No.13 姉妹特製
「あら……道を間違えましたね。これはこれは……童貞くんの周りに纏わり付いていた、自称妹ちゃんこんにちは」
ニコッと深みのある笑みを浮かべたーーアスフィア・リ・コンソラトゥールとのご対面。
逃げ場のない、追い込まれた狭い洞窟の奥深く。
入口に繋がるたった一つの退路は、アスフィーが立ち塞いでいる。
ブルーベルは刀を構えながら、一定の間合いを保ちながら睨み付ける。
心で震えて怯えているモモに、姉のブルーベルは視線を逸らさず言い聞かせた。
「大丈夫だモモ……!お姉ちゃんが付いている……!」
そんな一人芝居にも見える光景に、アスフィーはクスッと笑った。
「ふふっ……ねぇ、ねぇねぇねぇ……私の童貞くんに、気安くお兄ちゃんなんて馴れ馴れしい態度を取っていたのは、貴女でしたか?それとも中にいる妹の方でしたか?」
アスフィーは笑顔を絶やさずーーしかし目や台詞は決して笑ってはいなかった。
そしてアスフィーの後ろから見える、持っていた大きな黒い鎌が殺意を表していた。
一瞬でも隙を見せれば、あの大鎌がこちらを襲う。
アスフィーは脱力したように、怠そうに肩を落としている。
愛しの童貞くんに拒絶された後だ。
いつどのような狂気な行動を起こしても不思議じゃないーー
「私等を殺したとして……それで悠也が喜ぶと思ってんのか……!?」
「……ううん違いますよ。私はただ、童貞くんに私の事を見ていて欲しいだけなんですよ。それが例え憎しみや殺意であったとしても……私は嬉しいーー」
向けられた憎しみの視線を思い浮かべ、アスフィーは狂ったように、恍惚の表情を浮かべた。
脳裏で何度も、愛しの童貞くんを思い浮かべるーー
そして興奮しながら、自身の身体を火照らせる。
「ーーはぁ……はぁ……童貞くんっ!会いたいよぉ童貞くん……!」
もはやその異常な光景に理解出来るはずもなく、ブルーベルは覚悟を決めて動き出した。
「お前は死神ですらない!悪魔だ!」
刀を腰に構え、居合いの姿勢で踏み込んだ。
アスフィーは慌てること無く、大鎌であっさりと刃を受け止めるーー
「私……別に子供は嫌いじゃないんです。童貞くんと近い将来作る事になるのですからーー」
アスフィーにとって、所詮は子供相手と言わんばかり。
腕力が勝るアスフィーは、小柄なブルーベルを突き飛ばす。
「ーーしかしです。童貞くんに群がる害虫は別ですよ」
後ろに飛ばされたブルーベル。
すぐさま受け身をとって体制を戻す。
「酷い言い草だな……!少なくとも私たち姉妹は、あんたよりよっぽど綺麗で可愛い女になるんだ!行くぜモモ!」
挑発する台詞を吐き捨て、背中からモモの弓矢を取り出したーー
それを見たアスフィーは、咄嗟に大鎌の柄を顔前に突き出してガードを作る。
「……!」
ブルーベル達姉妹は、洗練された連携を可能にする。
「モモ!下だ!」
刹那ーー
姉のブルーベルから、妹のモモへと入れ替わる。
流れるようにモモは弓を引き、すかさず一撃を放つ。
「アビリティ”マジシャンプレイ”ーー『フレアシューティング』」
それは以前に一度、アスフィーにダメージを与えたモモの技。
赤い光を纏う、爆破する矢である。
身をもって経験していたアスフィーは、触れる前に対処に動く。
空中で矢を狙いーーデスサイズを振り回して撃ち落とす。
長いリーチを誇る大鎌は、身体に爆炎を浴びることなく、離れた位置で矢を爆破させた。
「一度見た技ですよ……!」
アスフィーにダメージは与えられず、辺りに黒い灰が充満するだけだった。
しかしこれはーー姉妹にとって、予測通りの算段内。
「知ってるよ……」
モモは素早く駆け出したーー
充満した灰に隠れるように、アスフィーの横を滑り込みで掻い潜る。
灰の中から勢い良く飛び出すと、すかさずモモはブルーベルと身体をバトンタッチ。
「よくやったモモ!」
ブルーベルに変わると、身体をパッと反転させ、灰の中にいるアスフィーに向けて手を広げるーー
灰の中にいたアスフィーは、ブルーベルの声を聴いて直感した。
「今度は姉に変わった……!?まさかーー」
姉のブルーベルは、モモとは対照的にーー主に氷を使った『プレイ』を得意としていた。
ニヤリと笑ったブルーベルが、抜け出した灰に向けてーー凍てつく斬撃を振るう。
「アビリティ”ソードプレイ”ーー『アブソリュートゼロ』」
直訳で『絶対零度』を意味する。
空気が氷点下ーーマイナスを下回り、大気が一瞬にして凍り付く。
空気中の二酸化炭素が、モモの作った爆炎によって大量発生。
発生していた二酸化炭素ーーすなわち炭酸ガスが、『絶対零度』により凝固点を下回るとどうなるか。
ブルーベルはニヤリと笑みを浮かべたまま、目の前の惨状に言い放つ。
「炭酸ガスが凍って固まるとどうなるか……!私達姉妹特製ーー”ドライアイス”の出来上がりさぁ!」
アスフィーを閉じ込めた、灰で出来た大きなドライアイスの壁が出来上がった。
ブルーベルは吐き捨てるように、ボソッと台詞を黒いドライアイスに言い残す。
「人間舐めるなよ……!」
入口の方を向き直し、来た道を戻るべく走り出す。
死神に連携で勝利した姉妹は、肩の荷を下ろした気持ちで、足取り軽く駆けていた。
「モモやったな!私達死神に勝ったんだぞ!元の世界に戻ったら、母さんと父さんにこの事を話してやらないとな!まぁ二人共信じてくれるわけないと思うけどーー」
ダッ!!!
ブルーベルの台詞を搔き消した、突如襲った謎の衝撃。
身体が宙に投げ出され、洞窟の壁に背中を打ち付けた。
「……がっ!」
一体自分に何が起こったのかーー
激痛に堪えながら、急いで顔を上げて確認する。
そこには今にもこちらを噛み砕こうとする、牙を剥き出しにしたゴブリンゾンビの姿が目前にあった。
ウガァァァ!
「なっ!っ!この……!」
ブルーベルはすぐさま刀を拾い上げ、突き刺すように相手を凍り付けにした。
「アビリティ”ソードプレイ”ーー『スノウメルト』」
凍てつく刃が、ゴブリンゾンビの首を撥ねる。
どうしてこのモンスターの接近に気が付かなかったのかーー
考える間もなく次の衝撃が襲い掛かった。
ガジィ!!
それは何者かが、ブルーベルの右脚を噛み砕いた鈍い音。
「あぁぁ!!!」
ブルーベルは痛みを叫びながら、振り返って足元を確認したーー
そこにはーー
「嘘……!」
足元だけでない、地面の所々に黒い影のような光が現れていた。
その全てから、無数のゾンビモンスターが這い上がるように出現してきていたのだ。
「何だこれは!?くそっ!」
ブルーベルは刀に青い光を灯し、足元で噛み付いている一体を、再度『スノウメルト』を使って切りつけた。
ゴブリンゾンビの胴体を真っ二つにしたが、噛み付かれた右脚が酷く痛む。
幸い骨は無事だったが、傷の出血が酷い。
「痛てぇ……!妹の身体だってのに……!」
入口までの唯一の道を、大量のモンスターが行く手を阻んでいる。
これを引き起こした、地面に現れた黒い光ーー
他人による、『プレイ』を使った際に現れる光。
自然現象ではなく、このモンスター大量発生は間違いないーー故意によって引き起こされている。
狭く密集した洞窟内は、弓をはじめ遠距離攻撃を主とするモモでは、相性が悪く危険が及ぶ。
そうでなくとも、この危機的状況でブルーベルが妹に替わるはずがない。
「モモ!お前は絶対出てくるんじゃねぇぞ!」
刀に青い光を灯しながら、目の前の敵から立ち向かって行った。
「”ソードプレイ”ーー『スノウメルト』」
続けて何度も同じ『プレイ』を使用し、次々と敵を斬り倒して道を開く。
しかし地面から黒い光が現れては、そこから新たな敵が湧いてくる。
敵の数は一向に減らず、開いた道がすぐに敵で塞がれる。
ブルーベルの疲労がみるみる溜まっていくーー
「はぁ……!はぁ……!キリがねぇーー全部凍らせてやる……っ!……あっ!」
とうとう恐れていた事が訪れたーー
胸に激しい苦しみが襲い掛かる。
『プレイ』の連続酷使で、ブルーベルの”霊力”が限界を知らせていた。
魂の霊力を消費して発動させる『プレイ』。
使い過ぎれば心が消滅し、実質的に死ぬ事になる。
姉の苦しみを知った中のモモが、強引に前に出るように入れ替わった。
髪や服がピンクに変わり、モモが弓を取ろうと素早く動き出す。
「お姉ちゃんは休んでて!後は私がーー」
モモとブルーベルは当然ながら、それぞれ別の魂を、ひとつの身体に宿していた。
すなわちブルーベルの霊力とは別に、モモはほぼ万全の状態で活動できる。
しかしモモの台詞が途中の所で、再び強引にブルーベルが入れ替わった。
「黙ってお姉ちゃんの言うことを聞け!お前は私が死なせない!そうお母さんとお父さんに約束したんだ!」
刀に力を込め、冷気を放つ一点突破。
「”ソードプレイ”ーー『アブソリュートゼロ』」
突き刺すように刀を振るい、重なる敵モンスターを纏めて凍り付けた。
同時に胸に重い苦しみがのしかかったが、踏ん張るように早足で氷の間を走り抜けた。
一瞬モモが割り込んで入れ替わる。
「約束って……!それは病気の私を、お母さん達に任されたからーー」
すぐにまた、ブルーベルが入れ替わって怒鳴り散らす。
「違ぇ!お前がなぁモモ……!病気だろうが、そうじゃなかろうが……!私はお前が大好きなんだ……!だから、関係なくずっとお前を守るんだ……!」
眩暈の瞬間、隙をついてまたもモモが前に出る。
「じゃあずっと私のそばにいてよお姉ちゃん!このままだとお姉ちゃんがーー」
再び髪が青に戻り、下から飛び出したモンスターに気がついたブルーベルは、躊躇い無く『プレイ』を使う。
モンスターを地面ごと凍らせ、胸の苦しみを悪化させた。
けれどそんな状況の中で、ブルーベルは笑顔を見せる。
「私はね、モモ……嬉しかったんだ……!」
ふらつく足でも、絶対に倒れること無く前に進む。
姉のブルーベルは、妹に意地を見せていた。
モモが心の中で、恐る恐る聞いてきた。
ーー嬉しい……?何がなのお姉ちゃん?
「……お前が、悠也っていう……”お兄ちゃん”と呼べる相手を見つけてくれて……」
ーーそれの何処が……?
「昔から身体の弱かったお前は……口を開けばお姉ちゃんお姉ちゃんって……」
ーーうん……大好きだから。お姉ちゃんのこと
「そんなお前に……任せていいって、思える男が出来たんだ……」
ーー任せるって……!?
「悠也は……お前の、新しいお兄ちゃんは……死んでも守ってくれる、優しいお兄ちゃんだ……」
消えていきそうなブルーベルの声に、モモは思わず強引に、姉を止めるべく入れ替わる。
「ダメお姉ちゃん!死んじゃうよこのままじゃ!お願いモモを一人にしないで!」
涙を流して叫んだ瞬間、ブルーベルが最後の力を振り絞ってーーモモを心の奥底に押し込めた。
「一人じゃねぇ!お姉ちゃんが悠也の所に連れて行く!」
地面や壁から、またも無数の敵モンスターが大量出現ーー
ブルーベルは急いで、今まで貯めたプレイポイントを振り当てた。
表情がぐちゃぐちゃになるまで流れていた涙はーーモモが流した悲しみの涙か、それともブルーベルの感謝の涙か分からなくなっていた。
「アビリティ”マジシャンプレイ”ーー『ダイヤモンドダスト』」
ブルーベルの身体が青く光り、辺りに細氷を発生させた。
洞窟内はモンスターの全てを含む、氷室を超える氷点下の空間を作り出す。
やっとの思いで洞窟の外に辿り着きーーブルーベルはすっと意識を失い倒れ込んだ。
ーーごめん……父さん……母さん……モモを、連れて帰れなかっ……
ドサッ!
地面に倒れ込んだ瞬間、ハッとモモが目を覚ます。
服や髪から青の色が消え、モモだけが残されたーー
前髪の一部に、ブルーベルの青い髪だけ残されてーー
「お姉ちゃん……?ねぇ、お姉ちゃんてば……?」
モモの呼びかけは虚しく、中にいたブルーベルの意識はーーはっきりと確かに無くなった。
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