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No.1 童貞はまだ捨てられない

「おっぱいの夢を観た……!」



 俺は寝惚け半分で、ベットに横たわりながら夢の柔らかな感触を思い出そうと、記憶を掘り起こす――



――――



 歳は俺のちょっと下……17か18と言った所か――

 片目を前髪で隠した、ライトなパープルカラーのショートカットヘアー――


 黒い袖付きマントを身に纏う、大きな垂れ目のよく似合う、誰が見ても目を奪われる絶世の美少女だった。


 

 色気のある優しい口調で、誘惑する様に俺に近づきながら言っていた。



『ほら……もっとよく近づいて、貴方の好きに触ってみて』



 俺の右手を優しく握り、女はそのまま自身のマントの下に入り込ませた。


 女は俺の右手を操って、自身の体を触らせる。



 マントの下は見えなかったが、リアルで生暖かい――柔らかいすべすべした感触。



――間違いない!マントの下に布が1枚も……!



 女性の衣服の内部構造について、殆どインターネット上の知識しかない俺だったが、流石にこれだけは断言出来る。



――服どころか、下着すら付けてない……!?



 何故か動く事も喋る事すら出来なかった俺だった。


 そんなよくある夢の中で、女はニタッと赤く火照った笑みで、俺の顔に近づいて言った。




挿絵(By みてみん)



『私と、最後までシテみたいですよね……?ふふっ、きちんとそれに相応しい男を見せてくれたらいいですよ。ド、ウ、テ、イ君』



――――



 そんな欲求不満、童貞丸出しの夢はそこで終わり、虚しくもリアルに引き戻された。

 


 必死に先程までの、女の感触を思い出そうとするのだが――



「……本物を見た事も触った事もないから分からん」



 独り虚しくそう言った。


 

 俺が文字通り夢の様な眠りから、目を覚ましたのは耳元で鳴り響いていたスマホの通知音のせいだった。


 俺の元に届いた、差出人名不明の一通のメッセージを読み上げる。



――”貴方の人生に大きな手違いがありました。間もなく魂の回収に向かいます”



 まるで通販や配達のミスでもしたかのような文面。


 俺は首を傾げながら、その皮肉の塊のようなメールに苛立ちを感じて舌打ちをする。

 そのままスマホの画面を消さずに、近くのクッション目掛けて放り投げた。



「馬鹿にしてんのか……!?」



 ポフッと柔らかい音をたて、カーテンの閉め切った部屋の中でスマホ画面がただ一つの光を放っていた。


 年中24時間常にカーテンが締め切り、陰気漂うこの部屋でーー



「俺の人生に手違い?ふざけんな。俺は天才で英雄だぞ?その辺の奴には出来ない事が、この俺には出来る。そう。今だって――」



 俺は照明をつけることは無く、真っ先にPCモニターの電源を入れた。



「――よし行くか。バハムート討伐だ」



 そう意気込みながら愛用のヘッドホンを装着しながら、モニターに映る時計をチラッと確認し、常備していたポテトチップスの袋を開封する。



「あーやべぇな……もう7時かよ。寝過ごしたな……」



 気だるそうにそう言ったが、念のために言っておくと7時というのはPM――午後の7時の方だ。


 昨夜も徹夜でオンラインゲームに没頭し、そして今の時間まで狂ったように爆睡していたという訳だ。



 今日が何月何日何曜日であるかの感覚は、ゲームのイベント等で把握している。

 ただし、俺がこの引きこもりニート生活を続けて、もう何ヶ月経過したのかは覚えていない。



 それが俺ーー照井悠也てるいゆうや

 今日で二十歳の誕生日を迎えるのだが、それを覚えてくれている人間がこの世界の何処にいるだろう……



 両親とは同じ建物で暮らしているが、俺は2階フロア――

 俺以外の家族は1階フロアと、完全に生活空間が分離していた。

 風呂場やトイレでさえ、階ごとに設置されて隔離されている。



 ――嫌なこと思い出した……!あぁ、イライラする……!



 こう見えてエリート校に進学した俺だったが、”ある事件”を境に、こうした引きこもりニート生活へと変貌してしまった。



 父親は世間で名の通っていた国会議員だった。


 だから俺のような、出来損ないの息子がいる事に恥ずかしく、情けなく思っていたのだろう。

 まるで俺の存在を世間から抹消したかのように見せかけ、物欲や食欲だけ与えて、この建物に閉じ込めている。





 国会議員の息子――そう言うだけで、教師や周りの大人達からひいきの視線があった。


 大人は俺に媚を売り、時には子供を使って接触を図ろうとする事も少なくなかった。


 

 俺と仲良くする事を強要された同級生達――笑顔の仮面に囲まれた生活は、幸せとは程遠い存在だった。



 大人のいない所で俺と話そうとする人は誰もいなく、俺と二人きりになると泣きだす生徒もいた。


 しかし大人がいる所では、皆が一変して愛想のいい笑顔で近寄ってくる――



 そんな『嘘』にまみれた人生の中、ある日俺の感情は爆発した。



――ふざけんな!気持ち悪い!!お前らの『嘘』は吐き気がする!!!



 俺が高校2年の夏頃だった。



 教室の俺の机や、鞄などが紛失するという事件が頻繁に起こりはじめる。


 犯人は分からない。

 教室中あちこちで、薄気味悪い薄ら笑いが聞こえてくるのだから。



 誰がやったのか――

 そんなものを考える必要はなく、教室にいる全員がグルであると明白だった。



 分かりやすい。全員が、俺を妬み嫌う敵だった――



 教室が俺に対する嫌悪感で埋め尽くされている中、担任の教師の対応は――


 国会議員の息子が虐めを受けているという事で、本来生徒である俺の心配をするものだろうか……?



 いや。あいつらは俺の身の心配なんか、微塵もしてはくれなかった。あいつはこの虐めというショーを――”楽しんだ”。



 加害者の一人にはならず、かと言って虐めの鎮静化を図ろうとは一切しない。


 俺というお偉いさんの息子に毎日気を使い、ストレスが溜まっていたのだと言う。



 これがこの残酷な世界の末端で……俺は物理的に、”暴力”を持って暴れ散らした――





 「……くそっ!思い出したらイライラする……!」



 バハムート討伐クエストの真っ最中だったが、操作キャラクターが倒されたタイミングで、俺は構わずPCの電源を切った。

 ヘッドホンをベットの方へ放り投げる。


 天井を見上げ、ボソッと口にした言葉は――



「……今俺が死んでも、泣いてくれる奴なんて誰もいないんだよな……それって生きてる価値、有るのかな」



 悲愴だった。


 その時、突如先程の謎メッセージの内容を思い出した。



『”貴方の人生に大きな手違いがありました。間もなく魂の回収に向かいます”』



 まるで本当に、俺という人間の事をよく知っているかのようなメールだ。



 ――って、何を迷惑メールの事なんか気にしてるんだ俺は!



 気を取り直そうと立ち上がると、顔に掛かった前髪について気になった。



――髪伸びたな……切るか



 机のハサミを手に取り、脱衣場へ向おうと部屋のドアノブに手を掛けた――その瞬間だった。


 突如脳裏に、謎の声が響き渡った――



『――見つけました』



 ……!?

 ……なんだ!?女の声!?



 当然俺はその突然の声に驚いた。


 若い女性の声が、はっきりと俺の脳裏で確かに響いた。


 念の為テレビやPC、スマートフォン等音の発信しうる機器全てを見渡して確認する。

 しかしどれも画面の電源を切れているし、先程の声は聴こえてきたというよりは、確かに脳内で響いた声だった。



 少し立ち止まって考えた結果、俺は消去法をとり、落ち着きにかかる。



「……気のせいか?ゲームのし過ぎ……?けど……なんだか……」



 夢の女――パープルカラーの髪をした、黒いマントの美少女。


 


 むしゃくしゃする頭を抑えながら、再びドアノブを握り――

 ガチャリとドアを開けた瞬間――


 下のフロアから物音が鳴り響いた。



 ガシャーン!!!



 ガラスが割れたような、物騒極まる物音。



「……えっ!?」



 この時間はまだ両親の出勤中の時間で、この建物に人はこの俺たった一人しかいないはずだった。


 自分が気付かない程の小さな地震で、食器でも落ちて割れたか――と思いたかったが、次の物音でそれが他人の所作であると確信に変わった。


 

 ガチャ!バキッ!



 間違いない。

 ガラスを踏み潰したような、足音混じりの物音だった。



 ――何者かが、窓ガラスを割って侵入して来た……!?



 国会議員の息子である俺にとって、真っ先に強盗の線を疑ったのは当然のことだった。



 ――まずい!やばい!



 声や物音一つ立てずに、打開策を練らないと。

 息を呑み、滴り落ちる汗の感触――


 早くここから逃げないと――そう思っていた矢先だった。



 まるで俺を殺しにかかるかのように、文字通り天は我を見放した――



 pururururu……



 先程放り投げたスマートフォンから、このタイミングで電信音が鳴り響いた。


 

 ――嘘だろ!?最悪だ!!



 俺はすぐにそれを拾い、焦るように電源を切ろうとする。


 思わず視界に飛び込んできたのは――

 それは先程と同様の、宛先不明の謎メッセージだった。



 そのメッセージの内容に、俺は目を疑いながら読み上げた。

 全身に鳥肌と悪寒を感じさせるには、充分すぎる一文だった。



――……照井、悠也様……貴方の人生終了まで、後……15分です。って、何なんだよこれ……!?


 まるで今置かれているこの状況を、どこかで見ているような……


 俺は混乱するが、そんなことを考える時間すら、与えては貰えない。



 階段を駆け上がる足音。

 そして低い聞き覚えのない男の声が、こちらに近づくように聴こえてきた。



「誰だ!?人が居るのか!?くそっ!今楽に殺してやるから待っていろ!」



 どう考えてもお客様とは程遠いその口調で、言葉通り俺を殺しにやって来る。


 俺は急いでドアを閉め、内側から鍵を掛けて閉じ籠る。


 そしてすぐに机を引きづるように運び、障害物としてドアを塞ぐように活用する。



――っし!次は……!



 すかさず押し入れから、埃が被っていた木刀を取り出して、ドア目掛けて構えて待った。



――こう見えて俺は、高校中退ギリギリまで剣道部主将をやってたんだ!そう!あの日まで……!



 断片的な記憶を思い出した。


 この木刀がきっかけで、俺は父親と絶縁になった――


――しかしその話は今はいい……!こんな所で死んでたまるか!どんな刃物を持ってる相手だろうと、俺に一本取れる奴なんかそういない……!そう!どんな刃物だろうと……



 そこで俺は、一つ可能性が頭をよぎる。


 もしもーー相手がの獲物が、”刃物”じゃなかったら。



ーー……やばい!



 身体をドアから逃がそうと、横に飛び移ろうとした所だった。

 俺の嫌な予感が的中した。



 ズガン!!



 銃声。


 それは壁の向こう側からドアを貫通して、俺の左肩を貫いた。



「がっ!!」



 勢いは俺の身体を突き飛ばし、近くの本棚を倒すように崩れ落ちた。


 

――くそっ!痛てぇ……!何なんだよ!俺が一体、何悪い事したって言うんだよ!



 自身の運の悪さと、今までの人生を酷く恨む。しかし俺は、”死”を受け入れたという訳では無い。


 決してだ。抗ってやる。どんな手を使ってでも!


 人生終了まで15分だと……!?なんだよこの気持ち悪いメッセは!?死んでたまるかこんな所で……!



――ふざけるな!俺の人生は、俺が決めてやる!



「あ、あの!すいません!撃たないで!僕は照井議員の一人息子です!」



 急に俺は、ドアの向こうで銃を構えている顔も見えない男に向けて――なるべくひ弱の腰抜けを演じながら、大声でそう言い放った。


 扉越しの物音がピタリと止まり、当然怒鳴り声で言い返してきた。



「あ!?なんだてめぇ!議員の息子だ!?」



 俺は構わず扉の向こうの相手に言い続けた。



「父にお願いして、資産の全てを譲り受けるよう繋ぎます!僕は一人息子ですので、大切にされています!」



 これは勿論『嘘』だ。


 事実の中に『嘘』を散りばめておくことによって、『嘘』

は疑われることなく相手を容易に騙す。



 自分でこのような嘘を口にするのは、心苦しい事極まりなかったが、俺は二つのアピールポイントを分かりやすく提示した。


 一つは資産の全てという、相手の物理的欲求を刺激する。

 あえて具体的な金額を提示しなかったのは、相手に無限大な夢を見せる事により、話を無視し難くさせる。



 二つ目は一人息子であるという事の強調。


 これは他にはない絶対的な、分かりやすい”人質”の推薦。


 もっと分かりやすく言えば、”エサ”だ。


 今ここで相手がどう動こうが、俺をこの場で殺すという選択肢を制限できる。


 

 そして――


 相手の動きを完全に遅れさせる隙を、俺は言葉にして仕掛けていく。



「銃を持っているあなた達には敵いません!僕も先程肩を怪我しましたし、あなた方に全て従います!どうか命だけはお助け下さい!う、うわぁぁ!!死にたくない!!」

 


 分かりやすく怯えたビビりを演じた。



「……へへっ、そこ動くんじゃねぇぞ!撃ち殺されたくなければな!」

 


 余裕から出た笑い声を確認した――


――これで俺が勝てる算段は整った。



「大人しく従います!今ドアを開けますから撃たないで下さい――」



 相手の手元にある、絶対的な凶器の存在を再認識させ、優位の立場の愉悦を与え――

 獲物である俺の怪我をアピールすることで、弱者として戦意が全く無いことを主張――


 相手に思考の暇を与えるな。


 自分が強者であると、相手の脳内で確定させろ。


 これらは全て――相手の動きを鈍らせる。



 お互いが見えていない状況の中、言葉のみの情報で戦わなければならない場合――


 『嘘』はこの世で最も強く、凶悪な武器となる。



 俺は塞いでいた障害物の机を退かし、ドアをゆっくり開けたその瞬間――



「引きこもりニートを甘く見たな」



 木刀の先端を相手に向けるように素早く構え――



「なっ!?こいつ――」



 油断しきった男の顎をめがけ、突き刺すように振りかざす。



 バコッ!



 鈍い打撃音と共に男は後ろに倒れ、壁に頭を打ち付けた。



 他人の顔色や心情を伺いながら生きてきた俺は、自然と幼少期から鍛えられてきた力――



『嘘』



「口で俺に勝ちたかったら、引きこもり・ニート・童貞の三拍子を揃えてかかって来い」



 最後の一つはいらなかった気もするが、何より勝ててよかった。


 とりあえずすぐに警察に連絡をしないと――


 そう思い部屋にスマートフォンを取りに戻ろうとした所だった――



 その瞬間あの女の声が響き渡った。


 一つ先程と大きく違うのは――今度は脳裏ではなく、俺の真後ろで……耳元に囁かれた声だった。



「貴方の人生終了まで、後5分ですよ……童貞くん」

挿絵(By みてみん)

ここまでお読みいただきありがとうございます!


これは2話の投稿は11月3日です。

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