目指す職種
「ですが、だったら魔王様も転職したいなどとおっしゃらないで頂きたい。魔王様が盗賊やシーフになれば無限の魔力でこの世は滅茶苦茶になりますよ」
「……」
無限の魔力で現金を作り出そうとするくらいなのだ。はっきり言って世界一危険人物だ。
「まあ、今のままでも十分危険人物だ……とは言わない。いや、言えない。冷や汗が出る」
隕石を落とそうとしたり、魔王城を落とそうとしたり、私を突き落したり……。ハッキリ言って重要危険人物ナンバーワンのオンリーワンだ。正真正銘の魔王だ。魔王様だ。
「魔王様の前ではどのような悪事も許されてしまいそうで怖いです。言えないけれど」
「ごっそり聞こえておる――! わざと口に出して言うでない! さらには、予は魔王なのだ。……魔王が危険なのは正論だ」
魔王が危険なのは正論――! 危険と隣り合わせ状態?
「ぎょ、御意」
ぎょぎょぎょだぞ。……冷や汗が出る。
魔王様の矛盾……今日も頭が痛いぞ。首から上が無いのだが……。
要するに、魔王様は生まれも育ちも魔王様だったから少し派手なことや無茶なことがしたいお年頃なのだろう。
未成年が隠れてお酒を飲んだりトイレで煙草を吸ったり、花壇でサルビアの蜜を吸ったり……蜜といっしょに蟻が口に入ったり、出たり……。
おっさんが「ちょい悪親父」を目指したり、小説家がユーチューバーを目指したりするなんて、よくある話だ。冷や汗が出る、誰もチャンネル登録しない……。
それらと同じように、魔王様も転職して身も心もリフレッシュしたいのだ。爆音で馬を走らせたり改造した車高の低い……足の短い馬に乗ったり。海でヤッホーと叫んだり山でバッキャローと叫んで遭難したりしてみたいのだろう……。
とっかえひっかえ女を変えたり失恋したり。二股したり三股したり……。
「ガニ股したり」
「……御意?」
私はガニ股ではない……。O脚とガニ股を混同してはならない……。
「若いうちに遊んでおけ」とはこういうことなのだろうなあ。立派な魔王様になってからでは魔王様の肩書によって出来ないことが多そうだ。だったら遊び人って職業は……リアルに必要なのだろうか――。
はあーと大きくため息をついた。やれやれ……。
「では魔王様はいったい何になりたいのですか」
いっそうのこと、魔法使いとかにランクダウンすればいい。いや、魔法に飽きたのなら空手家などの格闘家になればいい。
道義姿に黒帯が似合うかもしれない。いや、白帯の方がお似合いかもしれない。クス。
ややこしいから前みたいに神様とか言い出すのだけは勘弁してほしい。中二病と笑われるでしょう。クス。
覇王とかラ王とかマ男とかマダオでもいいかもしれない……マルでダメなオッサン。クス。
「クスクス一人で笑うでない! キモイ」
キモイはひどおい。
「予は……飲食店とかお客さんを目の前にして喜んで貰えるような接客の仕事がしたいぞよ」
「――ホンマの転職!」
てっきりシーフや盗賊になって悪いこと……すなわち、「おいた」したいのかと思っていたのに――!
魔王様が飲食店をやってどうする! 魔アイドルの「一日魔警察署長」ならともかく、魔王様の飲食店など誰も見向きもしないぞ!
いや、店長が青白い顔をした魔王様のラーメン屋だったら……ダメだ、行きたい。親指が浸かったラーメンを食べたい。汁も全部飲みたい。その後、替え玉して食べきれずに残し、睨まれたい~!
「予は本来、もっとこう……皆に感謝されてもよい存在なのだぞよ。なのに、目の前におるのは金属の鎧ただ一人で、感謝どころか逆ギレや癇癪を起こされてばかり。それがこれから数百年も続くのかと思うと、もう飽き飽きぞよ」
「……」
魔王様はいったい何がおっしゃりたいのだろうか。
ただ……なんか……酷いことを言われているのだけは分かるぞ――。
「しかしです、魔王様がラーメン屋をやる必要はありません」
剣と魔法の世界にラーメン屋は微妙に冷や汗が出ます。油汗かもしれません。
「予はラーメン屋がやりたいとは言っておらぬ。勝手に決めるでない」
「申し訳ございません」
ただラーメンが食べたかっただけです。気分的な思い付きです。
「予は、面と向かって『ありがとう』と感謝されたいのだ。感謝されなくてはどのような職種であれ、いずれは心が折れるのだ」
私の心が先に折れそうです。とは言わない。私だって感謝されたいから……。
「ありがとう」
これで気が済むのであれば、何度でも申しましょう。オウムのように繰り返しましょう。
「ありがとう」
「……卿の言葉にはぜんっ……ぜん気持ちがこもっておらぬ。ぜんぜん嬉しくない。面倒ごとに巻き込まれたくないから口から出まかせを言っておるのがバレバレだぞよ」
バレバレ上等。
「仰せのままに。さすが魔王様でございます」
「……腹立つのう」
「ありがとうございます」
「……」
ずっと魔王様の前で跪いていると足が痺れるので、そろそろ立ち上がった。関節痛になりそうだ。全身鎧で跪くのはしんどいのだ。
「まあ、何もせずに玉座に一日中座ってポテチを食べ、暇な時に四天王を虐めたり、度を過ぎる悪戯をしでかしたりしているだけでは……誰にも感謝されないでしょう」
たまには畑を耕したり魔王城の窓拭きを手伝ったりしてほしいぞ。
「無礼ぞよ。予は魔王ぞよ!」
魔王様も玉座から立ち上がられる。膝からペキッと得体のしれない音がする。
「言葉が過ぎましたが、どうせ……どーせラーメン屋か何かを始めるのにも私がお手伝いをする羽目に遭うのでしょ」
売れずに潰れると分かりきったラーメン屋を作らせられる者の気持ちを考えて欲しいぞ。
「笑止! ぜったいに潰れぬ。ぜったいに大丈夫だ」
ぜったいの根拠が知りたい。魔王様、カップ麺すら作れないではないか。
「ほほう……。であれば、その方法を教えていただきたい」
この世に絶対などはないのだ。魔王様は完全なる生粋な――飽き性! 接客業に転職したとしても、みんなから感謝してもらえるまで続けられるはずがない。
「賭けてもいいです」
魔王様は鍋でお湯すらお沸かしにならない。一人でラーメンなんか作れない。
「無限の魔力でラーメンを作るのだ」
「賭けはやめます」
冗談じゃない。無限の魔力を使うなんて聞いていない。
「もう遅いぞよ~。騎士に二言はなかろう」
「――無限の魔力でラーメン作るのは反則です! 魔王様のお嫌いなチートでございますっ!」
不味いラーメンでも材料費や光熱費やさらには人件費まで掛からないのであれば、誰かは食べる。腹は膨れる。
――タダなら感謝されてしまう。物好きがリピーターになる~!
「魔王様、そんなことで感謝されて嬉しいので御座いましょうか」
完全に魔王様のお嫌いなチートですよ!
「嬉しいさ! 予の無限の魔力でたくさんの者が予に感謝し、『ありがとうございました!』や『ご馳走様でした!』とか『ゲップ!』と言ってくれるのだ! 嬉しいに決まっておるではないか!」
ゲップも嬉しいのか――。つまり、誰かは「ゲップ」って言わないといけないのか――。
遠回しに魔王様の無限の魔力を食べさせられているのと同じではないか――!
無限の魔力に感謝するのって……なんか違うぞ――!
「禁呪文で物を出すのは……この星の質量が増えて問題があるのではなかったですか」
自転や公転速度に影響を及ぼすだとかギャーギャー騒いでいたではありませんか。前作くらいで。
「心配ない問題ない関係ない」
「……さすが魔王様。完全なる自己都合主義」
だったらラーメンより他の物を出して欲しいぞ。
「無限の魔力で出した分、他の物をこの世から完全に消し去ってしまえばよいのだ」
「――!」
悪い視線を向けないで……ゾクゾクしてしまう。まるで私が消し去られてしまいそうでヒヤヒヤする。
それでこそ魔王様だ……。絶対に感謝されない絶対悪だ――。
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