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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とある探索者の渇望

作者: ぽぽたん

  ポタ……また一粒の水滴が私の肩へと落ちた。

  否、私の頭の横にあるそれはもはや肩と呼べぬ。腕を支える役目を果たせず、そう形容できる形も成せず、かつてそこにあった何かを概念的に肩としていると言える。


「ア……アア……」


  こうやって言葉にならない音を発し続けてどれくらい経っただろうか。なんの意味もないとは分かっているが、この発声すらやめてしまうと私というそのものすら保てなくなるような気がするのだ。


  不意に私の耳は人の気配を察知した。金属音からして同業者だろう。私は発声をやめ気配を押し殺した。


  コツコツコツ、と足音は私のすぐ近くを通り、止まった。


「……キャァァァァ!!!!!!!!!」


  そして空気をつんざくような悲鳴が私の鼓膜を揺らした。


「した……死体が……っ!」


「お? あーあこりゃもうダメだ、完全に寄生されてる」


「ミラよ、お前もこうなってもおかしくは無い。ゆめゆめ注意を怠るな」


  ミラ……私はその名前を聞くとハッと体を震わせる。そして腐れ落ちただの窪みと化した眼で凝視した。当然有るのは闇だけだ。


「…………アア……ア」


「ひぃぃぃ! 喋った! 」


「落ち着けって、ただの反応だ。こうなっちゃ死んでるのと変わんねぇさ」


  私の娘の名前もミラであった。もちろん目の前の女性とは違うだろう、ミラはまだ4歳である。しかし、その単語は、ミラは私の記憶を呼び覚ますのに十分な刺激であった。



  私はこのダンジョン街の貧民街で産まれた。ダンジョンの恩寵のお零れを狙って集まったならず者たちの街だ。その中でも貧民街とくれば当然生き抜くにはかなり厳しい世界であった。


「ジーザ、あなたは英雄の子よ……その拳は岩を砕き、その心は決して折れることはないわ……」


  物心ついた時から母は狂っていた。私のことを英雄の子と呼び、平民であった自分の戸籍を捨ててまで私に錆びた剣を買い与えた。


  そして母は体を売りながら得た収入ほぼ全てを私に注ぎ込んでいた。くず鉄で作られた鎧、歪んだ盾、やけに大きいマント……剣を含めどれも私が付けることは叶わず、母の客に盗まれていった。

  唯一残り、そして助けとなったのは私の探索証だった。それが無ければ私も盗みや殺しで生計を立てる他無かっただろう。母には感謝している。


「ああジーザ、あなたはダンジョンに行くの! お父さんのように勇敢に魔物に立ち向かい宝を探して英雄となるの!そして囚われた私を救い出すのよ! 」


  これを母はいつもうわ言のように呟いていた。しかし私は知っている。私の父は英雄でもなんでもない、ただのろくでもないゴロツキだ。夢みがちな少女だった母を騙して傷物とし、飽きたら捨てただけの、よくいる底辺の探索者だ。


  私がこの事実を知ったのはちょうど母が死んだばかりのことである。見習い探索者として熟練者の師事を受けている時に、昼間から探索者御用達の酒場に入り浸っている連中が話していた。


 ──昔平民の女をゴミ溜めに落としたことがあってよ

 ──息子にジーザなんて名前付けてんだぜ、英雄の名前だぞ、笑っちまうだろ

 ──こうやって英雄サマの酒の肴にしてもらえるんだからあいつも本望だろいギャハハ


  その時俺は何も感じなかった。そいつに対する恨みも、怒りも、悲しみもなく、ただただぼーっと探索証を眺めていた。


  俺はそれからひたすらダンジョン探索に打ち込んだ。毎日欠かさず挑み続け、気が付けば探索者としては上位に入る五層踏破者としての地位を手に入れた。才能がない割には頑張った方だと我ながら思う。


  そんなある日、俺は久々に四層まで降りる旨をギルドに伝え、そして常連となっていた酒場の女将に挨拶に行った時のことだ。いつもあるはずの男たちの姿がその日は何故か見えなかった。


「いつものあの男たちはどうしたんだ? 」


  女将に聞くと、女将はゆっくりと顔を横に振った。


 ──死んだよ


  その日、俺は二層の手前で探索を引き上げた。




  それから五年後、私は体力の衰えを感じ始め後身の育成へと回るようになっていた。入れ替わりの激しいダンジョン探索において、ある程度の業績を残し経験も積んだ私のような存在はギルドにとって貴重なものであった。


 ──二つ名がないってのがジーザさんらしいや


  そう言って彼女は笑ってくれた。

  私が酒場に行くとたどたどしく酒を注いでくれた少女は、いつの間にか女性となって私の隣にいた。

  顔が整っているという訳ではないが、とてもよく笑う人で、誰よりも綺麗だと思った。

  酒場に入り浸る若い探索者のアプローチを何一つ寄せ付けなかった彼女は、何故か私の一輪を受け取ってくれた。


  私と彼女は宝物をミラと名付けた。ジーザという英雄に力を与えたとされる女神の名だ。彼女は少し怪訝な顔を浮かべたが、私はこの名前しかないと思った。

  ミラが錆びた剣を抱いて眠るのを、私は何よりも愛おしく思えた。


  そんな平穏もつかの間、王都から第七層探索依頼が訪れた。王都から派遣された精鋭部隊とこの街の探索者のうち五層、六層到達者を加えた混合部隊で人類未踏の七層に挑む事になったのだ。

  もちろん、後身育成へと回っていた私にもこのお達しは届いた。


「なぁに、これだけの大部隊で行くんだ、安全さ。それよりも大量の報酬金をどう使うかだけを心配しておいてくれ」


  私は笑顔で出立した。

  道のりは簡単ではなかった。結論から言うとこの遠征は成功した。人類は六層を攻略、そして七層において国家機密レベルの宝を発見した。しかし、この部隊の半分は帰らぬ人となってしまった。


  帰り道の二層において、ジーザはミラのことを考えていた。強力な魔物達との戦闘、探知できぬ罠、半年もの長い道程、この場にいる誰しもが疲れと興奮から少し判断が鈍っていたと言える。それはジーザも例外ではなかった。


「…………え? 」


  それは一瞬の出来事であった。ジーザの体が突然地面に吸い込まれたのだ。いや、正しくは落ちたと言ってもいいだろう。


「あれ? ジーザさんは?」


  すぐ後ろにいた探索者も私は突然消えたようにしか見えなかったのだろう。それもそのはず、地面に擬態した魔物が私だけを狩場に落としたのだ。


  穴に落ちた私は地面に着地する瞬間に何かに取りつかれた。それは私にまとわりつき表面から直接体内に取り込んでいく。


「なん……だ!これは!」


 私は必死になって抵抗するも手足は既に呑み込まれている。肉を噛み千切ってもすぐ回復し、なんの意味もない。


「やめろ!食うな……かえ……帰らせてくれ! 」


  それは私の手足、頭の半分を呑み込んだところで止まった。死んだのかと思い体を動かそうとするも何も変わらない。そこでようやく私は気付いた。


「まさか……私を飼い殺す気か!?」


  魔物はなんの反応も返さずただ私を捕らえ続ける。

  私は叫んだ。力の限り叫び続けた。しかし声はただ穴の中で反響するのみで、何も誰も答えてくれるものはなかった。


  それから何日が経っただろう、何ヶ月が経っただろう、何年が経っただろう。私の眼球は腐れ落ち、私の体の肉という肉の部分はこ削ぎ取られように消え、骨すらも脆くなり崩れ落ちていた。

  それでも私は生かされ続けていた。あれから何度か地形変動が起きて、私は二層の壁に魔物と共に張り付く形となっていた。もう誰も私のことを生きているとは思わないだろう。もしかすると魔物は私の次の獲物を得るために壁際へと移動したのかもしれない。


「ア……ァー……」


  声帯がやられてからも私はずっと音を発し続けていた。何故助かる気もないのに続けているのか、自分自身でもずっと謎であった。

  しかしようやく思い出せた。


「ア…ラ…ニィ………アア…タ…ィ……」


「ねぇ、なんか言ってるよ……?」


「だから気にしたらダメだつってんだろ、近付き過ぎたら取り込まれるぞ」


「ミ……ィラ…イ……ア……タイ……」


「え? 」


「ゆくぞ、ミラ」


「待って今……お父さん……?」


「そんな訳ないだろ、お前の親父は何者だ?よく思い出せ」


  「あー、そうだよね……そんなわけないよね、確かに」


「今日中には三層に入りたいと言ったのはミラであろう。気を引き締めるのだな、リーダー」


「うん、分かった……もう大丈夫……うん!大丈夫!だって私は……!」


 ──英雄の落とし子 ジーザの娘なんだから!!




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