さんがノートパッドのメッセージを見せて、付いてきて欲しい、というものですから」

実際には、偶然メッセージを見かけた飛鳥がついて行くと我を張ったのだが。彼女にしてみれば、一種の敵情視察の様なつもりだった。やがて誰かとポストを争う事になるだろう場所の。

「そう…まぁ、良いわ。貴女も、関係者だった筈だものね」

早く話にはいる為、そう割り切る。飛鳥は優雅に頷いて見せた。

「そう。それで用件というのはね。井波さん、貴女には未決着になっている試合があったわね?」

三和をじっ、と見詰める。その視線に圧力を感じ、三和は俯き加減になる。

「…それは、一対三の『タッチ・オワ・ドッジ』の事ですか?」

躊躇いがちにそう訊ねると。

「そう。それの決着を付けて欲しいのよ。学期末の競技会があるでしょう、そこに生徒会主催のエキシビジョンタイムを設けるからそこで」

「え?あれをまた行う、という事ですか、全生徒の前で?」

話が大事になってきている事に、内心三和は焦った。唯でさえ決してフェアな模擬戦とはいえなかったのにそれをまた、しかも全生徒の前で行わせようというのか?

「そう。ご存知かしら、P.E.関連の公式競技を用いた試合は、たとえ小規模な模擬戦であろうと学校のサーバに映像として登録されるの、後学の為にね。天井等にカメラがあるでしょう?それで現状、あの試合は未決着で正式登録出来ないまま浮いているのね。だから、正式登録出来る様に完結して欲しい、という訳なの」

「そうなのですか!?それではぜひ、決着しなければなりませんね!」

テンション高く返答したのは飛鳥だった。可奈多は面食らい体を少し引いた。

「そうだけれど…朱雀院さん?」

「そのシステムについては初めて伺いましたが、そういう事でしたら、ねぇ井波さん、受けない訳にはゆきませんね!?」

やたら陽気な声で掛ける圧力。この二人の関係性とは一体何なのかと、可奈多は訝しみつつ少々不快になった。

「井波さん?」

少し声のトーンを抑え可奈多が問うと。

「…この話、受けさせて頂きます」

可奈多を見る事もなく頷く。あの一件に関しては授業時間外、という事もあり、学校側から生徒会に対し正式登録のため決着を付けるよう依頼が来ていた。実際には浮いたデータを削除出来ない訳でもないが、当然ながら学校側に依頼しなければならず、例えば何らかの理由で参加者が学校に在籍していない、という理由でもない限りまずあり得ない。つまりは、削除が行われる事はないのだ。

「そう、それは良かったわ…」

「三人の方には連絡済なのでしょうか?」

相も変わらずグイグイ来る飛鳥。

「いえ、これからだけれど」

その返答を聞いた飛鳥の瞳が輝いた、様だった。

「それでしたら!これから私達が伝えて参ります!生徒会長のお手を煩わせるまでもありません!」

「そう?それは有り難いわ」

「はい、お任せを!他に用件はおありですか!?」

「いえ、今はこのくらいね」

「では、これで失礼致します!さ、井波さん?」

横からしゃしゃり出て話の主導権を握り、締め括ると飛鳥は立ち上がった。少し遅れた三和を従えドアまで行くと一礼し、静かに退室する。その様を見送るや、可奈多は大きく溜息をついた。大きな疲労を覚え、背もたれに身を預けた。


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