転職したい理由
女勇者がラーメンを食べた後、テーブルに座り水のような薄いお茶を一緒に飲んだ。氷が入っている訳でもないのにキンキンに冷えている。お腹を壊しそうなくらい冷たい。
「え、魔王様って転職できるの」
それなあ。転職したくても出来る者と出来ない者がいる。魔王は出来ない部類に入ると言ってやって欲しいぞ。
「魔王に不可能はないのだ」
威張るところではないだろう。たぶん。
「ふーん。転職というより魔王様を退職するの?」
その手があったか! 転職ではなく退職なら話が分かり易い――。
「さすれば、次期魔王にはぜひとも四天王筆頭であるこの私、宵闇のデュラハンを推薦いたします」
思わず身を乗り出してしまった。
「いや退職はせん。予はまだまだ若い。デュラハンにはまだまだまだ早い」
チッと舌打ちしてしまう。渋々椅子に座り直した。
「長年魔王を続けていると、本当に皆から感謝されているのか疑問を抱くことがあるのだ」
「疑問を抱く?」
「……本当も嘘も、感謝されているのか疑問を抱くことにこそ疑問を抱きます」
おこがましいというか……逆に感謝されるとこって……どこ? と聞きたくなるぞ。クスクス笑う女勇者。髪が肩くらいまで伸びている。脇役のくせに……小癪な。
「感謝って、言葉や態度には現れないものなのよ。でも、わたしは魔王様に感謝しているわ」
女勇者が魔王に感謝だと。物語的には支離滅裂だぞ。
「禁呪文のラーメンを食べさせて貰ったからか」
お腹は膨れただろう。魔力の塊であっても。
魔王様が私を細い目で睨んでいるが……もう食べ終わったんだからいいじゃん。お腹に入れば一緒じゃん。
「それもあるけれど、今、人と魔族が無益な争いをしなくていいのは、魔王様のお陰なんでしょ。だったら感謝してもしきれないほど感謝しているわ」
「「……」」
女勇者の瞳は透き通っていて……なんでも見透かしているように感じた。
「そりゃあ、わたしたちは魔族に『ありがとうございます』なんて言わないけれど、襲ってこないから争いにならない感謝の気持ちはあるはずよ」
争いにならない感謝の気持ちか……。
「それならば魔族も人間共に『ありがとうございます』など言わない。言うはずがない」
人間と魔族はこれまで長年戦い続け沢山の犠牲者が出ているのだ。……どちらにも。
スライムいっぱい殺された。数えきれないほど殺された。
「言葉にはなかなか出来ないけれど、争いがない幸せな世の中にみんな感謝しているのよ」
「……」
魔王様、頬が赤い。
どうやら魔王様が転職しなくて済みそうなのに……なんか、全部持っていかれた感が悔しい~。
「ところで、女勇者は転職しないのか」
魔族との戦いがなければ、たとえ勇者であってもお金は稼げないぞ。この辺りの土地は痩せているから農作物も育たないぞ。踊り子になったら踊りを見てやるぞ。リモートで。
「しないわ。だって、転職を繰り返しても苦労することばかりだもん。それに、いつ魔王様が襲って来ても大丈夫なように、勇者が一人くらいは必要なのよ」
魔王様が人間を裏切る……あるあるだ。その逆もしかり……。魔王様が女勇者を襲うのって……なんか危ないぞ。
「ハッハッハ、予は手の平を返したように人々を襲ったりはせぬ。だが」
「……?」
いやいや、ちらっと二人ともこっちを見ないで欲しいぞ。私だって魔王様のご命令とあれば人間共との共存に全力を尽くす所存でございます。
「だから魔王様も転職できないのね」
「そうなのだ。予が転職したいのは、『転職しないで』と止められたい現れなのだ」
「……」
意味不明でございます……。さんざん私は転職を止めた……よね?
女勇者に礼を言うと、体が芯まで冷え風邪をひきそうなので早々に魔王城に引き上げた。
「うー寒かったぞよ」
「……魔王様、寒い時は魔力バリアーで体温コントロールすればよいではありませんか」
無限の魔力で少しくらいお体を温めても罰は当たらないでしょう。電気モーフを弱から強にするように……。
「熱々のラーメンを出して食べようかのう」
「それはやめましょう。ラーメンで暖を取ってはなりません。ブクブク太りますよ」
禁呪文というくらいなのだから日常的に使ってはいけません。
ラーメン屋から苦情や物が飛んできますから。
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