残された周りの者たち
魔王様はまた玉座へと座られ、私はその前に跪く。
「デュラハンよ。卿は転職せぬのか」
「え、急になんですか」
ヒヤッとするようなフリなのだろうか。魔王軍四天王として何か落ち度でもあったでしょうか。
「転職するのはよい。少なくとも転職する者にとってはそうであろう」
「御意」
戦士が魔法使いに転職しても、なーんにも困りません。まあ、四天王筆頭で魔王軍最強の騎士であるこの私が急に転職して……吟遊詩人にでもなれば、魔王軍としては大損失に繋がるだろうが……フッ。らーらーら~!
「卿の歌は……聞きたくないのう」
「いや、しみじみと言わんとって下さい魔王様」
物凄く音痴と思われてしまいますから~。
「金属のようなキンキン声が聞いていて辛いぞよ」
「やーめーて!」
全身金属製鎧ですが普通のイケボイスです! ……これは金属差別だ。管楽器は木管楽器に劣ったりはしませぬ!
「冗談ぞよ。予は転職を否定する訳ではないのだが、転職された周りの者がどうなるかまで考えよと言いたいのだ」
「御意。御意?」
転職する周りの者? 勇者パーティーや他の四天王たち?
「戦力になるからパーティーへ招いたというのに、力仕事が嫌だからといって戦士がシーフや魔物使いに転職してしまったら……どうだ」
戦士がシーフや魔物使いになれば……。
「当然ですが接近戦には滅法弱くなってしまいます。しばらくは今まで通りに戦い続けられないでしょう」
「さよう。RPGや剣と魔法の世界であれば、誰かが転職してもそれを補う見えない力がある」
冷や汗が出る。見えない力ってなんだ……無限の魔力か? コントローラーを握る者の能力か?
「しかし、現実ではどうだ。転職された側としてはたまったものではない」
「……」
「現実には見えない力やコントローラーを握る者などはおらぬのだ」
「……」
急に転職するからといって職場を去っていく戦士達……無責任だと切り捨てたい。
逆に切り捨てたい職場の戦士達……切ろうとしても……切れない。味方は……やっぱり切れない~冷や汗が出る。
「では、勇者や長年働いてきたサラリーマンが急に転職すればどうだ」
「――!」
勇者はともかく長年働いてきたサラリーマンが急に転職すれば……。
「困ります! 急に転職すれば周りの皆が絶対に困り冷や汗が出ます!」
いざこれから主力と考えていた人材が急に転職するのは困ります――!
「それもこれも、勇者パーティーがスキルアップやレベルアップとかでほいほい簡単に転職を繰り返すせいぞよ――!」
「――!」
実際の転職……RPGほど容易くはございませぬ……。
「転職するのにたくさん書類を書いたり手続きしたり面接したり……」
ゲームみたいにはいかない。それに、嫌だからといって職を元に戻す訳にもいかない。セーブポイントからやり直しなんて――できない。
「そしてなにより、新しい会社へ転職すれば人間関係もリセットされ元気に働ける……はずがないぞよ――」
挨拶のない職場に元気な人材が入ってきても……次第に挨拶がなくなる――。
新卒ではなく途中から転職してきた人に、優しく接してくれたり大切な仕事のコツやノウハウを教えてくれたりはしない。自分で苦労して身に着けたノウハウを安々とは教えない――。
気に入られなければ除け者扱いされる。
「なのにネット上では転職を促す誘惑の広告ばかり……。中途採用を急募している企業には、その理由がちゃんとある――」
――高い給料を提示している理由がちゃんとある~――冷や汗が止まらない。
戦士として一人前に育成するために……いったいどれほどの時間と金と労力が必要なことか。それを……自分の都合でホイホイと……。有能な戦士が一人いなくなれば、パーティー一人当たりの負担は確実に増え、さらに耐えられない者がまた一人パーティーからいなくなる……。
――パーティー崩壊への死のデススパイラルへ突入する――!
「魔王軍とて、数を確保しても質が伴わねば烏合の衆となろう」
「であれば、転職するなどもっての外ではありませんか」
誰だ、転職したいとか言い出した張本人は――!
「予ぞよ」
「正解」
……。
「しかし、勇者パーティーや職場のいざこざ……人間関係……いえ、魔族関係のいざこざがあれば、それは我慢するべきではありません」
パワハラやパワハラ。特に……パワハラ。魔王様ハラ。
「どこでも一緒ぞよ。一番嫌いな奴がいなくなったら、次に嫌いな奴が一番嫌いな奴に代わるだけぞよ」
「……」
「――永遠に一番嫌いな奴などおる。パーティーや職場の雰囲気が悪いのは、みんながやりたくない仕事をやらされているのだから仕方がないのだ」
「……御意」
「だがその根底は、やりたくない仕事をやったにも関わらず誰にも感謝されないこと。感謝されていると思えないところにあるのだ。給料が貰えるだけでは感謝されていると気付けないのだ――」
……。
「貰えて当然っス」
「はい、ソレっス」
魔王様が「っス」ってやめて欲しいっス。
「魔王様、ひょっとしてですが、魔王様の仕事って大変なのでしょうか」
誰かから感謝されるような仕事なのでしょうか。いつも座っているだけとは言わないが……。
「無礼ぞよ! ひょっとしなくても大変なのだぞよ。言うことを聞かず仕事をしない四天王に嫌気がさしておるぞよ」
……たしかにそうだ。私以外の四天王はぜんぜん仕事をしていない。
ソーサラモナーは自室でゲーム。サッキュバスは朝から酒を飲んで他のモンスターをたぶらかせて遊んでいる。サイクロプトロールは筋トレしてプロテインがぶ飲みし……魔王城には数少ない洋式トイレを占拠……。
そんなだから登場回数が少ないのだと言ってやりたい。いや、言わない。
「デュラハンも玉座の間でサボってばかりぞよ」
「うわっ――ひどおい!」
サボってばかりって酷過ぎるぞ。聞き捨てなりませぬ。
「……魔王様も座ってばかり。ポテチをパリパリ食べてばかり」
魔王様らしく働いているところなど見たことがありません。
「ムムム、デュラハンこそ予の前で座ってばかりではないか。まったく同じぞよ」
「座っているのではありません! 跪いているのでございます!」
全身鎧で長時間跪くのって足が痺れて本当に大変なのです! 思わず口からツバ飛ぶわ。首から上は無いのだが。
「いっつも『あぐら』をかいておるではないか」
あぐら≒お父さん座り?
「やーめーてー!」
読者が広い玉座の間であぐらをかいて座っている私をイメージしてしまうではありませんか! 玉座の前であぐらって……本当にダメダメキャラじゃないですか!
「さらには足の爪に挟まった埃を気にしているダメっぷりぞよ……プププ」
「全身金属製鎧だから足にも指にも爪はございませんっ――!」
プンプン!
魔王様の転職なんかより、私の職場環境こそ見直してほしいものです!
最後まで読んでいただきありがとうございました!!
ブクマ、感想、お星様ポチっと、などよろしくお願いしま~す!
面白かったらレビューなどもお待ちしております!
また次の作品でお会いしましょう!