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No.2 生涯使われることの無かったソレ

「口で俺に勝ちたかったら、引きこもり・ニート・童貞の三拍子を揃えてかかって来い」



 最後の一つはいらなかった気もするが、何より勝ててよかった。


 とりあえずすぐに警察に連絡をしないとーー


 そう思い部屋にスマートフォンを取りに戻ろうとした所だったーー



 その瞬間あの女の声が響き渡った。


 一つ先程と大きく違うのはーー今度は脳裏ではなく、俺の真後ろで現れた……耳元で囁かれた声だった。



「貴方の人生終了まで、後5分ですよ……童貞くん」





 突如背後に現れた女の声と、耳元に吹きかけられた甘い吐息ーー

 俺は当然飛び上がる様に、驚いてその場に崩れ落ちた。



「ふぁっ!?」



 突然の事に驚いた事もそうだったが、数ヶ月ぶりの生声ーーしかも本物の女性の声……吐息。

 その威力は童貞には刺激が強く、俺の全身の力を一気に奪いさるかの如く、俺は膝から床に崩れ落ちた。


 意識まで刈り取られそうになったが、咄嗟に歯を食いしばり、その場で体を前転させて距離を取った。


 息を吹きかけられた耳を手でガサガサと摩り、先程の天に昇るような感覚を掻き消しながらーー同時に赤らめていたそれを誤魔化すように、すかさず木刀を構えて睨みつけた。



「なっ!何者だお前!!」



 木刀の先ーー俺は目を疑ったが、そこに居たのは夢に出た……あの18禁女だった。


 片目を前髪で隠した、ライトなパープルカラーのショートカットヘア。

 全身を覆う黒いフード付きのコートマントと、大きな垂れ目の美少女。


 その夢の中の存在だった女が、今目の前でこちらを見つめて立っている。


挿絵(By みてみん)


 素肌をマントで被って隠しているが、もしも夢と同じならーーマントの下は、下着すらも身に付けていないはず……!



 そんな俺の思考をまるで読み取ったかのように……女はニヤッと笑い、突然自身のマントの下に手を入れ、自らの身体をわさわさと撫で回して見せた。


 そして少し頬を赤らめ、荒い息を吐きながら、俺の方へ潤んだ目で見つめながら笑って言った。



「夢の続き。したいでしょ?ねぇ……ド、ウ、テ、イ君。ふふっ、なあに顔赤くなってるの?」



「う、うるせぇ!質問に答えろ!お前は何だ!?何者だ!?俺に何か用か!?」



 首を左右に振り、理性を根性で抑え込む。


 そんな俺を嘲笑って楽しむように、女は恍惚とした表情で話し出した。



「私の名は『アスフィア・リ・コンソラトゥール』。気軽に”アスフィー”とお呼びください」



「……あ、アスフィー?長い名前だけど、日本人じゃないのか?確かに言われてみたら……!」



 アスフィアと名乗った女をよく見ると、確かに日本人とは違う、ライトパープルの髪と整った顔立ちーーそしてマントの上からだが、すらっとした細い体型で、それで置いて胸の大きさもかなりでかい……って何考えてるんだ俺は!?



「もう、またエッチな事考えてますね……童貞くんには困りましたね」



 俺の思考を読んだかのように、アスフィーはクスッと笑ってそう言った。



「か!考えてねぇ!」



 いや、単に俺がまた顔に出ていたのだろうか。

 だとしたら俺は余程性に余裕が無いと思われているのか……!



 アスフィーの色仕掛けは、俺を苦しめようと更なる追い打ちをかける。



「いいんですよぉ。私には我慢なんてしなくても」



 両手を俺に向けるように大きく広げ、笑顔でゆっくり近付いてきた。

 脚を敢えて俺に見せるようにか、アスフィーが歩くたび、マントから白い綺麗な太股が顔を覗かせる。



 それは息を呑むほど綺麗な、柔らかそうな美しい素足ーー


 しっかりマントで局部は隠れてはいるが……俺は、何も履いていないのを知っている。



「ちょ!ちょっと待て!」



「待たなくても……いいんですよぉ。ほら、ここに……本物の女の子が、いるんですからぁ」



「それでもーー」



 俺はアスフィーから離れるように、後ろに飛び退きながら言い放った。



「ーーダメだ!」



「……どうして?画面や本の中じゃない、本物の女の子が目の前にいて、その女の子が”貴方の好きにして良いですよ”って言ってるんですよ?」



 キョトンとした表情を浮かべるアスフィーだったが、本来この状況に困惑混乱して、キョトンとしたいのはこっちだと言いたい。


 それに、俺はーー目の前の美少女を触らない、譲れない理由があった。



「ダメなんだ!俺はお前にいやらしいことはしない!誰だろうと俺は手を出さない!」



 俺のそのセリフに、アスフィーはキョトンとした表情から、呆然とした表情に変わるのだった。



「……え?なんでですか?こんないい話、男の子なら誰だって飛びつくと思いますけれど……?」



「ごめん……!けれど俺は手を出さないって決めたんだ……!俺の初めてはーー」



 そこで俺は昔の記憶を思い出す。


 過去に1人だけいたーー俺を認めて励ましてくれる、今は”亡き”憧れの存在。



ーーーー



 俺が幼少期の頃からいつも一緒にいた、言わば幼馴染と呼べる女の子がいた。



 名前はーー白雪あかね《しらゆきあかね》


 ライトブラウンカラーの、背中まで伸びた長いロングヘアー。

 整った顔立ちと社交的な明るい性格で、クラスでも人気者の立ち位置にいた白雪だった。


 運動も勉学も共に励むーー”優等生”の称号と、”白雪”の名前に相応しい、とても心の白く清らかな少女だった。



 住んでいる家もかなり近く、幼少期の頃からお互いを知り、この世で唯一心から信頼できる相手と言える。



 彼女だけは周りとは違う。

 俺を国会議員の息子としてではなく、普通の男子ーー友人として接してくれた。



 実の両親よりも、白雪は俺を叱ってくれたし、慰めも、励ましもしてくれた。


 今でも白雪の笑顔は、1日たりとも忘れた事は無い。



《私はーーいつまでも照井くんの味方だからね》



 その言葉に何度も何度も救われた。


 そして言ってやりたかった。



ーー俺も、白雪の味方だよ。守るから。



 けれどそんな俺の声が届くことはなかった。



ーーーー



「ごめん……!けれど俺は手を出さない……!俺の初めてはーー」



 俺がそこまで言ったところで、アスフィーはボソッとため息混じりで口にした。




「白雪あかね……さん。でしたっけ?」

 


「……え??」



 俺は確かにたった今白雪の事を思い出し、自分の理性を押し殺していたが、口には出していない。


 混乱する中、アスフィーが続きを話し出す。

 ニコッと笑顔を作るが、その笑顔は何処か文字通りーー作り笑いを彷彿とさせる。



「白雪あかねさん……童貞くんの幼少期からの幼馴染。貴方のたった一人と言ってもいいでしょう。ご友人でしたね?」



「……なんで知ってんだ!?」



「ふふっ。そしてその白雪あかねさんはーー貴方々が15歳の頃、誘拐されて殺害されていますね」



 アスフィーの発言全てに間違いは無かった。


 身代金女子高生誘拐事件。

 この全貌はこうだーー



 帰宅途中の白雪が、黒い車に引きずり込まれ、その後の消息を絶った。


 数時間後。

 犯人と名乗る男から、身代金の要求が俺の親父宛に電話が架かってきた。


 女を返して欲しければ、金を用意しろーー

 身代金額は一億円だーー

 でないと女の命はないーー


 とてもシンプル、ありきたりな誘拐事件。


 これの目的は親父の財産目当て。

 後で犯人の自供で分かったが、誘拐するのは別に俺でも構わなかったらしい。


 その凄まじい金額は、とても白雪の両親には払えない額だった。



 白雪は皮肉な事にーー

 一人息子である俺の、唯一の友人であったために狙われたのだ。



ーーそんな惨い話があるか?



 そして俺の親父は、首を左右に振った。


 これに素直に応じれば、今回の事件を知った第三者が更に狙って来る危険があったためだ。



 金と世間の目、白雪は親父の小さな天秤に掛けられーーそして殺された。



「白雪は俺と仲良くしてくれてただけなんだ!たったそれだけで殺された!ふざけんな!!」



 俺は思わず感情が昂ぶり、泣き出しそうになった。


 アスフィーがそんな俺を抱きしめて、頭をよしよしと撫でた。


 温かな柔らかい肌の感触ーー

 甘い女の子の匂いーー


 それらがとても心地よく、まるで時間の流れを忘れさせるようだった。



「私が貴方を幸せにしてあげますよ。全部忘れさせてあげます。女はそうやって、男を癒すんです」



「……お互い好きな人同士じゃないと!愛がないとダメだ!俺は白雪を忘れられない……!」



「絵に書いたような童貞ですね貴方……」



 アスフィーは呆れて言い返した。


 しかし俺の赤面した必死な表情を見ると、すぐにクスッと笑って続けて言った。



「全く、童貞くんは優しい人なんですね」



「なっ!?急に何だ!?」



 急に褒められた。

 意味が分からない。


 それにその”童貞くん”って呼ぶのを辞めてもらいたい。


 

 アスフィーはニコッと笑みを見せる。



「優しい童貞くん。貴方を”助けに来れてよかった”です」



 そう言って俺の顔に、ふくよかな胸をぎゅーっと抱き寄せるように押し当てた。


 マシュマロのような柔らかい感触が、俺の顔を包み込む。



 けれどアスフィーの言った台詞の違和感に、俺はすかさず尋ねた。



「えっ!?助けに来れて!?さっきの強盗の男の事を行ってるのか!?それなら悪いけど、俺が一人で倒したがーー」



 俺がアスフィーに向けてそう言ったが、その返答は隣のアスフィーからではなくーー廊下の方から、低い男性の声で返って来た。



「これは手前がやったのかー!!」



「へ?」



 俺は突然の事に、あまりに間の抜けた声で返してしまった。



 廊下の方に視線を向けると、そこには先程倒した男と同じ格好をした、別の中年男が此方を睨んで立っていた。


 激しく怒り、殺気立った表情だということがすぐ分かる。



 アスフィーがこの状況の中、俺の耳元に顔を近づけてーー優しい口調でボソッ囁いた。



「……人生終了まで、あと30秒ですよ。これで白雪さんを忘れられますね」

 


 もう完全に回避したと思っていた、俺の余命宣告のカウントダウン。


 俺はすぐに表情を青ざめて絶望した。



 相手は当然、右手に拳銃を所持している。


 今度は完全にお互いの姿が、障壁一つ無く見えていてーー

 敵の足元に、敵の仲間が俺の手によって倒されて気を失っているーー


 今度こそ完全に、敵を『嘘』で誤魔化すことが許されない。



 こうなれば俺に勝ち目はない。


 反撃も逃走も、この状況で作り出せる隙なんかあるはずが無い。



 アスフィーはこの状況にも関わらず、ニコッと笑顔でーーあくまで外野のひとことを言うのだった。



「ふふっ。どうせ死ぬんだったら、最後に女の子を思う存分抱きまくって、その生涯使われることのなかったソレで、私の色んなお口に抜き差ししたかったですかー?」



 そう言いながらアスフィーは、恍惚の表情で俺の股間を、ツンツンと指先で優しくつつくのだった。


 

 俺は満面の笑みをアスフィーに見せ、なるべく優しい口調で本音をぶちまけることにした。



「いや。お前の色んな口に、ぶっとい木刀ぶっ挿せばよかったな。このドスケベ変態痴女が」



 俺の内なる怒りはお構い無しに、男は銃口を此方に向ける。



ーーくっそぉぉぉ!!!



 最後くらい男らしく、暴れて抵抗してやろう。

 男に飛びかかるような勢いで駆け出そうと前に出たーー所だった。


 俺の後ろでアスフィーが、やはり変わらない落ち着いた口調で言った。



「私は言いましたよ。”貴方を助けに来た”と」



 アスフィーはそう言った。


 俺は一度、視線を後ろのアスフィーの方に向ける。

 そこにはーー



「……え?」



「大丈夫です。痛みはありませんーー『一瞬で終わります』」



 何処から取り出したのか、巨大な大鎌を持って、ニコッと笑みを浮かべてそこに居た。


 銀色に光り輝く鋭利な、曲線の刃物ーー


 後ろに引くように構えていた。

 そしてーーアスフィーが回した一振りの瞬間、俺の視界だけが地面に向かってストンと落ちていった。


次回投稿は11月5日です!

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