No.10 初めてのプレイ
※
30分後。
俺はスウェット姿のまま、クリームを口につけたモモの手を引いて、街の外に足を踏み入れた。
大きなため息を吐きこぼす俺に、後ろから荒い口調の聞き慣れた声が飛んできた。
「なんだ?結局鎧買わなかったのか?」
まるで他人事の用に言ったそいつは、また入れ替わりを果たしたブルーベルだった。
俺は当然苛立ちながら、青髪姉に言い返す。
「お前のせいで金足らなくなったんだが」
「私じゃない。モモに言え」
「じゃあモモを出せ。あ、やっぱり話が前に進まねぇからお前でいいや」
「”でいいや”とはなんだその言い草は。今はこんな幼いモモの身体だが、一つになる前の私の身体は、学園のアイドルとまで言われた程の美少女だぞ?」
「自分で言う奴にろくな奴はいない。早く口のクリーム拭けやみっともない」
それにどんな美少女だろうが、俺の中で白雪あかねを超える美少女は存在しない。
――と、心の内に留めておく。
ブルーベルはモモがつけた口のクリームを指で拭い、口に放り込んで唸るように言った。
「うーん……やっぱり私は甘いのより辛い方が好みかな。なぁ、今度は私に奢ってくれよ。フライドチキンの、レッドホットのやつな。からーいの食いたい」
「金がねぇわ!」
好き勝手言いたい放題の我儘姉妹。
それに金があっても、白雪助け出してからにして欲しい。
ブルーベルは何故か、上機嫌な笑顔を俺に見せる。
「まぁ一応礼を言っとくよ」
「礼?」
「妹の我儘を聞いてくれて。心の中で、モモが満足そうにしているのを感じる」
「そ、そうか……まぁ助けて貰ったからな。こっちが礼を言いたいくらいだ」
俺がそう言うと、更にブルーベルは嬉しそうに笑う。
「あんた優しいな。私がもし居なくなっても、あんたになら妹を任せられそうだ」
急に、自分がいなくなったら――そんな物騒な例え話をしだした。
俺は気になって、流すことが出来ずに聞いてみる。
「居なくなったらって……いきなりなんだよ?穏やかじゃないな」
「……私達姉妹がさ、どうして一つの身体を共有して、この異世界に転生されたのかは分からない。分からないが、心当たりが無いわけじゃない」
「……聞いていいか?」
「私は昔から素行が悪くてさ、悪さばっかりしていた……容姿も恵まれ、学校の成績だって悪くなかった。けれど妹のモモは、生まれつき身体が丈夫じゃなくてね……両親も殆ど付きっきりで看病していたんだ」
「……それでまさか、元気な姉のお前が、両親から素敵な娘になるよう圧をかけられていたとか?」
何処かで聞いたような話を思い出す――
「いいやそうじゃない。そんな余裕すらなかったんだ家は……とにかく金が無かった。毎日食っていくのがやっとで、それでもモモの病気を治すには、金が必要だった――」
「それで悪い事……いや、聞かないでおく」
なんとなく察しはつく。
おそらく金を作るために、色々とやったのだろう。
妹想いのこいつの事だ。
「そんな悪いことばっかりやって来た私に、ある日天罰が下った――両親が仕事で留守の時、モモの病態が悪化した。救急車を待っていられなかった私は、無免許だったが近くに停めてあった車を盗んで、モモを乗せて病院に向かった。その道中で……信号無視のトラックに撥ねられて、二人仲良くペシャンコだ」
それがブルーベルの話した、姉妹二人の死因。
「大変な思いしてるんだな……」
他にかける言葉が見つからない。
壮絶な過去を持つ二人だが、今は身体を共有して、この異世界を戦い抜いている。
ブルーベルが気を取り直すように、笑顔を俺に見せて切り替えた。
「だから私は、モモのために生き残る。一度死んだからか、モモはこの世界では昔の持病に苦しむことはもう無いらしい――」
俺の前に立ち、ビシッと指を向けて続けて言った。
「――シュークリームの礼に、このブルーベル様が、異世界での戦い方を手取り足取りレクチャーしてやるから有り難く思えビギナー!」
「そのビギナーって呼ぶの止めろ。俺の名は照井悠也だ」
「それじゃあ悠也!」
「いきなり呼び捨てかよ」
ブルーベルに連れられて、門近くの見通しのいい草原へと辿り着く。
もし仮にここで強敵が姿を見せようとも、見通しがいいこの場では、早期発見が出来る。
ブルーベルによる、異世界の戦い方講習が始まった――
「まず悠也!目を瞑れ!」
「は!?」
「いいから瞑れ!」
いきなり訳が分からなかったが、首を傾げながら、言われた通り渋々目を瞑る。
すると謎の沈黙があり、この意味を問おうとした所で、それは脳内に現れた。
目を閉じて五秒後。
脳内に浮かび上がるように、ゲームなどでよく目にするメニューウィンドウが光って現れた。
「うわっ!」
聞かされていなかった俺は、当然それに驚いた。
しかしここは、魔法あり何でもありの異世界。
すぐにそれを、理解はしていないが受け入れることにした。
「見えたか?」
「あぁ、なんかメニューみたいなものが見えてる」
メニューウィンドウを見渡した。
上には横に伸びた、緑色のHP《体力》ゲージがある。
おそらく――というか、これが消費して無くなると死ぬという事だろうか。
先ほどブルーベルが言った――この世界で死ぬと、天国にも行けずに消滅すると。
――体力ゲージがあるのかよ……俺はこれを知らないで、さっき敵と戦っていたのか……!これからは怪我も最小限に抑えないと……!
HPゲージの下にはいくつか項目がある。
ブルーベルが先に説明する。
「下の方に『アビリティ』の項目があるのが見えるか?それを選んでみな?見つめるように念じると、その項目を選択できる」
言われた通り、『アビリティ』の項目を開いてみた。
するとその先は、大きく三つの分類に分かれていた。
「……こ、これは?」
「それはこの異世界の戦闘において、最も重要となる『プレイ』の修得項目だ」
「それってモモやアスフィーが使っていた、異能力や魔法みたいなあれか!」
白雪は光の斬撃。
モモは空中跳躍のようなことをやっていた。
覚えれば戦力の増加だけでなく、戦闘の幅が大いに拡がる。
「この異世界にはレベルという概念は無いが、この『プレイ』を数多く習得していく事で、個々の強さの指標と言っても過言じゃない。『プレイ』の種類は、大きく三つに分かれている。まず一つ目に――近接・物理攻撃に関する『ソードプレイ』。目を開けて私を見てな」
言われた通り目を開ける。
ブルーベルはゆっくり歩き、近くの大きな岩の前に移動する。
それは自身と同じ程の大きさがある岩。
「『ソードプレイ』……確か、白雪もそう言って使っていたやつか」
「『ソードプレイ』は名前と違い、剣に限らず槍や斧と言った近接武器全般を呼ぶ。例えばこのように大きな岩。通常はとても剣で斬れる物じゃない」
「当たり前だ。石すら斬るのは不可能だ。砕くならまだしも、斬るなんてとても」
「そう普通は無理。けれど『ソードプレイ』は、剣技の常識を打ち破る。見てな――」
そう言ってブルーベルは刀を抜き、岩を正面に向き直す。
両手で刀を構え、強固な岩めがけて駆け出した。
ブルーベルの右手から、自身の髪と同じアイスブルーの光が放たれる。
光は刀を包み込み、鉄製だった刀がクリスタルのような煌めきを魅せた。
「アビリティ”ソードプレイ”――『スノウメルト』」
ブルーベルが刀で、岩に鋭い一振りで斬りつける。
刹那――
刀で斬りつけた瞬間、強固だった岩がまるで溶けかけの雪のように、真っ二つに切り裂かれた。
特別な剣技があった訳ではない。
か弱い少女だろうとも、『スキル』を修得し、使用すれば岩だって簡単に斬れる。
俺は目を疑うと同時に、ここが異世界であると再認識する瞬間だった。
「これが『プレイ』……やっぱりすげぇな……!」
「今使った”ソードプレイ”――『スノウメルト』は、どんな材質の物であれ、一瞬で触れた表面を凍らせて、溶けかけの雪のようにサクッと切り裂く技。まぁ、流石にこれ以上の大きさの物を斬るには、更に強い大技がいるけど」
「これを修得すれば、腕力だけじゃ斬り殺せない相手でも、倒すことが可能か」
先程の戦闘においても、これらの『プレイ』が俺にあれば、もっと楽にゴブリンゾンビを倒せただろう。
「次に二つ目のアビリティ――遠距離・魔法攻撃に関する『マジシャンプレイ』」
『マジシャンプレイ』――これは、モモのやっていた爆散する弓矢や、アスフィーの転移させる黒い闇がこれに当たる。
「アスフィーの技を思い出す限り、単に攻撃技だけって訳でもなさそうか?」
「そうだな。私は『マジシャンプレイ』の修得はしていないが、以前に風のバリアを使っている奴や、分身なんてしてる奴も見た事がある」
「ますます何でもありか」
「最後の一つは『サポートプレイ』。これは主に身体能力向上や、日常生活の非戦闘に役に立つ『プレイ』がここに並ぶ。例えば水の中で呼吸が出来るようになったりな。モモも使っていた、”サポートプレイ”――『フロートダンス』は、空中で一度跳躍ができる」
近接・物理攻撃に関する『ソードプレイ』
遠距離・魔法攻撃に関する『マジシャンプレイ』
身体能力向上や非戦闘にも重宝される『サポートプレイ』
三つの『プレイ』を、どう覚えていくかが鍵となる。
「おーけー了解理解した。早速俺も何か修得したい」
「敵を倒すとPPを獲得でき、それをそれぞれの『プレイ』に振り当てる事で修得できる。しかしポイントを振ったからとはいえ、どのような『プレイ』を覚えていくのかは人によって異なるし、一体自分が将来、何を覚えていくのかは誰にも分からない」
「何だって?それじゃあもし、俺がブルーベルと同じ技を覚えたいと思っても、それは運次第って事か?」
「そうなるな。三種類の『プレイ』の内、どれにポイントを振るかは個々の自由なんだ。それを選べるだけマシだと思えばいいさ。攻略本もまとめサイトも無いんだ。分かっていることと言えば――本人の使用する武器の系統や、戦闘スタイルとか性格とかで決まってくるって事かな」
ブルーベルは気楽に言うが、最短で白雪に追い付きたい俺にとって、最初に習得する『プレイ』選択は慎重になってくる。
もしそれが強い万能の『プレイ』なら、高ランクの敵を早い段階から狩ることができる。
すると最短で討伐範囲が増え、より異世界攻略への道に近付ける。
俺はもう一度目を閉じて、メニューウィンドウを開く。
PPを調べると、どれか一つだけ『プレイ』を修得可能だった。
「……まぁ俺は、まず最初は近接特化の『ソードプレイ』だな。ポイントを振るぞ」
ポイントを消費して、『ソードプレイ』の項目に振り当てる。
するとメニュー欄が黒く光り、次に文字が浮かび上がった。
”ソードプレイ”――『プロミネンス』修得完了。
その瞬間――俺の脳裏に黒い光と共に、莫大な情報が流れ込んで来た。
頭が割れそうな痛覚と、激しい酔いが同時に襲い来る。
そしてハッと目を開けた時には、先程修得した『プレイ』の詳細が、事細かに唐突に理解できているのを感じた。
目を見開いて驚く俺を見て、ブルーベルはしゃがみこんで顔色を伺っていた。
「大丈夫か?とりあえず何か修得出来たみたいだな」
「あ、あぁ……多分。大丈夫」
俺はすぐに、辺りをキョロキョロと見渡した。
不思議がるブルーベルは、まず修得した内容を伺った。
「どうした?何覚えられたんだ?」
「多分……いや、絶対攻撃技。なんだけど……あぁ、口で説明するより試したい」
「試したいって……気持ちは分かるが、一段階目に覚えた『プレイ』なんて、大概たかが知れてるぞ。強くても発動が難しかったり……とかな」
「それでもいい。試したい。おっ、見つけた」
俺が探していた物――
林の中から、こちらに向かって飛び込んで来たそれ――
全長4メートルはある、大型車くらいの大きなモンスターの登場だった。
猪の様な四足歩行の容姿で、人間を丸呑みしそうな巨大な口と牙を見せながら、真っ直ぐ俺を目指して迫り来る。
顔が腐り崩れかけている――
これもまたゴブリンゾンビのような、屍肉の造形で出来ていた。
俺は慌てること無く、刀――ファルシオンを抜いて立ち向かう。
それを後ろで見ていたブルーベルが、激しい怒りで叫ぶ。
「馬鹿!そいつはファングゾンビだ!ゴブリンなんかと訳が違う!『プレイ』一つ覚えた程度で勝てる相手じゃないんだぞ!」
ブルーベルが俺に言っていた――死ぬと消滅するという事。
勿論忘れた訳じゃない。
けれど俺は、こいつくらい倒せないようでは――白雪をこの手で守れない。そう思ったんだ。
それに確かに先程覚えた『プレイ』では、こいつを殺しきるのは難しいかもしれない。
しかし難しいと言うだけで――俺にはできる。
「いいから黙って見ててくれ」
ファングゾンビの速さ。歩幅。呼吸のリズム。
全てを見切り、紙一重で右に跳んでそれを躱す。
そして斜めに踏み込んで、すれ違いざまにファングゾンビの横胴体を斬りつけた。
ガキィン――
鋼鉄のような皮膚を纏っていたファングゾンビ。
傷一つ付けることができなかった。
――くそっ!硬ぇ……!
ブルーベルが舌打ちをしながら、呆れ声で怒鳴り散らす。
「ほら見ろ!馬鹿野郎が!そいつの鎧は刀を弾く!待ってろ今私が凍らせ――」
そこまで言った所で、俺は大声を上げて言い返した。
「こいつの弱点は何処だー!?」
「はー!?いい加減にしろ!腹なら斬れると思うが――」
『無理だ』。そう続けてブルーベルは言おうとした。
けれど俺は、その台詞の途中で既に動き出していた。
すぐさま身体を反転させ――左脚でファングゾンビの横部を回し蹴り。
ドカッ!
重い打撃音の直後。
身体の回転を力に利用して、右脚で今度はすくい上げるように蹴り上げた。
流石に吹き飛ばす事は出来ないが、ファングゾンビの左前脚が少し浮き上がった。
そして俺は身体を急いで倒し、下から落ちてくるファングゾンビの腹部を目視で確認――
先程の修得『プレイ』を思いながら、左手で持った刀で、腹部を狙い突き刺した。
俺の刀は黒い光に包まれていた。
「アビリティ”ソードプレイ”――『プロミネンス』」
俺の刀が腹部を貫いたその瞬間――ファングゾンビの背中を突き抜けるように、轟々とした火柱が出現した。
その衝撃で、巨体だったファングゾンビが、天を仰ぐように吹き飛んだ。
これが俺の初『プレイ』――
モンスターは重い落下音と同時に、黒い炭のように燃え尽きた。
ブルーベルはその刹那の光景に、目を奪われたように驚いていた。
「……すげぇ!私でもできるだけ戦いを避けたいファングを……!たったのワンコンボで……!」
「よしっ。使える……急いで白雪を追うぞ!」
いつもありがとうございます!
次回投稿は11/21(水)予定です!





