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次の日はカトリナちゃんが私に「魔法」のコツと「武術」を教える番だ。
「いいですか。まずは私のやることを見ていてください」
カトリナちゃんが杖を一振りし、「火炎」と唱えると、一筋の炎が中空に向け走っていった。
「さあ、やってみてください」
私は頷くと、「火炎」と唱え、杖を一振りした。
炎はロウソクに灯った火のように小さくその姿を現し、ゆっくりと中空に進むと静かに消えた。
「!」
さすがに衝撃を受けた。同じ「火炎」持ちでもこうまで違うのか。
カトリナちゃんは静かに言った。
「同じ『武器』を使っていても、使う人の『技能』によって、威力は当然に違ってくるでしょう。『魔法』も同じです」
「……」
「いいですか? 全身のエネルギーが右腕に集まるようにイメージしてください。右腕が十分に温まったと感じたら、そのエネルギーが右腕から右手に……更に杖に伝わるようにイメージして……最後に杖の先端から発射するイメージ。それでもう一度やってみてください」
私はもう一度頷いた。イメージだ。イメージ。全身のエネルギーが右腕に……右腕に……温かいか? 右腕は温かいか? もうちょっと……もうちょっと…… よし、温かい。その温かさを右手に……右手に…… そして、それが……杖へ……杖へ……流し込むっ! 最後は……一気に押し出すっ!
「火炎」
今度は細いながら火の筋が中空に走った。
「!」
カトリナちゃんは腕組をして笑顔で頷く。
「やはり、素直な人は飲み込みが早い。これを繰り返して下さい。少しずつ火の筋が太くなっていく筈です」
あらら。そちらもこちらを「素直」と思っていた?
◇◇◇
その次の日はこちらが会計業務を教える。
カトリナちゃんは、相変わらず貪欲だ。これは会計事務だけに終わらせるのは惜しい。
「カトリナちゃん。クエストの進行管理や受付での人への話し方とかやってみる?」
次の瞬間、はじける笑顔を私は見た。
「えーっ? 本当ですかあ~っ! 嬉しいっ!」
◇◇◇
だが、楽しかったのはここまで……
そのまた次の日は自分の甘さを嫌と言うほど思い知らされた。
一昨日は「魔法」だったが、今度は「武術」。
お互いが杖を持って、向き合った時から、カトリナちゃんの目つきは鋭さが違った。
いきなり、私の持っていた杖は、カトリナちゃんの振った杖に弾き飛ばされた。
呆然とする私の左脇腹をカトリナちゃんの杖の一撃が襲った。
「ぐっ……」
衝撃に続いて、激痛がきて、私はその場に崩れ落ちた。
カトリナちゃんは崩れ落ちた私の前に立つと静かに言った。
「痛い……ですか?」
私はまともな呼吸が出来ず、返事が出来ない。
カトリナちゃんはそんな私にかまわず言葉を続ける。
「今のが『魔物』の中で最弱クラスと言われているスライムが体当たりした時と同じくらいの衝撃です」
「!」
冒険者の人たちが「雑魚」と呼ぶスライムの体当たりが、今の呼吸も出来なくくらいの衝撃!
「人はスライムにだって殺されるのです。さあ、立ってください。『魔物』は次の攻撃を待ってはくれません」
私は立った。私だってクルト君と共に戦えるようになりたい。そうなれなければ、私のカトリナちゃんに対する複雑な感情はいつまでたっても克服できない。
カトリナちゃんは予告なしに自分の杖を振るい、またも私の杖を弾き飛ばした。
ここで呆然としていただけでは、さっきの二の舞。攻撃を受けないよう距離を取りながら、弾き飛ばされた杖を拾いに行く。
(いまだっ)
カトリナちゃんの前を素早く駆け抜け、自分の杖を拾う。
そんな私の背中をカトリナちゃんの杖が襲うが、間一髪で回避する。
ここでカトリナちゃんがすこし笑みを見せる。えっ? と思った次の瞬間、私の杖は三度弾き飛ばされ、
今度は私の左肩をカトリナちゃんの杖の一撃が襲う。
「ぐうっ」
思わずうめき声が出て、またもその場に崩れ落ちる。
だが、カトリナちゃんは今度は全然待ってくれない。私は地面を転がりながら、次の一撃を回避し、何とか杖を拾って、立ち上がる。
次のカトリナちゃんの振ってくる杖を私は渾身の力で止め、とうとう弾き飛ばされを防ぐことができた……と思ったのも束の間、今度は杖をいったん引き、槍のようにして、私の鳩尾を打ってきた。
「うぐぼう……」
私は嘔吐するのではないかと思ったくらいの衝撃を受け、三度その場に崩れ落ちた。しかし、やはりカトリナちゃんは待ってはくれず……
「武術」の教習が終わった時、私の体は痣だらけだった。
私は思った。
(次に買って、覚える『魔法』は絶対『治癒』だ……)
◇◇◇
そんなこんなで、私とカトリナちゃんの相互教習は「会計業務」や「魔法」は和やかに、「武術」はスパルタで行われた。
そして、3か月が過ぎる頃、カトリナちゃんは立派に私の代わりにギルド受付が出来るレベルまで「技能」が上がった。
そして、カトリナちゃん本人は私に代わって、受付業務を請け負う日を作ることを望むようになった。私も賛成だ。実践に勝る「技能」向上の場はない。