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2.

 僕の生まれたポグマド町の真ん中には、直径一キロ・メートリもある巨大な縦穴が開いていた。

 いや、町の真ん中に穴があると言うより、巨大な穴の(ふち)を囲むようにして町が形成されている、と言った方が正しいだろう。

 縦穴は、井戸のように地表面に対し垂直に穿(うが)たれていて、地表から三キロ・メートリ下降した場所に、黄褐色の泥状物質が()まっていた。

 その泥が一体(いったい)どれほどの量なのか……泥の表面から底までどれくらいの深さなのかを知っている住人は一人も居ない。

 縦穴は、町民や周辺地域の住民たちから〈大糞穴(おおくそあな)〉と呼ばれていて、ポグマド町には『肥溜(こえだめ)町』という何とも(ひど)い別名があった。

 この巨大な縦穴の底に溜まっている黄褐色の泥状物質は(くそ)……という意味だ。

 実際、住民たちは巨大縦穴に糞を捨てていた。

 町の家々の(ほとん)どは、縦穴の崖っぷちから穴の内側へ()り出す格好で建てられていた。

 どの家も、()り出した部分の先端に便所があり、(ゆか)に開けられた穴の上に便器が置かれていた。

 住民が排泄(はいせつ)した糞尿が(ゆか)の穴からそのまま巨大縦穴の底へ落ちるという原始的な仕組みだ。

 排泄物のほかに、台所から流れた生活排水やゴミも縦穴に捨てられる。

 それら人間が出す諸々(もろもろ)の汚物が混ざりあい、分解・熟成して、黄色い泥状物質が生成されると言われていた。

 もっとも、先祖代々どれほど長い年月をかけようと、たかが数千人の町民が垂れ流す糞尿やゴミだけで直径一キロ・メートリの縦穴の底を満たせるとは思えないから、実際には、黄褐色の泥の大部分は別の物質なんだと思う。

 何でこんな(くさ)い場所に人が住んでいるのかといえば、貧しい辺境の惑星(ほし)イールド唯一の輸出品が、この巨大な肥溜(こえだめ)の中に()んでいるからだ。

 縦穴の底に溜まった泥状物質の中には〈クリスタル・ゴキブリ〉という生物の幼虫が湧く。それが成虫になると泥の中から出て縦穴の壁面を這い回るようになる。

〈クリスタル・ゴキブリ〉の甲殻を切り取って磨くと、光線銃(ブラスター)の銃身内に組み込むレンズの原料となる。

 ゴキブリを原料にしたレンズのエネルギー効率は、お世辞にも高いとは言えない。天然高結晶ブースター・クリスタルの足元にも及ばず、せいぜい粗悪品の人工クリスタル並みといった所だったけれど、そのぶん加工が簡単で安上がりだった。

 広い銀河に戦争の絶えたことは無く、酒場に銃声の響かない夜は無い。銃を欲しがる人間は銀河じゅうに居た。だから、こんな辺境の星でもレンズを買い付けに来る商人が絶えた事はなかった。

 他の惑星から来た武器商人たちは、僕らが命がけで()った〈クリスタル・ゴキブリ〉の甲羅を「しょせん粗悪品だ」と言って安く買い叩いた。

 だから、僕らポグマド町民の暮らしは貧しく、厳しかった。

〈クリスタル・ゴキブリ〉は雑食性だ。

 人間が一定距離以内に近づけば、問答無用で襲いかかって来る。

 惑星イールドを出た今なら分かる。ゴキブリ・ハンターなんて(ひど)く割りに合わない仕事だ。

 でも、惑星イールドに居た頃は、人生に他の選択肢があるなんて想像する事も出来なかった。

 僕の父さんも、母さんも、祖父(じい)さんも、そして祖父さんの祖父さんも、そのまた祖父さんも、先祖代々、みんな〈クリスタル・ゴキブリ〉を狩る猟師だった。

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