No.6 深い愛
野次馬が取り囲んでいたそれは、まさに地獄のような光景が広がっていた。
中学生くらいの人間の少女が、謎の化け物に押し倒されていた。
二足歩行の小柄なモンスター。
全身が腐敗した様子で、鋭い爪と歯がギラりと光る。
それは少女の半分位の全長だが、三匹で取り囲むように少女に襲いかかっている。
「いやぁぁ!!助けてぇぇ!」
ゲームや小説でよく目にする造形。
こいつらは恐らく、”ゴブリン”というファンタジーでは王道のモンスターだ。
しかし奇妙な点がある。
ゴブリン三匹それらの全身の肉が腐り、所々骨が剥き出しになっている箇所が目立つ。
ーー何だ……!?差し詰め”ゴブリンゾンビ”って言ったところか!?しかしどうしてこんな街中に!?
街の敷地内で、人間の少女がモンスターに襲われている。
こんなゲームのバグのような光景に、当然俺は困惑したがーーある疑問が俺を更なる絶望へと誘う。
ーー何で……誰も助けに行かないんだ……!?
これだけ野次馬がいるのにもかかわらず、誰一人として少女を助けに動こうとしなかった。
”可哀想”と口に出す者は何人かいた。
しかしこの場合、”可哀想”という言葉を選んでしまった時点で、自分が無関係の外野だと言っていることに気づいていないのだ。
俺はこの光景と同じ景色を知っているーー
正確には、この光景から見える少女の立場の方だ。
昔俺が虐められている時、クラスの連中はこいつらのように、俺を取り囲んで傍観するだけだった。
俺はそんな人間になりたくない。
こういう時白雪なら、真っ先に飛び出してーー昔のように他人を救い出すに違いない。
過去に白雪に救われた事が、数えきれない程あった。
その記憶を思い出した時点で、既に体が動き出していた。
「消えろぉぉ!!」
デスサイズを構えながら少女の元へ急接近。
少女に乗っかっていたゴブリンゾンビ目掛けて、右脚で思い切り蹴り飛ばす。
ドカッ!
ゴブリンゾンビの上体が後ろに跳ね上がり、俺はすぐさま次の斬撃に行動を移す。
後ろに引くように構えていた大鎌を、宙に浮いたゴブリンゾンビ目掛けて振り回した。
追撃が決まったかと思ったがーー
長身である大鎌のリーチを考えていなかったため、相手に命中したのは先端の切断部ではなく、手前の柄を当ててしまった。
とはいえそれは強い衝撃となり、ゴブリンゾンビを弾き飛ばすには充分だった。
「くそっ!何だよこの武器!重いし長すぎるし!鎌ってカッコイイなとは思っていたけど、こう使いにくいと戦えない!」
俺はすぐに辺りをキョロキョロと見渡しーー
野次馬の中で、先程の猫店主がいるのを発見した。
どうやら俺の後を追いかけて来たらしい。
猫店主は偶然にも、腰に刀をぶら下げていた。
俺はデスサイズをその場に投げ捨て、問答無用で奪うような勢いで、その刀を取り上げた。
「おっちゃん!この刀借りるぞ!」
「ちょっとあんた!待て!」
「あーそれじゃこれ買うわ!それでいいか!」
「そうじゃない!行くな!逃げろ!」
ーー逃げるわけねぇだろ……!白雪も逃げずに俺の事助けてくれた!そんな俺が……逃げるもんか!
握った感覚は思ったより軽い素材の片手剣。
名前は確かーーファルシオンとか言った、刀身が80センチ強といった長さで、剣先にいくにつれて大きく広がっているが特徴となっている刀。
決してどのファンタジー物でも、レア武器とは言い難い扱い位置づけの刀。
しかし元剣道部の俺にとって、戦いやすさは先程の大鎌よりははるかにマシになった。
欲を言えばもう少し長く、剣道竹刀程の長さが欲しいところではある。
これじゃ刀と言うより、大きなナイフの方が正しい気がする。
「まぁでも、こいつらの腐った肉を掻っ斬るには、十分……!」
手前のゴブリンゾンビと、先程奥に突き飛ばしたもう一体が、同時に俺目がけて駆け出した。
知能がないように見えるが、本能的に俺を危険視したかーー少女より俺を優先して襲ってくる。
先に俺に近づいた手前の一体。
鋭い右手の爪を立て、俺の腹部を突くように狙って来た。
俺はすかさず刀を左手に持ち替え、逆手にくるりと回して受け止める。
しっかりと直前で受け止めた。
刀の強度は申し分ない。
しかしその直後ーー右から回り込むように急接近して来た、もう一体のゴブリンゾンビに視線を向ける。
今度は両手の爪をたてて、獲物を狩ろうとニタァと不気味な笑みを浮かべていた。
「気色悪い面して近づくんじゃねぇよ!」
俺は急いで手前の一体を、右脚で思い切り蹴り飛ばす。
そしてすぐさま体制を低く落としーー
先程捨てたーーデスサイズを右手で拾い上げる。
「使い方分かんねぇけど、これならーー」
大鎌特有の、長すぎる柄を有効に使う。
少し引いてから、右から来る一体目掛けてーー槍棒の様に突き飛ばした。
ドカッ!
ゴブリンゾンビの顎を突き飛ばし、俺は右手からデスサイズをその場に手放した。
そして刀をパシッと左手から右手に持ち替え、追い討ちを掛けるように懐に急接近。
「一対多数の戦闘なんて、昔から喧嘩でよくやってたんだよ……!」
空を仰ぐように突き飛んだゴブリンゾンビを、上から刀を振り落とす。
凄まじい斬り込みで、一体のゴブリンゾンビを撃退した。
「よしっ……!あと二匹……!」
もう一体のゴブリンゾンビは起き上がり、俺に真っ直ぐ向かって来る。
そんな中ーー何故か最初から動かなかった一体が、俺ではなく少女の所へ駆け出した。
「おい!ちょっと待て!」
何故だ!?
俺より狩りやすい獲物が優先か?
ーー腹減って人間喰いたくて仕方ないってか……!?
俺は急いで奥の一体を追おうとするが、手前の一体が俺目掛けて襲ってくる。
「くそっ!邪魔するなー!」
反撃しようと刀を振り上げたーーその瞬間だった。
突如俺の背後から、聞き慣れた声が襲いかかった。
「私を置いていくなんて、酷いじゃないですか……童貞くんっ」
その甘い誘惑の様な優しい声はーー
振り返るとそこには、俺が置き去りにした美少女ーー死神。アスフィア・リ・コンソラトゥールの姿があった。
「アスフィー……!?どうして……!?」
「ふふっ。私が童貞くんの傍を離れるわけない……いや、”離れられないんですよ”私たち。深い愛で繋がってるんですから」
次回は11/13(水)投稿予定です!





