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幼馴染も義妹も……誰も俺を信じてくれなかった。今さら信じているなんて言われても、もう手遅れです  作者: 野良うさぎ(うさこ)
三章

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試着


 お祖父さん家はとても快適であった。

 1LDKもあり一人で暮らす分には広すぎる位である。


 俺はキッチンに立ってコーヒーを入れる。俺のはブラック。篠塚は、温かいミルクにたっぷりの砂糖とインスタントコーヒーを入れたものであった。


 二人のカップをテーブルへと運ぶ。


「コーヒーできたぞ。一旦休もうか」


「ん、ありがと。うーんっ! やっぱ連載って面白いな」


 椅子に座りながら背中を伸ばす篠塚。ちなみにジャージである。

 一番ゆったりできるからだ。


 俺が引っ越してから数日が経った。……えっと、友達宣言をしてからか……。

 あの後、俺たちにぎこちなさなんて無かった。

 友達なんて言う言葉に縛られない。

 自然体で過ごせばいい。


 篠塚はミルクコーヒーが冷めるまで、フーフーしている。

 俺はコーヒーを一口飲んだ。


「ところで冴子さんから全然連絡無いんだか……、書籍化は本当に大丈夫なのか?」


 書籍化の話し合いがあってから、数回メールでやり取りをしただけだ。

 必要な事は聞いたけど、全く連絡が無い。


「そんなもんだ。本になるのは時間がかかるからな。そのうち改稿ですげー忙しくなるから、今のうち更新しておけよ?」


「そういうものか。ところで俺が書いた恋愛小説はどうだ?」


 気晴らしに恋愛小説を書いてみた。今の俺の全力だ。


 篠塚は冷めてきたミルクコーヒーをすする。

 カップを見て少しだけ顔がニヤけている。


「……あれは……、恋愛なのか? いきなり踊りだしたり、バトルが始まったり……、勢いだけで全然恋愛してないだろ!?」


「そ、そうか、そんなに駄目か……」


 結構自信があったのに……、難しいな。


 それにしても不思議なものだ。誰も信じられない俺達が、二人で執筆しながら家でお茶をする。ちょっと前なら考えられない事である。


「篠塚の小説は確かに恋愛をしている……、俺は恋愛なんてしたことがないからわからん……」


 篠塚は慌てて否定してきた。


「ちょ、ちょっと待てや! わ、私だって……その、誰とも付き合った事ないし……好きな人なんてできた事ないし……、ただの妄想書いてるだけだし……」


「そうなのか?」


「そ、そうなの!」


 沈黙が流れる。でも、嫌な沈黙じゃない。孤独感を感じない沈黙。

 篠塚も穏やかな顔をしていた。


「えっと、え、遠足の準備したか? 三日後だぞ?」


「準備? 何をすればいいんだ? 特に何もしてないぞ?」


「もう……、動きやすい服に、小さめのバッグ、あとはガイドブックを見てどこから回るか考えるの!」


 遠足の話をすると、篠塚の口調が優しくなる。きっと楽しみにしているんだろうな。

 なら、俺も精一杯サポートしなくては。

 服なら――


「制服で行くんじゃないのか? 俺の私服はジャージしかないぞ?」


「…………マジ?」


 篠塚の顔から血の気が引いた。







「だから、休みの日でも制服着てたんだ……。盲点だった……」


 学校の休み時間、篠塚は俺を見てブツブツと文句を言っていた。

 篠塚だってジャージを着ている姿しか見たことない。

 なんだが理不尽な事を言われている気分であった。


「まあ気にするな。ジャージは動きやすいぞ?」


「そんなの分かってるって! ったく、制服姿が無駄に洒落男だったから気にしてなかったぞ!」


「やっぱり買いに行かなきゃ駄目か?」


「ああ、今日の放課後、ZARUで揃えようぜ。あそこだったら選べば安くてオシャレなものもあるし……」


 俺は素直に頷く。こういう時はディスティニー経験者である篠塚の言うことを聞いた方がいいだろう。


 ふと、教室の隅に、義妹と宮崎と斉藤さんが輪になって話していた。

 時折笑い声が聞こえてくる。

 こっちの方を向いていた宮崎だけが俺の視線に気がついた。


 宮崎は――感情を殺したような笑顔で、小さく頭を下げていた。

 俺はどんな反応をしていいかわからなかった。

 ……もう関わりたくない、と思っているはずなのに。懐かしい気持ちを思い出してしまう。


 篠塚がポツリと呟いた。


「新庄の幼馴染はやっぱ可愛いな……。私と大違い……」


 多分、俺に聞こえないと思っていたんだろう。


「そんな事はない――、篠塚だって……負けてないだろ」


「き、聞こえてたのか!?」


「ああ……」


 本当は、篠塚が綺麗だと言いたかった。だけど、恥ずかしくてそれが言えなかった。

 きっと、このくらいの距離感が丁度良い。俺と篠塚は――友達になれたんだから。


 篠塚は恥ずかしそうに、はにかみながら俯いてしまった。




 **************





 放課後のショッピングセンターは相変わらず盛況である。

 俺と篠塚は目的地であるZARUへとまっすぐ目指した。


「うっし、早速選ぶぜ。新庄は背が高くてスタイルがいいから選ぶ甲斐があるな。……ほら、これなんてどうだ?」


 篠塚はやけに気合が入っていた。俺としては適当な服でいいと思っている。

 ……そんな事言える雰囲気ではなかった。


「あ、ああ、よ、よろしく頼む」


 5月も後半だから暖かい日も多くなってきた。買う服は少なくて済みそうだ。


「おっ、このシャツなんてどうだ? とりあえずキープな。……このパンツも似合いそうだな」


 頼ってばかりじゃいけない。


「……篠塚、これはどうだ?」


 篠塚は俺が手に持っているTシャツを一瞥して、目を細めた。


「……却下。ってか、それは無いだろ!? なんで高校生がヒョウ柄シャツなんて着るんだよ! しかも黒だし! 中二病だと思われるぞ! ……まあ、正直何着ても似合うけどさ」


 ――なるほど、これは駄目なのか……。獣人っぽくていいと思ったんだが……。少しショックだ。


 俺は渋々とヒョウ柄のシャツを元の場所へ戻した。

 どんどん進んで行く篠塚の後を付いていく。

 ……こ、子供みたいだ。


 篠塚はどんどん服をかごの中に入れていく。


「そ、そんなに買うのか? か、金が無いぞ?」


「あん? 必要な分だけでいいだろ? これから試着タイムだ! ほら、試着室行くぞ!」


「あ、ああ……こ、これ全部か……」


 どうやら、俺は未知の世界に旅立つようであった……。




 そこから女性店員さんを交えつつ、俺の試着タイムが始まった。


「うんうん、大人っぽくて悪くないな。……でも、遠足向きじゃねーな」


「こ、これでいいだろ!?」


 俺は何着も試着をした。多分、一生分の試着をしたんじゃないか?

 ……慣れない事をすると疲れる。でも、篠塚は俺の試着した姿を見ると嬉しそうな顔をする。

 ――今日くらい良いか、と思ってしまった。


「次で最後だぞ!」


 篠塚は楽しそうに俺に服を渡した。俺はカーテンを閉めた。




 子供の頃の宮崎との出来事で、俺は一人ぼっちになった。

 本当の友達なんてできた事が無かった。

 友達だと思ってた人からは裏切られた。


 だから……、本当にこの時間はすごく楽しい。

 服を買いに行くことなんて初めてだ。友達と行くなんて初めてだ。


 友達ってなんだろうと思っていた。

 みんな仮面を被って、表面上の付き合いしかしてないのに、なんで友達って言うんだろう。そう思っていた。

 最後には裏切られる。それが俺にとって地雷であった。


 篠塚といると自然体でいられる。苦しくない。考えなくていい。

 友達って意識したこと無かったけど……、この感じが本当の友達なんだな。




 最後の試着を終えた、俺はカーテンを開けようとした。

 ――心の中で思ってしまう。

 もしもカーテンを開けて……篠塚がいなかったら? 笑いものにされてたら?


 ――問題ない。俺は悲しまないと思う。


 だって、俺と篠塚は……友達だ。そんな事が起きても、俺は篠塚を探して……探して……話して、また、一緒にいたい、と思っている。





 俺はカーテンを開けた――


 そこには――


 篠塚が俺を見て驚いていた。手で口を抑えて立っている。――安堵というよりも、嬉しさが勝る。

 篠塚の顔が赤くなっていた。


「えっと、うん……、あれ? なんて言えば……」


 女性店員さんが優しい口調で俺たちに言った。


「すごく似合ってますよ。今までで一番かっこいいです。ほら、彼女さんもすっごく喜んでますよ!」


「違います」

「ち、ちげーよ!?」


 篠塚は顔をそらしながら俺に言った。


「う、うん、それが一番似合ってんな……、そ、それにしようぜ! ……本当に似合ってるよ……」


 俺は試着した服のまま、ポツリと呟いた。


「……ああ、遠足楽しみだな。一緒に……楽しもう」


 俺は篠塚と一緒にいたい――

 やっと先生の言葉を理解した。


 ――篠塚なら裏切られても構わない。


 だから、俺はあの時――大切な友達って口走ったんだ。

 心からの言葉、消したくない思い。


「う、うん……、うんっ! 楽しみにしてるよ!」


 俺は笑顔の篠塚を見て、自然と笑みを零していた――



三章スタートです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ①不遇な少年の凍てついた心が徐々に溶けていく様子が非常に上手に書けている。 ②すぐに「ざまあw」となる文章構成が素晴らしい、読んでいて「早く!ざまあwをくれ!」となるストレスが無い。 …
[良い点] 面白いです! 一気にここまで読んで三回泣きました。 真くんとあんりちゃんが知り合えて本当によかった。 もっと幸せになるために、姫とか過去の残像なんか蹴散らして真くん頑張れ。あんりちゃん頑張…
[良い点] 一歩一歩前へですか。 [一言] 主人公と彼女も徐々に信頼感の醸成中なんでしょうが、覚悟した3人も適度な距離間おいて、見守ってていい感じですね。 如月はけりつけたんで、再接触とかしてこない…
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