祝福の泉と杯1杯の水
その後、汚れていたメイスとバックラーを洗い。下りの通路を進んだ。
通路のわきには、もう動かない大ムカデの胴がずっと続いていた。全長は結局40メートル程はあったようだ。
大ムカデの胴からできる限り離れて歩くササリアに続いて下りの通路を降り、1つ目の部屋で1時間程の休憩をとった。
さらにその後、6体の中型犬程の鼠の魔物、3体の大型犬程の蜘蛛の魔物を倒したり短い休憩を挟みつつ4時間程、地下迷宮を進んだ。
ちなみにササリアは蜘蛛の魔物相手ではいつもの調子で戦闘をこなしていた。本当にムカデだけが苦手なようだ。
「なんだコレ?」
突然現れた、銀色の金属の扉を前に総士郎は呟いた。それは両開きのスライド式のドアでここまでずっと石の壁だった地下迷宮に、取ってつけたように存在していた。
「この先が祝福の泉になります」
ササリアは戦闘では調子を取り戻しているが、表情や声には微妙に暗い雰囲気が残っている気がする。
まだ、完全に立ち直った訳ではないのかもしれない。
ササリアは金属の扉の横にあるパネルに右手を当てた。
ピッ、ウィーーン
電子音の痕に機械の動作音がして金属の扉は開いた。
「ここに誰でもいいので手を当てると扉が開きます」
ええええ?
古代文明の機械とかか?設定盛りすぎだろ女神様。
明らかに中世のものや魔法で作ったものではない機械的な動作機構に総士郎は眉をひそめた。
「行きましょう」
ササリアに続いて扉を通る。絨毯も総士郎に続いて扉を抜けると
ウィーーン
先ほどと同じ機械の動作音がして金属の自動扉は閉まった。
「あの扉は魔物には開けられません。この部屋の中は完全に安全です」
一辺が10メートル程の四角い白い部屋。天井全体が淡く光り部屋の中全体を照らしていた。
壁も床もコンクリートなのか金属なのか。クリーム色が塗られた硬そうな素材でできているようだ。
そして、部屋の一番奥に小さな洗面台のようなものがある。洗面台、、、と言うか紙コップを使う方式の給水機に見える。
「あれが祝福の泉と呼ばれているものです」
ササリアはその祝福の泉に近づいていく。総士郎もそれに続いた。
「こちら左側の取っ手を下げると水が、真ん中の取っ手はお茶が、右手の取っ手は祝福の水がここから出てきます」
完全に給水機だ。
取っ手の上の金属のプレートにも、何故か上下逆さまに書かれているが、左から「WATER」、「TAE」、「NUTRITIVE SUPPLEMENT WATER」と書かれている。
・・・
コレはどういう経緯でここに設置されているのだろう?ダンジョンにおける完全に安全、かつ回復も可能なセーブポイント的な扱いなのだろうか?
「こういう場所って他にも、このダンジョン以外も含めてあったりするのか?」
「はい、この西の地下迷宮の地下5階にも設置されています。私は行ったことはないですが、地下9階にもあるらしいです。あと、今はもう行くことができませんが王都シェンの近くのダンジョンにもあると聞いたことがあります」
「もしかして、このすぐ先に強い敵がいたりする?」
「そうですね、この先、次の部屋では鉄でできたスケルトンが2体待ち構えています。鉄製の盾も剣ももっていますし、かなり手強い相手ですね」
やはり、ボス前のセーブポイント的なもののようだ。さすがにセーブはできないだろうが。
「でも、今回はここで祝福の水を汲んだら引き返すので大丈夫です」
ササリアはそう言うと絨毯の上の麻袋から木のコップ2つを取り出して給水機の真ん中の取っ手を下げる。
そして、コップに汲んだ茶色の液体をあおった。
「美味しい、です。ダンジョンは好きではないですが、この美味しいお茶が飲めるところだけは利点ですね。ソウシロウさんもどうぞ」
もう1つの薄茶色の液体の入ったコップを受け取り、中の液体を飲む。
香りはやや抑えめで渋みも抑えめ、しかし、茶葉の旨味は強めでアイスで飲むのに適した味。冷たい無糖紅茶だ。
「美味いな」
「ですよね。ここのお茶を飲んでしまうと他のものでは満足できなくなってしまいます」
ササリアはもう一杯、自分のコップにお茶をついで、今度は味わうようにゆっくり飲んでいた。
ちなみにお茶の後に試しに飲んでみた祝福の水はあまり美味しくないエナジードリンクのような、香りと甘さが強めの薄緑の液体だった。
お茶を飲みながら少し休憩したあと、
「では、祝福の水を汲んでいきましょうか」
ササリアはそう言いい、絨毯の上の大きめの麻袋から木のバケツを取り出した。
それを給水機に設置して右の取っ手を下げる。さすがに人の腰ほどの高さのある大きな樽は給水機に直接設置することができない。
バケツを使って祝福の水を汲んでいくようだ。
「私一人では他の荷物もありますし、このバケツ1杯分か2杯分しか持って帰ることができないのでありがたいです」
ササリアはバケツに薄緑の色の液体が溜まっていくのを見ながらいう。
「でも、その分、時間がかかりそうだな」
「そうですね。でも、これで緑の砂糖の不足を一気に補えるはずです」
1分ほどかかっただろうか?一杯になったバケツを樽の方に運ぼうとしているササリアを呼び止める。
「待ってくれ、少し試したいことがある」
「はい、なんでしょう?」
首を傾げるササリアに近づき、バケツに左手を当て、右手にはコップを持つ。
「イサルク。ミ、ラン、イス、イム」
バケツから透明な液体がコップの方へと宙を飛んで移動した。総士郎の右手の人差し指に僅かに濡れる。
「うえ、失敗した。人差し指はコップの中に入れておかないとダメなのか」
「少しの水」の魔法だ。この魔法の説明には「左手の汚れた水から右手に清浄な水を得る」と書かれていた。正確には「左手の近くの汚れた水から右手の人差し指にきれいな真水が得られる」なようでコップを持っただけではコップの中に水が入る訳ではなかった。
魔法の書かれていた紙はこういう細かい魔法の動作がわからないものも多かった。
なので総士郎は空いた時間などに魔法の効果を試してみたりしていたが「少しの水」はまだ使ったことがなかった。
「もう一回。イサルク。ミ、ラン、イス、イム」
今度はコップの中に右の人差し指を入れて持ちながら唱える。バケツからコップの1割ほどの量の透明な液体が得られた。
口をつけてみる。味のないただの水だ。
「うむ。次だな」
今度は、バケツに左手を当てたまま、右手をバケツが置かれていた。給水機の下部に当てる。そこはこぼれた水などが排水できるようになっていた。
「イサルク。ミ、ラン、イス、ホウ」
今度は「杯1杯の水」の水の魔法だ。これは「少しの水」から威力を指定するオプションを変えただけのものだった。
バケツから透明な液体が給水機の排水部に飛んでいった。バケツの中の薄緑色の液体は僅かに減ったような気がする。
「成功、かな?次でいけるか?」
呟く総士郎をササリアは不思議そうに見ていた。
「イサルク。ミ、ラン、イス、ジク」
唱える。するとバケツから結構な量の透明な水が総士郎の右手の親指、排水口へと向かって飛んでいった。
バケツの中には半分程の緑が濃くなった液体が残っていた。そこに木のコップを入れて緑色の液体をすくい、口に運んだ。
「あっま!」
液体は総士郎の期待した通りに濃縮されており、元の液体よりかなり甘みが強かった。
「どういうことですか?」
ササリアが尋ねる。
「祝福の水を沸騰させて緑の砂糖を得る、と思うんだけどその水を除く作業を魔法で行ったんだ。この方がどうせ取り除いてしまう余分な水をできるだけ運ばないで済むはずだ」
「なるほど。「杯1杯の水」を使って海水から塩を得る方法を聞いたことがあります。それの応用ですね。でも、普通はそんなに魔法を連発したりはできませんから「可能だけどそれほど役にはたたない」くらいの認識の方法です」
ふむ、同じような事を考えた人は過去にもいたらしい。少しドヤ顔し過ぎたかもしれない。
「でも、すごいです。私も「杯1杯の水」は使えますが10回以上は厳しいですし、治癒の魔法も使わないといけないのでこの方法は使えません。これで更にたくさんの緑の砂糖を得ることができます」
でも、ササリアは関心したように言う。アイデア自体ではなくて総士郎の魔法に、改めて感心しているようだ。
「よ、よし、どんどん祝福の水を汲んでいこう」
「はい!」
笑顔で答えるササリアは完全に調子を取り戻したようだった。




