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MARVEL MEMORY  作者: りつか
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1-2

鉛色の空に、暗い赤の光が降り注ぐ。そこにすぅ、と、一線を描くように何かが飛んでいた。

 大きな両翼に、硬く重厚な体躯。一見すると鳥のようにも見えるが、トカゲのようにも見える。

 その何かは、キョロキョロと辺りを見ながらゆっくりと飛行を続けた。



「シェイド様は、どこに」



 呟く声ならざる声は、羽ばたく音に流される。

 それは、森を越え真っ赤な池の近くを飛行した。

 と、草村というにはほど遠いような荒れた地面に、そのくるりとした目が留まる。

 目を凝らすと、寝転んでいる男が目に入った。



「シェイド様、やっと見つけた!!」



 そう呟くやいなや、一気に急降下した。

 地面に激突する寸前に急停止し、地に脚を下ろす。




「シェイド様、シェイド様!」

「っ!!」



 男は自分の名を呼ばれ、うすらと眼を開けた。

 顔にかかる前髪をかきあげ、黒く胸下くらいまでのびた髪を靡かせる。その背には翼がおりたたまれていた。

 金色の瞳で目前の大きな一つ目の獣を見つめると、鬱陶しそうに呟く。



「なんだよ、グレイヴ……せっかくアイリスの生まれ変わりと逢った夢見てたのに……」



 シェイドは大仰にため息をつき、ゆっくりと起き上がった。

 そんな彼の前で自分の羽を綺麗に整え、グレイヴは頭を下げた。

 長時間飛び続けてやっと見つけた彼の主人は、どうやら寝起きが悪いらしい。

 先祖代々、シェイドの家系にずぅっと仕えている彼だが、シェイドほど見つけにくいのは生まれて初めてだった。

 それを見つけただけでも褒めてもらいたいが、タイミングが悪かった。

 


「シェイド様、ルシファー様がお呼びです!」



 グレイヴは気を取り直して要件を言った。



「親父が?めんどくせぇ……。デューライト!」



シェイドの声が、キンッとその場に響いた。

 と、同時に、銀色の毛を持つ大きなフェンリルが血の池を飛び超えてきた。フェンリルはグレイヴの横を素通りし、シェイドにすり寄る。



「よしよし」



 シェイドより背丈は遥かに大きいが、相当懐いているのか撫でられ気持ちよさそうにしてきる。



「あの、帰っていただけますか?」



 なぜ呼んだと言わんばかりのグレイヴの声色。

 シェイドは軽く舌打ちすると、立ち上がった。ポケットに突っ込んでいた紐を取り出すと、髪を束ねて結い上げる。


「帰るようるせぇな。デューライト、グレイヴと一緒にこい」



 彼はデューライトの頭をなで、背中の翼を広げた。

 漆黒の右翼と、純白の左翼。

 天使と悪魔の象徴だ。

 この翼があるため、シェイドは天魔のシェイドと呼ばれている。




「シェイド様、飛ぶんですか!?」

「飛ぶよ。何?」

「私も……」

「は?デューライトはお前が持ってやるんだよ。一緒に来いって今しがた言ったよな?ほら、デューライトもお前と帰りたいって!」


デューライトの前足がグレイヴに触れる。彼はそのままじゃれついた。まるで犬っころのようだ。

 デューライトもといフェンリルは、狼を巨大化したような生き物だ。たんに前足と言っても、爪が刃のように煌めいている。

 グレイヴは息を呑んだ。そこそこの位の魔物であると自負していても、肌に迫る鋭利な爪には恐怖を感じるだろう。



「シェイド様ぁ!!」



 弱音を叫ぶグレイヴをよそに、面白いと笑みを浮かべたままシェイドは飛びあがった。



「つべこべ言わず連れて来い、先行くからな!」



 地上に向かって大声で叫び、シェイドは空を悠々と飛んだ。

 野原を抜けて山を越え、谷を見下ろしながら風よりも早く飛行する。




 ここは【魔界】。


 現在この世界はシェイドの父、堕天使ルシファーが支配している。



「あ、シェイド様!おーい!」



 渓谷を抜けたところで、見知った顔の鳥族の群れが下方から呼びかけてきた。


 シェイドが視線をやると、群れの一人が慌てて彼に平行飛行した。



「今お戻りですか?お父上様が、シェイド様はまだかー!?と、叫んでましたよ?」

「まじ?サンキュー!あ、白い羽の近くは飛ぶなよ?」

「はは、わかってますよ!お気をつけて!」



 そう言って再び群れに戻る背を見送り、シェイドは唇を結んだ。無言で飛ぶ速度をあげる。


魔界に住む生き物はシェイドの白い羽の方にはあまり近寄らない。

 嫌がりもせず側に寄るのは、デューライトくらいだ。



 ったく、難儀なもんだ。













「遅いぞシェイド!」

「うるせぇクソ親父」


 魔界に聳え立つ大きな城、それがシェイドの自宅だ。

 

 これでもぶっ飛ばして来たんだと続けながら、彼はどかりとソファに座った。

 ため息と共に疲れたとこぼした声は、どこまでも高い天井と、広すぎるリビング(と言っていいのかわからないが)には響くことなく消えていく。


 彼は視線を大窓へ移した。

 それの外に続くバルコニーからこちらを睨みつけるのは、現魔王、ルシファー。

 

 ルシファーは長い漆黒の髪を靡かせ、翼を広げ腕を組んでいる。その整端な顔にはにつかわしくないほど、眉間の皺が深く刻まれていた。



「なんか用?」



 ぶっきらぼうなシェイドの声は、父ルシファーの機嫌を損ねるには充分だった。



「お前、ちょっと天界に行ってミカエルにこれを渡してこい。」

「はぁ!?なんでオレが!」



 ルシファーがパチンと指を鳴らす。

 ぽん、とジェイドの目の前に丸まった書状が飛び出すと、膝上に落下した。

 グシャリと掴んで立ち上がり、シェイドは父に向かって投げ返す。が、書状はそのまま自分の元へ返ってくると、丸まったまま顔にへばりついた。


「もがっ...くそ、やめろ!」


 なんとか顔面から引き剥がして、父親を睨みつける。

 


「俺様は忙しいんだよ。それに、だ、400年前、消滅処分になりそうだったお前を助けたのは誰だった?俺様だろ?」



 ルシファーの言葉に、シェイドは眉を寄せた。渋々書類を握りしめて、絞り出すような声で返事をする。



「……行けばいいんだろ、行けば。」

「頼んだぞ」



 勝ち誇った笑みの彼に、心底腹が立つ。

 シェイドは長い長いため息を吐くと、再びソファに腰を下ろした。


 途端に機嫌の良くなったルシファーは部屋に入り、彼の横に腰掛ける。



「そういえば...アイリスの18の誕生日は、人間界で言うところの3日後だったな」

「ああ。何?」



 ルシファーから逃げるようにバルコニーへ向かい、シェイドは頷く。返答を待ちながら、彼はゆっくりと振り返った。




「覚醒してんのか?」

「……いや、まだ。」

「そうか……お前はアイリスをこっちに連れてきたいのか?」

「ああ。いいだろ?」

「ああ、俺様はな。ほら早く行け!」




 ルシファーはし、し、と猫を追い払うような仕草をする。彼はそのままソファにふんぞり返ると、シェイドから視線を外した。



「ミカエルによろしくな」

「行ってきます」

「ああ。」



 ばさり、と、羽音が響く。

 シェイドが空へとあがったのが気配でわかり、ルシファーはちらりと窓の方へ目をやった。






「……うまく覚醒すりゃいいけどな、アイリスが……。」


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