No.9 甘い匂い
「早く!一緒に来てくれ!えっと……ブルーベル!?それともモモだったか!?」
「私は姉のブルーベルだ!髪や瞳がアイスブルーの色だろうが!っておい!そんなに引っ張るな!こっちは130センチの身体だぞ!もっと優しくエスコートしろ!モテないぞ!」
「うるせーよ!急いでるんだよ!さっきの広場はこっちで合ってるよな!?」
俺はブルーベル・パレットカラーという青髪の少女を連れて、早足で城壁前広場を目指していた。
先程のアスフィア・リ・コンソラトゥールから逃げる意味もあったが、俺は幼馴染ーー白雪あかねに会う事で頭がいっぱいだった。
すぐに広場に辿り着く。
しかしそこには、先程の騒ぎが嘘のように、人々は落ち着いた雰囲気を取り戻していた。
白雪はおろか、襲われていた少女の姿も見当たらないーー
「い、いない……!どこ行った!?白雪!どこだ!?」
俺は取り乱すように、周りをすぐさま見渡した。
それを横目で見たブルーベルは、心当たりを思い出す。
「なぁ、もしかしてあんたの探してるのってさ。あの白ドレスの様な衣装に、ライトブラウンの長い髪をした女の人か?」
「……そう!」
「あの頭に雪結晶のような髪飾りをつけたーー」
「そう!白雪あかねだ!さっきまでこの辺りに居たんだが……!」
「なるほどな。白雪あかね……あの”大物”を追ってるのか?まぁ凄い美人だしな。モデルみたいだ」
「”大物”……?」
「ん?なんだ?もしかして知らないのか?白雪あかねーーギルド『OASIS』のサブリーダーで、この世界じゃ名の通った有名人だ」
「待て待て待てーー」
いきなり出た、俺の知らない白雪の顔。
さすがに色々と予想の斜め上を行っている。
俺は続けて淡々と問い掛けた。
「ーーギルド?サブリーダー?何の話だ?」
「おいおい。白雪あかねを追ってるんじゃなかったのか?『OASIS』を知らないってどういう事だ?」
「悪い。色々と知らないんだ。と言うか、何も知らない……ここに来たばかりで」
俺の俯いた表情に、ブルーベルはハッと納得したように頷いた。
「そうかそうか。あんたもしかして、この異世界に来たばかりか」
「この異世界って……その言い方するって事はお前……!」
「オーケービギナー。悪かった。このブルーベルお姉さんが教えてやる。私はこの異世界に来て二年程の歴がある」
ブルーベルはうんうんと頷きながら、腕を組んでそう言った。
俺より遥かに低身長のーー更に確か中身は17歳と言っていたブルーベルを、とてもお姉さんと思えないが黙っておく。
「……よろしく頼む」
「まず、白雪あかねの所属しているギルドーー『OASIS』についてだが、あいつ等は人間を保護しながら、東に移動する旅団ギルドだ。もしかするともう移動したのか……」
「人間を保護……!?って待て!出発した!?だったら急いで俺達も後を追わないと!」
俺がすぐさま駆け出そうとした所で、ブルーベルが台詞を割って入る。
「そうは言うがビギナー。街の外はクリーチャーが蔓延る危険地帯だ。さっき街に侵入した……おっと、イカレ死神が招き入れた、あのゴブリンゾンビ達より遥かにレベルが高いのがうようよいる」
わざわざ皮肉を言い直していた。
それでも俺は、白雪に一刻も早く会いたい。
それに外がそれ程危険だと言うのなら、なおさら白雪を救ってやりたいと思うのだ。
先ほどのーーゴブリンゾンビに襲われた、少女の顔を思い出す。
そこで俺は、街の違和感に気がついたーー
「……おいブルーベル。ついさっきここで、少女がモンスターに襲われてたんだが」
「あぁ知ってる」
周りを見渡すと、その光景はこの場合異常と言う他なかった。
「街の住人ーー俺達以外の獣人等が、まるでここで何も無かったかのように、平然としているのは気のせいか……!?」
犬猫鳥、様々な姿の獣人がこの街のあちこちで過ごしている。
それにはもう何も驚きはしないがーー先ほど人間の少女が襲われたにも関わらず、それら獣人が平然と笑って立って歩いている。
今は騒動の直後だ。
本来事件が起きた後というのは、もっと怯えて萎縮したりするのが普通と言えるだろう。
ブルーベルがそれについて、淡々と話し出す。
「この街ーーというかこの異世界全てか。私達人間以外の獣人は全て、言わばNPCと言った所かな。隣で人間がモンスターに喰われていようとも、こいつ等は平然と飯を食い、可哀想と言いながら歯を磨いて寝る。人間とは普通に話すし、交流は出来るからこちらを無視はしないが、悪意の無い”無関心”って奴かな。まるで人間が、犬猫の喧嘩を見ているようなんだよ」
ブルーベルは犬猫の喧嘩と例えたが、俺には他の例えに心当たりがあった。
俺が学校でいじめを受けていた時、それを見ていただけの周りの人間がまさにそれ。
悪意の無い”無関心”とブルーベルは言ったが、被害者にとって”無関心”は、時に敵視と同等になると俺は知っている。
「敵は人間だけ狙うのか?この異世界は何なんだ?」
「先に聞いておくけど、あんたはこの異世界に来る直前ーー元の世界を離れる瞬間、何があったか覚えてるか?」
質問に質問が帰ってきた。
無知な俺は、仕方なく話の主導権をブルーベルに渡す。
「元の世界を離れる瞬間?えっとーー」
思い出すとあれは、他人に話しても信じられない出来事だった。
笑顔のアスフィーが、デスサイズで俺目掛けて、躊躇の無い一振りがあったこと。
「ーーく、首チョンパされた……」
思い出しただけで、今繋がっている首元が痒くなる。
ーーうええ……!気持ち悪い……!
あの時からーー初対面の時から、あのアスフィーと言う女はやばかった。
「そう。まぁ、詳しくは聞かないでおく。私達姉妹は、交通事故に巻き込まれてこの異世界に来た」
唐突にブルーベルが言った、自己の死因。
突拍子もない突然の話だっだが、すぐさま白雪のことを思い出す。
白雪は誘拐事件に巻き込まれ、犯人の手によって殺された過去を持つ。
俺達全員の共通点。
そして全員が行き着いたこの異世界。
「まさか……!」
「もう気がついただろ?この異世界はーー死後の世界」
ーーーー
ブルーベルが語った、異世界の詳細。
まだ不明点の多いこの世界で、先輩である少女は語るーー
「解っている事は、この異世界に転生してくる人間の共通点ーーそれは元の世界で、本来の寿命満期を迎える前に、自殺を除く何らかの理由で死亡する事」
「つまり年老いて死んだり、自分の意思で死んだ人間は来られない?」
「そういう事。自分の意思とは無関係に死んだ人間。天国だか地獄だか解んない所へ行く前に、不幸な私達はチャンスの機会として、この異世界に転生される……と、私達をここに送った別の死神がそう言ってた。ったく胸くそ悪い。来てみたらこの世界は、私達人間を喰うモンスターで溢れてる」
ブルーベルの言う人を喰うモンスターが、先ほどのゴブリンゾンビ達の事を指している。
「それで?俺達はここで何をしたらいい?チャンスって言うからには、この異世界から打開する何かがあるんだろ?」
「勿論ある。私達はそこを目指してる。この異世界の中心ーーそこに辿り着けば、元の世界に戻る事や、生まれ変わる事だって出来るって話だ」
「本当か!なら白雪と一緒にーー」
そこまで言った所で、ブルーベルは笑って言い返した。
「おいおいビギナー。来たばかりの初心者が随分強気じゃないか。もう一度言うが、外は敵がうようよといやがる。それにな。この街は世界の一番東端の街だ。中心に向かうにつれて、勿論敵のレベルが桁違いに変わってくる」
「……強いのか」
「レベルどころか、あんたはまず装備を揃えないと話にならない。何だその部屋着は」
そう言えば俺は、黒のスウェット姿で異世界に来た。
誰がどう見ても貧弱装備。
「死んだらどうなる?」
「この異世界で死んだり喰われたりしたら、天国にも行けずに消滅する。死神からそう説明受けただろ?」
「いや、あの変態死神は何も話してない……」
思えばアスフィーは、しなければいけない説明を一切せず、己の欲望のままに俺を求めるだけだった。
「だったらまず装備を揃える所からだ。お金はいくら持ってる?」
「金?300円しか持ってないぞ?」
「違う。この世界のお金だよ。さっきゴブリンゾンビ倒してドロップしてるだろ?掌を上に向けて広げてみな」
俺は首を傾げながら、言われた通りに掌を広げてみた。
すると突如黒い光が手の上に現れ、瞬く間に具現化し、硬貨数枚へと姿が変わった。
チャリチャリンーー
「おわっ!」
俺は思わず驚いたが、ここは魔法や特殊能力のある異世界だ。
そう考えたら不思議じゃない。
低身長のブルーベルが、俺の正面に周り、ぴょんぴょんと両手を上げて飛び跳ねた。
「いくらー!?いくらー!?」
俺の手が高くて届かないらしい。
仕方なくブルーベルの身長に合わせ、手を下げて硬貨を見せる。
「えっと、硬貨が……5枚か。これでいくらなんだ?」
「これで500ローだな。まぁギリギリ何か鎧が買えるかな」
ローと言うのはおそらくこの世界の通過単位だろう。
そんなことよりも今は時間が惜しい。
急いで周りのショップを見て回る。
店の前で剣を振り回し、その軽さや鋭さをアピールする武器店。
宝石を並べて、前を通る者に片っ端から声をかける雑貨店。
甘い匂いを漂わせ、その匂いで客を誘き寄せるように商売する飲食店。
様々な店が立ち並ぶその光景は、元の世界の繁華街を思い出す。
「よしとりあえず、服屋を探さないと。ブルーベルも知ってたら教えてーー」
振り返ってブルーベルの方に視線を向けた。
そこには予想外の光景があり、俺の台詞が途切れたのは仕方が無かった。
たった今まで、アイスブルーの色をした髪と服だったブルーベル。
けれど一瞬の間に、それらがピンク色へと姿を変えていた。
キョトンとした表情に変わり、上目遣いで幼い少女の優しい口調で俺に言った。
「お兄ちゃん……いい匂いする」
間違いない。
姉のブルーベルから、妹のモモへと代わっている。
どういう訳か、この二人はお互い同じ身体を共有し、こうやって入れ替わる。
モモは姉のブルーベルと違い、中身が見た目通りの幼い少女。
甘い匂いに釣られて、モモは空気を読まずに現れた。
この匂いは近くの菓子店から漂ってくる。
そちらをモモがじーっと物欲しそうに見つめ、ぎゅっと俺のスウェットの裾を掴んでいた。
「あ、あの……モモ?」
「……あれ、シュークリーム」
「う、うん。そうだね。けど急いでるからまたね」
「シュークリームだよお兄ちゃん……」
「わかってるよー。けど急いでるからねー」
「シュークリーム……お兄ちゃんあれ、シュークリーム……」
あれがシュークリームである事は重々承知だ。
そうじゃない。
俺は一刻も早く準備して、白雪の所在を追わないといけないのだ。
もはやテコでも動かない様子だったため、無理に腕を引っ張ってみた。
すると今度は俺の腕にしがみつき、少し泣きだしそうな表情を浮かべて、俺の表情をじーっと見つめてきた。
「うぅ……」
そのモモの熱い視線を逸らすことは出来ず、次の一言が俺の心を鷲掴みにする。
「お願い……お兄ちゃん」
次回投稿予定は11/19です!





