義妹として
新庄遥。
林間学校ではお兄ちゃんがクラスメイトと仲良くしている姿が沢山見れた。
すごく嬉しい。
お兄ちゃんは私の松ぼっくりを受け取ってくれた。
これも全部篠塚ちゃんのおかげなんだよね。
二人は付き合ってないみたいだけど、もう熟年カップルの雰囲気を醸し出している。
笑っているお兄ちゃんを見るたびに、私は過去の自分の過ちを悔いてしまう。
いくら謝っても、お兄ちゃんから許されたとしても、私の過去の罪は消えてなくならない。
だけど、それで構わない。きっと人間はそうやって成長していくものだってわかった。
過去も現在も未来にひっくるめて私なんだから。
「遥さん、どうしたの?」
「今日はおとなしいじゃん。珍しいね?」
林間学校で久しぶりに宮崎さんと斉藤さんと一緒に三人でお話をしている。
お風呂も入り終えて、女子棟のレクリエーションルームの端っこで缶ジュースを飲んでいた。
「ううん、遥は大丈夫だよ! 斉藤さん、良かったね! お兄ちゃんと仲良くできて」
「ありがと、みゆ嬉しかったよ」
さっきまで、斉藤さんはバスの中の出来事や調理場でのやり取りを語ってくれた。すごく嬉しそうだった。
私達の中で斉藤さんが一番変わったと思う。
見た目もそうだけど、ギャルっぽい性格が無くなって、まさに図書室が似合う女子生徒って感じになっていた。
今は本屋さんでアルバイトをしてるらしい。
あのギャルっぽい性格は無理していたと思う。
今の斉藤さんは内面がとても清楚に感じられる。
うちのクラスの男子が斉藤さんの噂をしているもん。告白も一杯されてるって噂だし、すごく可愛くなったよ。
「……そっか。みんなすごいね。私は何も出来てないよ」
宮崎さんが少し落ち込んだ様子を見せる。
「そんな事ないよ」
私は間髪入れずに言葉を発する。
宮崎さんはこんな風に言われたい。その言葉を選んで発言をする。
確かに宮崎さんはお兄ちゃんとの接点が全く無いけど、実は一番学校を楽しそうに過ごしている。
宮崎さんは私と同じクラスで、リア充の頂点といっていい超人気者だ。
クラス全員と友達で、コミュ力が高くて優しくて可愛くて……、流されやすい。
本人に悪気はないけど、敵を作ることも多い。
無駄にイケメンの二階堂君たちと揉めたのも、宮崎さんの友達の黒澤さんが変な事をしそうになったからなんだよね。
……あのイケメン二階堂君は妙な気配を感じる。なんだろう?
色々あって話す機会があるけど、絶対普通じゃない。
頭のネジが外れているの。普通の感情が感じられない。
一緒にいた小さな男の子の方……二宮君は小さくて可愛くて女子から大人気。
でも私は知っている。二宮くんはアニメやエッチなゲームが大好きの超絶隠れオタクだって言うことを。
奈々子と同じクラスだからね!
私が奈々子と話しているといつも近寄ってくるの。
きっと奈々子の事が好きだと思う!
「そんな事ないじゃん! 静ちゃんは頑張ってるよ。ね」
「そっか、ありがとう二人とも……」
二階堂君たちの事を考えていたからあんまり話を聞いてなかった。ごめん静ちゃん。
レクリエーションルームの違う場所から宮崎さんに向かって声がかかる。
「おーい、静っち! こっちで卓球しようよ!」
斉藤さんがニコリと宮崎さんに微笑む。
「静ちゃん、行ってきなよ」
宮崎さんは私と斉藤さんに「ごめんね」と言いながら去っていった。
斉藤さんが軽いため息を吐く。
「なんかね……色々付き合いがあると大変そうじゃん。静ちゃん大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だと思うよ」
宮崎さんはクラスメイトである黒澤桃さんと卓球を楽しんでいる。
楽しそうな表情をしているけど、本心かどうかわからない。
ううん、仮面を被っているって私にはわかる。なんでだろ?
ちょっと、宮崎さんは苦手だな。
私達は三人で集まる事が少なくなっていた。
お兄ちゃんと篠塚さんがラブラブになってきたし、これ以上、変に動かない方がいいと思っていた。
私はなぜか如月と奈々子と仲良くなっていた。
なんでだろう? わかりやすいからかな?
二人は個性的で、特に如月は強烈な性格をしているけど、一緒にいて疲れない。
こんな私でも、苦手な人がいるんだなって思った。
初めはお兄ちゃんの幼馴染っていう事で嫉妬していたからだと思っていた。
色々話して見てすごくいい人だと思った。
その印象は今も同じ。良い人だと思う。
でも、なんか怖い時がある。
言語化して説明出来ない。
正直、黒澤みたいに性格が悪いとわかりやすいのに。
「わたし、クラスメイトのところに戻るね! ふふっ、遥ちゃんとお話できて楽しかったじゃん! 今度、真君の教室での様子教えてあげるね!」
「ん、ありがと!! 遥も奈々子んところ行くね!! お休み!」
斉藤さんがレクリエーションルームを出る。
私はそれを見送ってから立ち上がる。
「きゃははっ、あんたマジで下手っぴじゃん。負けたら早川に告白しなよ」
「ちょっと、ももちゃん、そんな事いわないの」
卓球をしているグループからは明らかなカーストを感じられる。グループのいじられキャラが引きつった笑みを浮かべている。
あんまり見たくないな……。
どうすればいいんだろう。
宮崎さんは困った顔をして黒澤を止めていた。が、暴走しない範囲で留めるだけであった。
クラス内の生徒格差は終わることはない。
他のクラスと違って、変な空気感がまとわりついて離れない。
********
早朝のうす暗い林の中で私は一人で草を見ている。
私は自分がクラスメイトから馬鹿にされているって知っている。全員から下に見られている。
運動はできるけど、勉強は出来ない。
仮にテストで良い点を取ったとしても、まぐれで片付けられる。
クラスのみんながいじれるキャラ。
馬鹿な発言をして馬鹿にされる。誰も真面目に受け取ってくれない。
仕方ないと思っていた。自分でも自分の頭がおかしいと思うもん。
お兄ちゃんの事が大好き。
それはいいとして、どうでもいいことはすぐに忘れるし、馬鹿な事言うし、声は大きいし、運動しか出来ないし、他人はどうでもいいと思ってるし、人との共感性が子供の頃はなかったと思う。
だって、お兄ちゃんがいればどうでもいいと思ってた。
……お兄ちゃんに意地悪していた自分を殺したかった。
自分は馬鹿だから、あんな事をしたんだって理由をつけて馬鹿になった。
――善悪の意識の違い。
お兄ちゃんに意地悪した事を悪いことだと思ってなかった。
『あの時』までは傷つけていたなんて思わなかった。
あの時、久しぶりに二人っきりで買い物をして公園で寄り道した時の会話。冷たい目をしたお兄ちゃんが敬語で私に言った。
『今さらお兄ちゃんと呼ばないでください――』
意味がわからないふりをした。
バカなふりをすれば大丈夫と思っていた。
でも、その時、頭の中で思考が高速に回転して、生まれてからあの時までのお兄ちゃんとの思い出が再構築された。
だから、全部理解できた。
私は間違っていたって。
お兄ちゃんが私の事を大嫌いで、目の前からいなくなってほしいって事を。
あの言葉は私の胸に深く深く深く突き刺さり、棘になって今でも抜けない。
あの時の表情、言葉の重み、声の振動が一生忘れられない。
私は、何かが壊れた、と思った。
お兄ちゃんは走り去っていったけど、私は一時間以上、その場から動けなかった。
衝撃で心が壊れないように、わかっていないフリをして自分を騙した。
夜になると、やっぱり思い出して一晩中考え込んだ。自分の全部を再インストールしているみたいに、私は今までの遥を捨てた。
あの棘が私に人の心を与えてくれたんだと思う。
そして、私はあの日から人の心を勉強するようになった。
難しい本も読んだ、クラスメイトの様子をずっと観察していた。何が悪いのか、何が良いのか、人の心の機微をずっと考えていた。
だから、テスト勉強なんてしなかった。授業なんて聞いていなかった。
馬鹿な私と、冷静に周りを見ている私。
まるで自分が二人いるような感じになってしまった。
「は、遥ちゃん? ど、どこにいるのかな? へ、返事してよ。に、二宮君から朝のお散歩を誘われたでしょ? ひ、一人は気まずいよ」
私は茂みの中から顔を出す。
「ふわっ!?」
「むっ、奈々子驚きすぎ! おはよっ!! じゃあ一緒に二宮君がいった待ち合わせ場所に行こうね!」
奈々子といると何故か自然な私でいられる。
如月もそうだ。性格悪いけど、陰で必死で直そうと血のにじむような努力をしているのを知ってるもん。
「もう、遥ちゃん驚かさないでよ……。早く行こ。遥ちゃんが来ないと始まらないよ」
「ほえ? 私はただのおまけだよ」
何故か奈々子はため息を吐いていた。
「はぁ……、遥ちゃんは私達の色んな事がわかるのに、自分の事はわからないのよね」
奈々子の言っている意味が本気でわからなかった。
私は頭を傾げながら奈々子の後ろを歩く。
奈々子の後ろ姿は前よりも力強い。
あの体育祭の一件があって以来、すっきりとした顔をしている。
如月もそうだ。部活仲間に思わせぶりな態度をやめて、真っ当な道を進んでいる。
でも、私は知っている。
如月はクラスで陰口を言われていて、ひどく傷ついている。
奈々子はまだ嫌がらせを受けている。
前みたいに大っぴらないじめじゃないけど、それでもクラスの女子から嫌われている。
お兄ちゃんが言っていたけど、女子同士のいざこざに口を挟むと余計ややこしくなる。
でも私は空気なんて読まない。
斉藤さんと宮崎さんは、私の初めての仲間だけど――
奈々子と如月は私にとって初めての友達。
私はお兄ちゃんよりも優しくない。
だから、友達の敵には容赦しない。
「遥ちゃん? 聞いてる? 二宮君が今日の登山で一緒に歩きたいって」
「あばば!? 聞いているって! あっ、形のキレイな松ぼっくりだ! お兄ちゃんに渡したら喜ぶかな?」
「もう、虫さんがついてるから駄目だよ。あっ、二宮くん」
林の出口には奈々子のクラスメイトである二宮君が立っていた。
奈々子が好んで読んでいる漫画の主人公のように、少年感を残した短パンが似合う男の子だ。
横には何故か二階堂君もいる。相変わらず無駄にイケメンだ。
笑っているけど、目が笑ってない。
二階堂君は私を射抜くような視線で見ている。
彼は優等生に見えて、人気者に見えて、性格が良さそうに見えて、何かが違う。
機会があって、彼の小説を読ませてもらったけど、どす黒い暗い意識の塊を感じた。
「二宮、行って来いよ。俺は『新庄君』のところへ行こうと思う」
「う、うん、見送りありがとう。奈々子さん、遥さん、来てくれてありがとう」
とても人の良さそうな二宮君。
奈々子に向ける視線が熱い。きっと素敵な恋が始まるんだろう。
私は二階堂君から視線をそらさない。
「遥さん、俺の方を見過ぎじゃないか? 安心してくれ。俺は『新庄君たち』が幸せになることを望んでいるんだから」
思わず私の心の声が漏れてしまった。
「むきーーっ!! なんかあんたは気に食わないの!! お、お兄ちゃんに色目使わないでよね!」
「うーん、彼はとても魅力的だからそれは難しいな。それに、小説仲間でもあるから話す話題も尽きない」
「わ、私だってお兄ちゃんが一番大事だもん! 松ぼっくり受け取ってくれたもん!」
投げられちゃったけど。
「ははっ、今日は俺と話すのが目的じゃないだろ? ほら、二宮がすごい目で俺を見てるぞ。嫉妬されちゃ敵わん。俺は行くぞ」
そう言って、二階堂君は二宮君のお尻をバシンっと叩いて去っていった。
なかなか良い音色が響いた。……悪くないのね。
私もお尻を叩くと、感情を切り替える事ができる。
トリガーの一種だと思っている。
去っていく二階堂君の背中を見ながら思う。
私はもう二度とお兄ちゃんに悲しい思いをさせない。
二階堂君からは、篠塚さんを二度と悲しい思いをさせない、そういう気持ちをすごく感じる。
だから、お兄ちゃんと篠塚さんには学校の嫌な空気に触れさせない。
嫌な気持ちは全部わたしが笑って受け止めればいい。
嫌われるのも、馬鹿にされるのも、苦しむのも、私だけでいいんだ。
「そんな悲しい顔しないでよ、遥さん……。僕は君の事が心配なんだ。なんだか壊れそうで怖いんだよ」
いつの間にか二宮君が私の横にいた。
ほえ……奈々子は!?
奈々子は私から一歩遠ざかり、私達を微笑んで見ていた。
「もう、遥ちゃんは自分をわからないんだから。二宮君が気になっている人は私じゃないよ。私は相談を受けてるだけだよ」
「ほええ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。状況がよくわからない。
よく見ると二宮君の顔が真っ赤だ。
「ぼ、僕は、遥さんと一緒にいたいんだ。……い、一緒に散歩しよ」
自分の顔が熱くなっていくのがわかる。あれれ? なんで私なの!?
お、お兄ちゃん、遥は人生最大のピンチです!
まさか自分が恋愛沙汰に巻き込まれるなんて思わなかったの……。
助けてお兄ちゃん!!!




