ヌード写真撮影会
会社帰りの駅前で、年配の男から一枚のパンフレットを手渡された。
通行人に配っているようだ。
――どうせ何かの広告だろう。
オレは見ることもなく、背広のポケットの中にそれを突っこんだ。
帰宅後。
背広を脱いでいて、ポケットにパンフレットが入っていることに気がついた。
丸めて捨てようとした手がハタと止まる。パンフレットには「あなたもヌード写真撮影会に参加してみませんか」とあったのだ。
それは駅近くにあるカメラ店のものだった。
写真には興味がない。
カメラさえ持っていない。
ただ、ものがヌードである。
オレはパンフレットを食い入るように読んだ。
会場はカメラ店の写真スタジオ。素人歓迎、しかも参加費は無料とあった。
――どうせヒマだしな。
オレは四十歳過ぎても独身。ただその分、何をするにもだれにも気がねがない。
――カメラか……。
カメラは本人持参とあるのだ。
オレは職場の同僚に借りようかと思った。
――でもなあ。
すぐにその考えを捨てる。
何を撮るのだと聞かれ、まさかヌード撮影会に参加するとは言えまい。
――まあ、この際だ。
いずれ必要になることもあるだろう。カメラは買うことにした。
撮影会は明後日の日曜日にある。
それまでにカメラを手に入れ、使い方などを覚えなくてはならない。手っ取り早くパンフレットの店で買い、写し方はその場で教えてもらうことにした。
翌日の会社帰り。
オレはそのカメラ店に立ち寄った。
店は意外と小さかった。
「いらっしゃいませ」
個人経営なのか、五十歳ぐらいの店主らしき者が慇懃に出迎えてくれた。ヌード撮影会を主催するとはとても思えない。
「子供の成長を残してやりたいと思いまして」
オレは適当に理由をつけた。
「それはいいことで」
店主が並べられたカメラに歩み寄る。
「安物でいいんです」
ヌード撮影会の参加の目的は、撮影それ自体ではなく女性の裸を鑑賞することなのだ。
店主が一台のカメラを手にもどってきた。
「これなら簡単に撮れまして、値段も三万円ちょっとと手ごろです」
カメラのことなどまるでわからない。
オレは勧められるままに、店主が手にしているカメラを買うことに決めた。
「では、それで」
「ありがとうございます」
店主が満面笑みで頭を下げる。
そのあと。
使い方をおおまかに教えてもらい、オレは足早にそのカメラ店をあとにした。
当日の朝。
オレは撮影会の始まる十分前に到着した。
カメラ店の前に「写真スタジオは隣の倉庫」と立て看板が置かれてあった。カメラを肩にかけ、嬉々として隣接する倉庫に向かった。
そこにはあの店主がいて、オレを見ると笑顔で頭を下げた。肩にあるカメラを見て、それで撮影会に来たのがわかったのだろう。
「ここが会場となっていますので」
店主が指さす倉庫のドアには「ヌード撮影会場」と大きな貼り紙がされてある。
オレは気まずい思いもそこそこに、逃げるようにドアを開けて中に体をもぐりこませた。
倉庫の中は薄暗かった。
倉庫を改装してあるせいか、間仕切りのないフロアーはかなり広い。
中央には直径二メートルほどの丸くて低い台が設置されてあり、台の近くには十人ほどの男がたむろしていた。みなが中年といえる年齢で、カメラを持ってソワソワしているのがわかる。
撮影会が始まるのを今か今かと待っているのだ。
だれもが無言だった。
――みんな、オレと同じなんだろうな。
スケベエ心が丸見えである。
店主もそれがよくわかっていて、照明は撮影会が始まるまで弱くしてあるのだろう。
十分ほどのち。
部屋が明るくなって。中央にある台の上にカメラ店の店主が立った。
「みなさん、長らくお待たせしました。ではこれより本日のヌード撮影会を開催いたします」
男たちがカメラを準備する。
オレも肩からカメラをはずし、モデルがよく見えるようにと台のすぐ近くに進み寄った。
「ここで私からお願いがあります。時間は十分にありますので、一番前での撮影は、みなさん交代で行ってください」
みながふむふむとうなずく。
「そして、これはだけは守ってほしいのですが、どの位置からでも、どの角度からでも撮影されてけっこうですが、モデルさんには決して手を触れないようにしてください」
みながうんうんとうなずく。
「ではすぐに、本日のモデルが登場いたします」
店主が部屋から出ていった。
スタジオは再び薄暗くなった。
三分後。
頭から足元まで、黒い布ですっぽり包まれたモデルがスタジオに入ってきた。
みなが拍手をして出迎える。
モデルは中央に歩き進み、それから丸い台のステージの中央に立った。
同時に部屋の中が明るくなった。
モデルに向かって、天井の四隅からライトが照らされたのである。それはまぶしいほどに明るく、撮影用の照明なのか隣にいる男の顔の毛穴まで見えた。
モデルが布をずり上げるように脱いでゆく。
まず白い足首があらわれた。
――いよいよだな。
オレはカメラをかまえるふりをして、モデルが布を脱いでしまうのを待った。
布がモデルの肩を滑って台の上に落ちた。
まわりから歓声が上がる。
モデルは素っ裸だった。
――げっ!
オレはうしろに大きく退いていた。
だれもが我先にと前に進み出て、バチバチと盛んにシャッターを切り始める。
――こんな趣味の会だったとは……。
ステージの上には、一糸まとわぬ店主が立っていたのだった。