No.5 幼馴染と放課後
小さな身体と幼い顔立ち。
年齢は小学生5、6年生といった所で、身長は130センチ程のとても小柄な少女。
ピンクカラーのくりくりとした瞳と、髪も同色のロングヘアー。
頭部の大きな白のリボンがチャームポイントと思われるーー花のように可憐な美少女。
そして何より印象強かった物が、少女が身につけていたフリルの付いたピンクのワンピース。
まるで童話の世界から飛び出してきたかのような、ロリータファッションを身に纏う女の子だった。
どうしてこんな所に少女がいるのかーー
絶滅危惧種である人間の女の子が、目の前に現れたのかーー
そんな様々な思考が脳内で駆け巡るが、この後に続く少女の台詞で、俺の思考は一気にかき混ぜられたように混乱した。
俺を上目遣いで見上げながら、不安そうな口調で言った。
「お兄ちゃん。こんな所にいたらーー”死んじゃうよ”。逃げないと」
「……えっ」
思わずその意表を突く台詞に、面食らったように戸惑った。
しかしその少女の台詞の意味を、この直後俺は身を持って思い知らされることとなるーー
突如街の向こうの方から、大きな悲鳴のような叫び声が飛び交って来た。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
はっきり女性の声だとわかり、それがただならない事態であると予測できる。
その瞬間俺の頭の中で、白雪あかねの表情を唐突に思い出した。
昔失った、もう決して見ることはないと思っていたーー白雪の優しい笑顔。
人間が絶滅危惧種として認定されているこの世界ーー
人間の悲鳴が日常的に聴こえてくる世界ーー
こんな死と隣り合わせな異世界に、もし本当に白雪が何処かで待っているのだとしたらーー
「白雪……!!」
俺は思わず、悲鳴の聞こえた方へ駆け出した。
ーー悲鳴の正体を突き止め、そしてこの世界の敵を、この目で見ておくんだ。
「お、おいあんた!行くな!止まれ!」
しかし既に駆け出した俺の耳には届かず、頭の中は白雪の事でいっぱいで、他の音は一切聞こえなくなっていた。
ーー白雪……!白雪……!!
名前を心の中で何度も叫びながら、その名前を呼べなくなった日のことを思い出していた。
※
5年前のあの日に遡る。
白雪あかねという少女が、この世を離れるおそよ3時間前。
その日はーー憂鬱な平日の五日間がようやく終わりに差し掛かった、金曜日の放課後という学生にとってまさに至福の時間といった頃。
学生は明日からの二連休に浮かれ果て、俺もその一人だった。
この後俺達の目に何が起こるのか知る由もなかったーー
夕暮れの帰り道。
明日の出来事を思うと、胸高ぶる思いでどこかソワソワと落ち着きがなかった。
そんな俺の隣を歩く少女ーー白雪あかねが、頬を赤らめる俺を見透かしてクスッと笑った。
『なあに?照井くんどうしたの?』
『な!何でもない!』
白雪と二人きりで、あかね色に染まる帰宅道を一緒に歩いていた。
俺は思わず驚いて否定したがーー
『嘘だー。照井くん何か隠してるでしょ。さっきからニヤニヤしてるよ?』
白雪は楽しそうに、俺をからかって笑ってみせた。
何時も他人の嘘に敏感な俺だったが、どうやら自分の事になるとてんで苦手らしい……いや、白雪相手だと、どうしてか上手く嘘を使えない。
いつどうやって誤魔化そうとしても、白雪は笑って見抜いてくる。
『どうー?照井くんの事なら何でも分かっちゃうんだよ。ふふん……なんちゃって』
決して俺みたいに、他人の表情や思考を読んで嘘を見抜いてる訳じゃない。
俺は嘘をついた際に現れる、言動の辻褄合わせや、仕草の違和感を探って推理する。
それに対し白雪は、長年の付き合いで生まれた勘を容易に探り当てる。
白雪のような天然人物が、俺は世界最強のメンタリストだと思っている。
そもそも白雪のすごい所が、嘘つきの心を浄化する、可愛らしい笑顔にあると俺は思うーー
ーーって、何言ってんだ俺は。恥ずかしいわ。
『なんちゃってじゃねぇよ。白雪はいつもニコニコ笑ってるよな』
『いつもじゃないよ。流石に楽しい時しか笑わないよ……なんちゃって』
白雪が言ったその台詞を、少し深読みするとーーそれはつまり先程から終始ニコニコ笑顔の白雪は、ずっと楽しいということで……!
ーー白雪……俺と一緒に帰って楽しいのか。やばっ……めちゃくちゃ嬉しい!
白雪あかねーー
ライトブラウンカラーの、背中まで伸びた長いロングヘアー。
身長は150センチ半ばで、スタイルが細身で綺麗な容姿ーー頭に雪をモチーフとした、白い髪飾りを身に付けている。
整った顔立ちと社交的な明るい性格で、そんなクラスでも人気者の白雪だが、こうして俺と二人きりで帰宅していた。
帰り道が同じ方向だからという理由も勿論あったが、俺が学校でどれだけ遅くなろうとも、白雪はいつも校門前で俺の事を待っていてくれる。
学校中で勿論何度も噂は流れた。
俺と白雪あかねが付き合っているーー
俺が白雪あかねにお金を払って付き合ってもらっているーー等。
他にも心にもない酷い噂が幾つかあったが、白雪はいつも笑顔で俺にこう言ってくれるんだ。
『大丈夫。私はーーいつでも、いつまでも照井くんの味方だからね』
俺はその言葉に何度も救われて来た。
明日は白雪を遊びに誘っていた。
日は数日前に過ぎていたが、土日を使って白雪に誕生日を御祝いしてあげようと、俺は密かに計画していたのだ。
これから明日渡すための誕生日プレゼントを、予約したお店に取りに行く予定が控えていた。
白雪と二人きりでいられる貴重な時間。
勿体ないが、明日の誕生日をより幸せな時間にするためにーー
『白雪悪い!今日ちょっと寄る所があるんだ!』
『そうなの?私も着いて行こうか?』
白雪とショッピングは恐らく死ぬ程楽しいだろうが、サプライズをしたい今回だけは駄目だ。
『ごめん白雪!ちょっと場所が結構遠くだから!帰りもちょっと遅くなるかもだし一人で行くよ!』
これが、俺が白雪あかねに付いた最期の嘘となったーー
『ふーん』
ニヤケ顔で俺をじーっと見つめていた。
絶対嘘であることがバレている。
『……!』
しかし白雪は、俺の嘘に悪意が無いことを察してくれたのかーー
『まぁ、分かったよ。明日楽しみにしてるね照井くん』
『お、おう!任せとけ!絶対楽しい一日にする!』
『ほんと?ハードル自分で上げちゃってるよ?大丈夫?』
『大丈夫だ!どんなに高いハードルでも余裕で上回る楽しさだから!任せとけ!』
俺がそう言うと、白雪は本当に幸せそうな笑みを見せた。
大袈裟にぶんぶんと手を振り、スキップするかのように白雪は軽い足取りで帰って行った。
俺は急いでプレゼントを取りに、走ってお店の方へ駆け出したーー
一生来ない明日のデートを夢見ながらーー
この直後に白雪あかねは誘拐され、更にその1時間後ーー犯人の手によって悲惨な死を迎えることとなる。
※
そんな頭から離れない過去ーートラウマを思いながら、白雪の名前を心の中で何度も叫ぶ。
ーー白雪……!白雪……!頼む!俺はもう一度、お前に会いたいんだ……!
悲鳴の聞こえた方へ走る。
慣れない異世界の街を駆け抜け、街の外へと通じる城壁扉前へと差し掛かる。
そこには野次馬が群がっており、俺は掻き分けるように奥に入って行った。
「ちょっとすいません!ちょ!退いて!何なんだ!?」
強引に野次馬を押し退ける。
先の光景を見て驚愕する事となるーー
「な、なんだこれ……!?」
次回投稿は11/11(月)です!
お楽しみに!