No.11 悶々とする気持ち
俺とブルーベルは、白雪あかねの所属するギルドーー『OASIS』の後を追って歩き出す。
※
同時刻ーー
ここから南東に10km先の地点で、次の街を目指して歩いていた集団がいた。
『OASIS』の隊列ーー
先屈強な肉体を持つ、長身の”ヒエロニムス”隊長が、白い大剣を背中に背負って先頭を歩く。
生前はヨーロッパに住む、元軍人というキャリアと、40歳という最年長と、高いカリスマ性から隊の指揮を任されている。
最後尾を任されていた、隊のサブリーダーであるーー白雪あかねはここに来るまで間、悩みを抱えながら歩いていた。
「あれは照井くん……いや、もしほんとに照井くんだったら……」
ボソボソと呟きながら、幼き日の照井悠也と、先程のーー街で聴いた声を思い出して脳裏で繰り返す。
『白雪ー!!!俺だー!!!』
後ろの方から、わずかに聴こえた男性の声。
しかし白雪が声の方を振り返った時には、闇の光がその何者かを飲み込んで、連れ去るように消滅する瞬間だった。
誰かが確かに”白雪”と叫んだ。
白雪の事を知っている人物。
顔や姿は見えなかったが、白雪にはあの男の声が、生前の頃の幼馴染ーー照井悠也である気がしてならなかった。
ーー今すぐ街へ戻りたい。行って本人かどうか確認し、会って胸の内を打ち明けたい。
白雪はそう何度も、心の奥底で叫んでいた。
悶々とする気持ちで進む中、白雪の隣を歩いていた少女が声を掛けた。
「だ、大丈夫ですか……?」
それは先程白雪が救出した、中学生くらいの少女だった。
今は『OASIS』が保護し、一緒に行動を共にしている。
人間のいない街で独りで生きるより、共に行動した方が安全であり、少女にとってもそれが安心だ。
この異世界に転生してきたばかりらしく、不安であるはずの少女。
そんな少女に顔色を見られ、心配までされた。
ーー何やってるの私は……!隊の皆を守る立場なのに……!いつまでも思い悩んでちゃみっともない!
自信に説教するように、脳内で喝を入れて気合を入れ直す。
「ありがとう。心配かけてごめんね。ちょっと確かめたいことがあったの」
頭に付けていた、雪結晶の髪飾りに手を当てる。
これは幼少期に貰った、白雪の生涯たった一つの想い出の品。
白雪にとって、これは御守りの役割を果たしていた。
ーーうじうじしてちゃダメだよね……!照井くんに笑われちゃう……!照井くんに、強く可愛くなった私を見てもらうんだから!
白雪は早足で、隊の最前列へ足を急ぐ。
「隊長……!ヒエロニムス隊長!」
隊長のヒエロニムスは足を止め、後ろから来た白雪の方を振り返る。
「どうした白雪?」
「お願いがあります隊長!私に先程の街でもう一度、避難民の救助に向かわせてください!」
「その話か……!お前の幼馴染がいたかも知れないと言う……」
「はい!とても大切な人なのです!だからーー」
白雪は数分前、隊長にこの件を伝えている。
しかし先程は敵モンスターの襲撃に合い、OASIS一行は街を離れてしまう。
救出した人々を逃がす為、戦いを避けながら移動して、白雪達は街から遠ざかってしまった。
ヒエロニムスは掌を広げ、念じるように目を閉じる。
すると掌の上にアイテムを出現。
綺麗に巻かれた一枚の紙。
縛ってあった紐を解き、紙を広げて地に置いた。
アイテムーー異世界地図。
隊の全員がそれを囲み、ヒエロニムスが地図を指差しながら話す。
「これはこの異世界の全体図だ。各街やダンジョンの詳細は、その場で別に入手する必要があるが、今は異世界全体を諸君等に語るからこれでいいーー」
地図一面に、大きな楕円形の大陸が描かれていた。
「ーー先程いた街は、この異世界で最も東に位置する街。そして我々は今、そこから外周を沿って北に向かっている。皆思い出したくない、辛い過去を掘り起こす事を言うようで悪いが、我々人間が死んで異世界転生してくる際、この異世界の外側に位置する、東西南北いずれかの街から始まる」
救助民を含め、隊の全員が黙ってうなづいて話を聞いた。
「我々ギルドーー『OASIS』は、外側各都市を巡り、皆のようにこの異世界に放り出された民を救い出す使命がある」
そこまで言ったヒエロニムスは、隣で聞いていた白雪の方を向いて言った。
「いいか白雪。我々は一刻も早く、次の街へ辿り着き、一人でも多くの同志を救い出さねばならん」
「分かってます!ですがーー」
白雪は幼馴染の顔を想いながら言い返す。
けれどその途中で、ヒエロニムスは台詞を遮るように言う。
「我々は立ち止まる訳にはいかない。もう誰も殺させる訳にはいかない。だから白雪ーー急いで戻り、お前の大切な人とやらを救い出せ」
「えっ……!」
白雪は思わず隊長の言葉に驚いた、
それもそのはず、OASISが遅れれば人が死ぬと、隊長の話が無くとも分かっていた。
だから白雪は反対される覚悟で、ヒエロニムスに意見した。
しかしヒエロニムスは同意した。
地図を片付け、剣を抜いて背を向ける。
「悪いが同志が待っている以上、OASISは止まらず次の街を目指す。だから白雪……急いで戻り、生きて我々に合流しろ。この命令に違反した場合、お前を来世まで呪い罰するから覚悟しろ」
「隊長……!」
「お前の大切な人も、我々人類の同志だ。例外なく、OASISがーーサブリーダーのお前が救う。早く行け」
「はい……!」
白雪は思わず泣きだしそうになった。
しかし隊のみんなと、後ろを任せてくれた隊長の想いに応えるため、涙を堪えて返事する。
隊の別の男が、ヒエロニムスにおそるおそる問い掛けた。
「よろしいのですか?」
「案ずるな。白雪がいない間、俺が白雪の分まで隊を護る。そのための隊長だ」
「い、いえそうではなくーー」
男はチラリと白雪の方に視線を向ける。
その様子をみたヒエロニムスは、察したように男の肩に手を置いて頷いた。
「白雪の心配か?悪い知らせだが、白雪にはもう心に決めた別の男がいるようだぞ?その男に会いに行くのだろう。白雪の目を見ただろう……心に堅い覚悟を決めた顔だ。こういう時人は強い」
ヒエロニムスの台詞を聞いた白雪は、顔を真っ赤に染めて取り乱した。
「た、隊長……!べ、別に彼とは”まだ”そういう仲じゃ……!」
男に会いに行くことを肯定させ、台詞が未来形になっていた事は、皆が察して触れないようにした。
皆が笑顔で送り出そうとしていたその時ーー
「……白雪さんだけでは危険です。私が御一緒にお供致しますーー」
突然ーー隊の中から掻き分ける様に前に出て、ヒエロニムスの前に現れた女。
ニコッと笑みを見せ、それから振り返って白雪の手を握って続けて言った。
「初めましてです白雪あかねさん。私もお供します」
「あ、貴女は……?」
「ふふふ……近くで見ると、より美人で可愛いですね白雪さん」
「え……?」
突如容姿を褒められ、そして絶えず見せる笑顔で、全員が女の素性を疑わなかった。
全員が女に対して初対面であるが、人の入れ替わりが激しい状況も続く為、いつから誰が隊に拾われたかは判断出来ないのだ。
隊の男が思わずボソッと、心の声が口から溢れでる。
「……綺麗だ。綺麗すぎる……」
整った綺麗な小顔。
白雪に負けず劣らない、細くモデルのようなスタイル。
そして何より、思わず触れたくなるような、脚や胸の谷間などの露出が目立つーー黒マント一枚の無防備な姿。
まるで肌着すら付けていないのではと、女を見た誰もが、思わず妄想を膨らませる。
「私、魔物のいない安全な近道を知っているんです。一緒に連れて行ってあげます」
「ほんと?それは助かるよ」
「いいんです……私、貴女の事をずっと前から尊敬していたんです……」
「そうなの!?嬉しい!前から!?」
「はい。前からですよ。会いたかったです……ずっと……ずっとずっと……ずっとずっとずっと」
「そっかぁ。えへへ。緊張しちゃうな。街に着くまでよろしくね!」
白雪は女の笑顔に応えるように、眩しい屈託のない笑顔で返した。
「……ほんと、綺麗な可愛いお顔ですね白雪さん」
「そう?そうかな?」
赤面させて照れた白雪。
女は何一つ笑顔を変えないまま、白雪の手を引っ張って歩き出した。
「さぁ行きましょう白雪さん。”あの人”が待っています」
「うん!がんばろう!」
この時白雪は、一切疑う事をしなかったーー
紫髪の女ーー死神の手に連れられて。
「私の名はアスフィア・リ・コンソラトゥールと言います」
「あ、あす……ごめん。なんて呼んだらいいかな?アスフィーとか?」
白雪は旅のお供である彼女とできるだけ親しくなろうとした。
アスフィーはもちろん笑顔で応えるのだ。
けれどアスフィーの笑顔は、白雪のそれとは大きく違う。
近付こうとする距離感に対し、内心を隠す面として、笑顔を作って見せている。
「……いえ。アスフィアと呼んでくれれば結構ですよ。白雪さんは面白い人ですね。ふふふ」
いつもありがとうございます!





